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第二十七話

 町へと戻る為に道を駆けていく馬車の中、青年アクセルは無言で座り込んでいた。

 身長が高く天井に頭が当たりそうで、とにかく狭い。

 その隣に座る巫女のシンシアは窮屈そうに座っている。

「折角良い馬車を用意してもらったのに結局アクセルさんには窮屈でしたわね」

 貴族専用の高価な馬車は宝石が散りばめられ、昼間でも眩しい。

 帝国で飛びきり速い牡馬が二頭、強い力で引いていく。

「お前は帝都にいなくて良かったのか?」

 頭も壁に預けてもたれるアクセルは、シンシアに訊ねる。

「イリスさんのことが心配ですの、無事かどうかも分からないまま帝都に戻るなんて考えられませんわ」

 照れもなく答えたシンシア。

「そうだよな」

 アクセルは唇を上向きにして目を細めた。

 しばらくして大きな欠伸をしたアクセルは起きているシンシアを置いて夢の世界へ。

 眠るアクセルに呆れながらもシンシアは苦笑し、耳を澄ました。

 耳元で囁かれる久しぶりの声は安心感をもたらす。

「アヤノ隊長が生きているだなんて初耳ですわ、どうして言ってくれませんでしたの?」

 安心と共に不満を漏らしたシンシア。

「どこにいるのかは……教えてくれませんのね」

 唇を甘噛みして、シンシアは両膝を抱えて丸くなる。

 町に着くまでシンシアはシルバードラゴンの声と会話を続け、昼間にあった青空はいつの間にか茜色に変わり太陽が傾いていく。

 商人が商売を終えて片付けに追われているというのに若い商人は町の入り口で座り、待っていた。

 待ち過ぎて体は傾き門の壁にもたれて俯いている。

 赤茶のボブヘアで、瞼は閉じられて見ることができない。

 眠たそうに欠伸をして馬車から下りたアクセルはその姿に一瞬で眠気を奪われてしまった。

「イリ」

「イリスさん!?」

 名前をしっかりと呼べないままアクセルはシンシアに押しのけられ、口をへの字に肩をすくめて町の門まで歩いていく。

 シンシアがイリスの肩を軽く揺すると、瞼が開き緑色の瞳が現われた。

「あ、れ?」

 寝ぼけた顔で見上げるイリスに二人は安堵の息を吐く。

「お前なんでこんなところで寝てんだ?」

「そうですわ! 診療所から出るなんて何を考えていますの?」

 目を大きく開けてようやく今の状況を呑み込んだイリスは涙を目に浮かべ、アクセルとシンシアがいることに驚いている。

「あ……あぁ、よか、良かったぁうぁえええ」

 零れた涙が頬をつたって顎に溜まり、地面に雫となって落ちていく。

 声に出して喜び泣くイリスが落ち着くまでアクセルとシンシアは側にいることにした。

 真っ青な空となり満月が完全に顔を出し、大陸を照らしている。

「落ち着いたか?」

 アクセルが声を掛けるとイリスは小さく頷く。

「うん、ありがとう」

 目は真っ赤に腫れながらも照れ笑うイリスは感謝を口にした。

「元気になって良かったですの。リザードドラゴンはしばらく悪い事をしないと思いますし、もう呪いの心配もありませんわ」

「本当にありがとう、シンシア、アクセル。アタシ、不安だったんだ……皆に迷惑をかけて何もできないまま死ぬんじゃないかって、でも皆のおかげで今アタシは生きている。最後まで迷惑をかけちゃったけど、これからも一緒にいてくれる? アタシまだ皆に恩返しができていないから」

 後半だけ声が小さくなってしまったイリスに、アクセルとシンシアは微笑む。

「当然ですわ。それに迷惑だなんて微塵とも思っていませんの、むしろわたくしの方が迷惑を掛けていますわ」

 シンシアは嬉しそうに囁いた。

「そりゃな、ほら」

 アクセルはポケットにいれていた赤い石が埋め込まれた指輪をイリスに差し出す。

「あ、お父さんの」

「形見だからな。本当は捨てようかと思ったけど命と同じくらい大切なんだろ?」

 アクセルの手から指輪を受けとり、イリスは右手の中指に指輪を填める。

「うん!」

 明るい笑みで力強く答えたイリスに、アクセルは肩をすくめて大きな手を彼女の頭に乗せ、髪を撫でた。

 町の中に入ると、診療所の医者が呆れた様子で待っている。

「おかえり。君達が帝都に行った後、命の危険があるのにずっと門の外で待ち続けていたんだ。いくら元気になったとしてもまだ休んだ方がいい」

「そんなー、アタシ大丈夫だよ」

 イリスが戸惑い気味に答えると、医者は無言で睨みつけてきた。

 無言の重圧に押されたイリスは素直に頷く。

「俺も休みたいし、ちょうど良かったな」

「そうですわね……イリスさんと一緒にいますわ。アンは大丈夫でしたの?」

「うん、深い傷だったけどすぐに回復して今は娼婦館でセレスティーヌと一緒にいるよ」

 会いに行くかと付け足すも、シンシアは首を横に振る。

「あちらから勝手に来ると思いますわ、イリスさん行きますわよ」

 自信満々に答えたシンシアはイリスの手を引っ張り、住宅街に向かう。

 残されたアクセルは町で一番ボロボロの宿へ久しぶりに戻っていく。

 いつものように軽く手を挙げて宿主に挨拶をすると、宿主は特に表情を変えず短い挨拶。

 二階に上がる際、

「相変わらずだな、お前は」

 呟かれた宿主の言葉。

 アクセルは一度足を止めて、一笑。

「相変わらずだな、あんたは」

 短い会話を終えたアクセルは借りている部屋に入ると、継ぎ接ぎだらけのシーツが敷かれたベッドに寝転んだ。

 どこにでも眠れるアクセルは瞼を閉じると、一瞬にして眠りにつく。

 次に目を覚ませば朝が来てしまうことに不満を感じながら。

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