第三十八話
紐が付いている布袋を肩に吊るした盗賊兼用心棒の青年アクセルは、目の前にいる少女二人を見下ろす。
首が痛くならないように少しアクセルから距離を取って顔を上げている少女二人はニコニコと笑顔で見送ろうとしている。
ワンピースドレスを着た褐色の肌をもつ少女はツインテールを揺らしながら朱色の瞳を微笑ませていた。
「また戻ってきたらボクを選んでね、昨日みたいにさ」
アクセルは苦笑いを浮かべてしまう。
「昨日?」
太陽の光から逃れる為の黒い日傘を手に、高価な生地を使用した黄色いドレスを身に纏う身長の低い少女は首を傾げる。
「あまり細かいことは気にすんな、ニーナ。セレスティーヌも貴族の前で変なことを言うなよ」
注意をするもセレスティーヌはニヤニヤした目でアクセルを見上げていた。
栗色の長い髪を右肩に垂らしているニーナは口を膨らまして目を伏せてしまう。
「貴族とかそんなの、関係ないもん」
「そうだぞセレスティーヌ」
「なんでボク!?」
目を丸くさせたセレスティーヌは否定をする為ニーナに抱きつき、動物を可愛がるように頬ずりをしている。
抱きつかれて苦しそうに眉を下げたニーナは日傘を放すまいと手に力を入れていた。
「何かあったらアンに頼めよ、町のどこかに必ずいるからな」
アンを信じて疑わないアクセルの言葉に二人は笑顔で頷く。
「ねぇ、イリスはどうして出て行ったの?」
ニーナの不安が込められた疑問にアクセルは首を横に振り、分からないと答える。
「でも心配はいらないさ、シンシアがすぐに連れて帰ってくる。だから大丈夫だ」
根拠のない自信満々なアクセルに、ニーナはもう一度頷いた。
行ってきますを添えて、軽く手を振ったアクセルと大きく手を振っていつまでも見送る二人。
元気な少女達に肩をすくめながら風が強く吹く草原を進み、山の町を目的地と定めた。
深緑の木々に囲まれた森に踏み入れると地面が抉れていることに気付く。
草木の根っこが掘り返された深い穴が作られている。
「なんだこれ?」
穴の横から長方形の窪みが一直線に続いていた。
通るついでに見ただけで深く介入せず、アクセルは山の町を目指す。
緩やかな森の道を特に問題もなく抜けていけば少人数で暮らす山に囲まれた町が視界に映る。
「獣の臭いがしたと思えば、貴方か」
アクセルは口を下向きに、蒼い目を細めた。
森を抜けたと思えば冷めた目をした女性が湾曲形の短い弓に矢を番え、対話ができる距離からアクセルを狙っている。
横髪を長く伸ばし胸や手足に軽装の防具を装備した女性は相手が分かっても構えていた。
「いや、分かっているならやめてくれ、俺はあんたに話があるんだ」
「それは後ろにいるゴーレムを倒してからにして」
「は? ゴーレムゥ?」
怪訝な表情を浮かべていると長身のアクセルを覆えるほどの大きな影が突然現れる。
気になって振り返ると腕の形をした土の塊がアクセルの頭上に。
既に振り下ろしている状況で避けることはできず、あっという間に地面に叩きつけられた。
地震のような衝撃と同時に亀裂が町にまで到達し木造の家が底から盛り上がり、窓硝子もその衝撃で割れてしまう。
町民が混乱を起こして逃げ回っているというのに落ち着いた様子で弓を構えている女性は、ゴーレムと呼ばれる人の姿を形成した土の塊を見上げる。
ゴーレムは腕を地に叩きつけたまま動かない。
女性は番えていた矢を目しかない頭に向かって迷いなく放つ。
飛び出た矢は狙い通りにゴーレムの右目へ突き刺さる。
刺さった場所から欠片となってボロボロと落ちていくが、ゴーレムに反応はない。
女性は容赦なく二本、三本と矢をゴーレムの顔に命中させ、最後の四本目が首に刺さった。
ゆっくりと頭が千切れると、頭は形を崩して土砂のように轟音を立てて一緒に落ちていく。
女性は冷めた目でゴーレムの足元を見ると獣の鼻先が土から出ていることに気付き、
「やっぱり、狼だったのか」
呟いた。
『グアァウウ!』
唸り声を上げて固く埋められた土から飛び出したのは灰色の毛をもつ狼。
蒼い瞳孔をぎらつかせてはゴーレムの胴体に向かって鋭い牙で噛みつき、胴体が欠けていく。
頭を失ったゴーレムはようやく動きだし、灰色の狼にもう一度鈍い動きで腕を振り翳す。
地面に着地した灰色の狼は跳ねるように後ろへ下がるとゴーレムの腕がもう一度振り下ろされようとしていた。
「貴方は馬鹿か?」
呆れた女性はすぐに三本の矢を番えてゴーレムの腕へ放つ。
外れることなく命中した矢によってゴーレムの腕は削れ、切断。
灰色の狼はもう片方の腕に飛びついて噛み砕く。
「貴方にはもう少し実戦が必要なのかもしれない」
両腕を失ったゴーレムの胴体に最後の矢を放つと、ゴーレムの大きな胴体と両脚は粉々になり、元の土に還ってようやく落ち着いた。
灰色の狼は鼻から息を出して嗅いだことがある匂いと似た女性に吸い寄せられてしまう。
「帝国の命令でフェンリルの仲間は殺すことになっている、が」
『グゥ』
細い手の平が狼の頭を撫でる。
「皇帝の気が変わって、その命令は撤廃。今は襲ってくることがない限り殺害する必要はなし。安心した?」
尻尾を左右に振る狼に愛想もなく伝えた。
「貴方の用件を聞く前に町の問題を解決しないといけないから手伝ってほしい」
一方的な用事に抗議するため狼は人間の姿に戻り、地べたに座るアクセルが現われた。
眠たそうな蒼い目を細めると土埃を払って立ち上がる。
「なぁゾフィー」
「この前から思っていたけど、年上にはさんをつけなさい」
注意を受けたアクセルは肩をすくめて軽く頷く。
「あーゾフィー、さん。俺の話を優先し」
説明をしようとするもゾフィーは既に背中を見せて町に向かって歩いている。
話を聞いてくれない様子にアクセルは何も言えず、黙ってついて行くしかなかった。




