第二十八話
夜があれば朝や昼がある。
そんな不満を脳内で思い浮かべながら、アクセルは娼婦館に立ち寄っていた。
薄暗い路地裏から入れば静かに建つ娼婦館は、朝なので明かりはなく窓の中が布によって仕切られている。
扉を開ければ真ん中に何人か並列しても余裕のある階段。
左右の扉は厳重に締められていて中は覗けないが、階段の下でドレスを身に纏う娼婦が眠たそうな表情で椅子に座っていた。
「こんな時間にぃ何か用?」
欠伸をしている娼婦は化粧を落としてしまったのか、荒れた肌と無数の皺があり女に見えない。
「あーセレスティーヌとアンは?」
そんな娼婦と目を合わさず、アクセルは少女二人を探す。
「あの子なら二階の部屋にいると思うわぁ」
感謝を述べ、大きく口を開けて息を吸い込みながらアクセルは階段を上っていく。
上った先には扉を惜しみなく開放して廊下からでも覗けてしまう部屋があった。
「まだ怪我は完全に治ってないんだからもうちょっと休んだ方がいいってボクは思うけどなぁ」
セレスティーヌの困惑した声。
「アンは平気」
感情がこもっていないアンの声。
アクセルは探している人物がいると確信し、部屋へ入っていく。
「おはよう。アン、セレスティーヌ、ちょっといいか?」
久しぶりという会話もなく、何事もなかったかのようなアクセルの口調にセレスティーヌは目を丸くした。
淡い桃色のロングワンピースを着て長い黒髪を左右で結び、朱色の瞳を輝かせている。
アンは相変わらず薄汚れたローブで全身を隠してフード越しから覗ける残酷さが伝わる紅い瞳でアクセルを見上げていた。
「あ、あああ、アクセルさん!?」
「おう、俺だよ」
喜びと驚きが混じる声にアクセルは引き気味に返す。
「アンは死んだかと思った、イリスとシンシアは?」
「勝手に死なすなよ、イリスとシンシアもいるから安心しろ。しかし、お前らはやけに親しいな」
大きいベッドで二人して手を繋いで座っている姿にアクセルは笑ってしまう。
セレスティーヌはにんまり笑顔で、
「そうかな? ボクってば色んな人に好かれちゃうからぁ」
照れている。
「アンはセレスティーヌが好きだ」
「そりゃよかったな。さて、セレスティーヌに聞きたいことがある」
セレスティーヌは自身の顔を指して、首を傾げた。
「帝都から来た客について教えてくれ、その中で今も町に滞在している帝都の人間がいるかどうかも知りたい」
「いいけど、たまにはお客さんとしてボクを選んでね」
陽気な言い方をするセレスティーヌに軽く返事をしたアクセル。
「帝都からのお客さんは多いからね、今も町にいるのは大商人さんかな」
「大商人?」
「帝都のことなら何でも知ってるって昨日の夜は凄い自慢してたよ。今日は商店通りにいると思う」
容易に想像できてしまうのでアクセルは苦い笑みを浮かべた。
「あんまり会いたくないけど、何でも知っているなら会うしかないな」
アクセルは二人と別れて、大商人がいる商店通りへと向かう。
その頃、イリスは住宅街の平屋で書物を読み漁っていた。
「イリスさん、また日記を読んでいますの?」
小袖と緋袴姿のシンシアは腰に手を当てて、怪訝な表情を浮かべる。
「うん、なんか気になってさ、やっぱりちゃんとお父さんのこともお母さんのことも知らないといけないかなって」
「そうですの……わたくしは少し町を歩いてきますわ」
家族と関係する言葉にシンシアは青いつり目を細めて、部屋から出て行ってしまう。
イリスは深緑の瞳で父が遺した日記をもう一度読み返していく、毎日欠かさず書いていた父の背中を思い出しながら。




