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第三十九話

「山にゴーレムが?」

 アクセルは怪訝な表情を浮かべていた。

 亀裂が入り住居が土ごと盛り上がってしまった山の町で壁に背を預けて腕を組んだアクセルはゾフィーを見下ろす。

 ゾフィーは湾曲型の短弓を矢筒と一緒に背負い、冷めた緑色の目でアクセルを見上げている。

「そう、だからゴーレムを作りだした魔術師捕獲に協力してほしい。この町にはゴーレムと戦える人はいないし、放っておくと災害に繋がってしまう」

 切実とは思えない淡々とした説明に、アクセルは口をへの字にして蒼い目を細めた。

「ゴーレムの件が済めば、俺の用件を聞いてくれるんだよな?」

 表情も変えずゾフィーは頷く。

「貴方が魔術師を捕まえてくれればの話だけれど」

「そんなの簡単に決まってるだろ魔術師なんて大体ぶかぶかのローブを着てるおかしな奴等だからすぐに分かる」

「ふーん、さっきの戦闘で思ったけど貴方は用心棒なのに実戦経験が少ない、深追いして命を落とさないように気を付けて」

 忠告にアクセルは肩をすくめて素直に受け止めた。

 アクセルから去ろうとしたゾフィーはすぐに振り返って強く睨む。

「一人で山へ行ってもいいけど、ゴーレムに遭遇したら単騎で戦わないように」

 さらなる忠告を添えて去っていくゾフィーを見送ったアクセルは町の状況を眺めることに。

 住民達は協力をしながら次々と壊れた場所を修復している。

 地面にできてしまった亀裂を土と混じった灰色の液体を流し込んでいく。

 たった一撃で町の地形を変えてしまうほどの威力を目の当たりにしていたアクセルは青みがかった黒髪を掻いて、眠たそうな蒼い目を細めた。

 すぐに目を大きく開けて、思い出したかのように壁から背を離す。

 ゾフィーは硝子が割れた程度で済んだ町長の自宅前にいた。

 玄関先で太い体を持つ町長と話をしている様子だったが、アクセルは気にせず割り込む。

「なぁ騎士団はどうしたんだ? 前は巡礼やらなにかで色々とここに来ていたんだろ? それなら頼めば」

「ゴルバードはもういない」

「は?」

 思わずアクセルは間抜けな声を出す。

「少し前に突然ゴルバードが行方不明になってしまって、騎士団長が代わってからこの町は見放された。帝国からの協力は期待できない、だから帝国兵はここにいない」

 町に必ずいるはずの帝国兵士の姿がなく、住民だけしかいないことに今更気付いたアクセル。

「あ、ああそうか、行方不明になったのか。でもなんで見放されて」

「それは私が命令でたくさんの狼達を殺してきたから。新しい騎士団長は私やドラゴンを憎んでいる」

 淡々としたゾフィーの答えにアクセルは眉をしかめてしまう。

「もしかしてバスが新しい団長になったからなのか」

「そう、彼はずっと私を恨んでいたから、これからもずっと報復は止まらないと思う。私が原因で町を巻き込んでしまった」

 町長はゾフィーの呟きに否定を込めて首を振っている。

 慰められている様子にアクセルは肩をすくめて目を細め、もう一度修復作業を行っている町民達を眺めた。

 山に囲まれた町で暮らしている人々は少ない。

 アクセルは崩れた建物の横で木箱に座っている幼い顔立ちの男が視界に入り込む。

 短い黒髪で目は茶色、丸顔だが太ってはいない、背も低め。

「なぁゾフィー、さん。あいつは誰だ?」

 反抗的な目つきで辺りを見回している男についてゾフィーに問う。

「うちのバカ息子のルフレイだよ」

 先に町長が呆れながら答えた。

「町長の息子?」

「エメルダの弟。エメルダが行方不明になった時にはまだお腹の中にいた。貴方と年齢は近いと思う」

 手に持っている分厚い書物で何度も膝を叩くルフレイ。

「今まで旅に出ていて、最近になって帰ってきた。あまり近づかない方がいい」

「へぇー」

 しばらくルフレイを見続けていると視線が合い、キッと睨まれてしまう。

「おーこわ」

 アクセルは面白そうに笑みを浮かべた。

「挑発もしないで」

 注意をするゾフィーに手を引っ張られ、町長の家へと連れられる。

 広い居間は何も飾られていない他の民家と変わりない内装で、部屋数だけは多い。

「なんで近づかない方がいいんだ?」

 自室に向かい早足で歩くゾフィーに連れられながら質問をするが、答えは返ってこなかった。

 殺風景なゾフィーの部屋にはベッドと書棚があり、引違い窓が一つだけ。

「さすがに窓は直してあるな」

「少し時間が掛かったけどね、豪快に壊されたから。貴方に」

 反省はしている、とアクセルは一言呟く。

「で、さっきのは問題ありか」

 他人のベッドでも気にせず腰掛けたアクセルは先程の男性について尋ねる。

「問題? 貴方には関係のないことだ。貴方がすることはゴーレムを召喚した魔術師を捕らえること」

 簡単に跳ね除けられてしまったアクセルは息を軽く吐いてしまう。

「まぁそうですよねぇ。それじゃあ原因の魔術師を探して来ますよ」

 言い慣れない敬語を使った後、床を強く踏みつけて立ち上がる。

「待ちなさい」

「ゴーレムには一人で戦わないこと、だろ?」

 予想を言ってみるが、ゾフィーは首を横に小さく振っていた。

「目撃情報によると魔術師は男性、服装も目立つような格好ではなく普通の人間、と言おうとしたのだけれど……」

 口をへの字にアクセルは眉をひそめ、無言で頷くと髪を掻いて部屋から出ていく。

 町で修復作業を行っている町民の中で先程まで木箱に座っていたルフレイを探すが、どこにも姿が無い。

 町民に訊いてみると、皆声を揃えて知らないと答える。

 探すのを止めたアクセルは山へと続く緩やかな坂道を進んでいく。

 下に目を向けると、柔らかい土に深く沈んだ長方形の窪みが左右に間隔を空けて山の奥に続いているのを発見。

「ゴーレムの足跡か」

 アクセルはその場で両手も地面に密着させて四つん這いになると、身長が高いアクセルの体は徐々に縮んでいき、服は消えて代わりに灰色の毛が露出する。

 尻尾、獣の耳、どんな物でも貫通させることのできる鋭い牙と強靭な顎。

 蒼く丸い瞳孔は凛々しく遠くを見つめている。

 灰色の狼となって山を軽快に駆けていった。

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