第二十九話
町の商店通りは毎朝恒例の露天市場で盛り上がっている。
途切れることがない人の行列が続くなか、一際身長の高い青年アクセルが人相の悪い顔で歩いていた。
黒いシャツがぴったりと肌に密着して、筋肉質の体であることが分かる。
朝からお酒の匂いが漂い、アクセルは人が少ないお店を覗く。
そこには細身の男性がお酒の入った瓶を片手に陽気な表情を浮かべていた。
高価な宝石を散りばめた服装に、アクセルは何も言わずに店内に入る。
真下にいる細身の男性をアクセルが睨みつけると、すぐに陽気な表情が散っていく。
悪い事でもしたかのように縮こまる細身の男性。
「な、なにか用かな?」
「帝都でのことで聞きたい、女隊長がフェンリルの仲間だってバレてそれからどうなったのか」
細身の男性は目を丸くしてから、瓶をテーブルに置いて両腕を組んだ。
考えている様子の男性にアクセルはひたすら待つ。
「アヤノ隊長のことかな、アヤノ隊長は帝都に移送されて、それからどうなったかなぁ」
お酒のせいで少し言葉が詰まったりしているが、細身の男性は曖昧な答えを出す。
「そこからが知りたいんだよ、俺は」
「いやぁー、でも処刑されていないのは確かだよ……帝国だってあんな優秀な兵士を捨てたくないだろうしねぇ」
有力な情報であっても進歩はない、アクセルは首を横に振って男性の襟を掴んだ。
「それは皇帝から聞いた、俺が知りたいのはその後の場所だ」
引き寄せられた細身の男性は気の抜けた声を出して怯えてしまう。
「あわ、わ、人間が行けないところへ行ったと思うよぉお」
「人間が行けないところ?」
「これは、あくまで噂だからね。天空の城とかフェンリルの腹とか」
お酒で酔っている話に信憑性はない。
それでもアクセルは否定をせずに襟を離してお店から出て行ってしまった。
「あら?」
行列を戸惑い気味に進む巫女のシンシアがアクセルを見つけて声を出す。
青いつり目を細めて、涼しい表情のシンシアは行列から抜ける。
「ああ、シンシア」
「なんですの? 不機嫌ですわね」
「お互い様だろ、お前もなんか機嫌悪そうだな」
お互いムスッとした顔で目を逸らし、しばらく沈黙を貫いた。
「それで、隊長のことはわかりましたの?」
先にシンシアが尋ねる。
「帝都の大商人、らしい奴に聞いたらアヤノは人間では行けないところに行ったって噂だ」
「人間では行けない場所というなら天空の城ですわね」
アクセルは首を傾げた。
「天空の城はドラゴンが住んでいる世界ですわ、もちろん人間が行くことはできませんの。人間だったら死にますわよ」
「そうか、それよりイリスは大丈夫なのか?」
今度はアクセルが尋ねる。
「イリスさんはお父様の日記を読み返していますわ」
シンシアは目を細めて眉を下げ、自らの右腕を掴んで俯いた。
「日記に生まれた理由が書いてあるなら、あとは読んだあいつがそれをどう受け取るか、だ」
アクセルの呟きに、シンシアは怪訝な表情を浮かべる。
「読んでほしくなさそうですわね」
「そりゃそうさ、俺は嫌だ」
その答えにシンシアは鼻で笑う。
「アヤノ隊長を探しているのにイリスさんを気に掛けるなんて、どうかと思いますわ」
言い返すこともできず、アクセルは口を下向きにして肩をすくめる。
「そろそろイリスさんのところに戻りますわ、アクセルさんも気を付けてくださいまし」
人混みのなかにもう一度シンシアは入り、姿を消した。
アクセルは青みがかった黒髪を掻いて、ボロボロの宿に足を進める。
宿の近くになれば人通りは減って寂しい風景が続く通りとなった。
軋む門を開けて宿の中に入ると、アクセルは無言で手を挙げ宿主に挨拶。
「帝国兵士がお前を探していたぞ」
今回は短い挨拶で終わらなかった。
「へ? 俺、最近悪い事していないけど」
「この町の兵士じゃない、恐らくアヤノ隊長の元部下だと思うよ。しつこいくらいにお前のことを聞いてきたからな」
息を吐くと、肩の力が抜けてしまう。
「こんな時に……何用だよ」
アクセルは苛立ちを見せながら呟いた。




