第二十五話
よろしくお願い致します。
多くのドラゴンが次々と曇天の雲を突き抜けて飛び降りてくる。
ドラゴンの口から吐き出される炎に人間達は焼き殺され、帝都はあっという間に火の海と化した。
『我ラガ与エタ恩恵ヲ、我ラニ使ウトワァ』
地下水路から顔を出した赤い鱗のドラゴンはシンシアを睨む。
「大切な友達が貴方達のせいで苦しんでいますの、それに、この恩恵はシルバードラゴンが与えて下さったものですわ。貴方のような愚かなドラゴンのではないですの」
両手を広げて光の球体を目の前に創り出したシンシアは赤いドラゴンへ向けて投げつけた。
光の球体は形を変えて赤いドラゴンの胴体を包み込む輪となる。
『奴ハ、予知シテイタノカ……』
真っ白な光に吸い込まれていく際に呟かれた言葉にシンシアは目を細め、左手を握った。
赤いドラゴンは一瞬にして光となって同化し、空に向かって蒸発していく。
体中に傷をもつ小柄な狼は隣にいる白銀の狼と目を合わせると、次にアクセルを見上げる。
『お前さん、ちょっと貴族がいる区域に行ってゴルバードを探してきてさ』
「いいけど広すぎてわかんねぇぜ、帝都なんて初めて来たし」
『大丈夫大丈夫、こっちは巫女さんとワシらでするからさ、その小さいドラゴンと一緒に行ってくれ』
アクセルの周囲を鬱陶しいほど飛び回る銀色の鱗をもつ小さなドラゴン。
気が済むまで回ると、今度は帝都の奥まで飛んで行ってしまう。
「あいつ大丈夫か……ま、シンシア、じいさん、バス、先にゴルバードを探して来る」
「気を付けてくださいまし」
手を振るシンシアの足元に擦り寄っていく漆黒の毛をもつ狼となったバスを軽く見下ろして、アクセルは小さいドラゴンを追いかけていく。
地面が抉られ建物は燃え盛る炎に包まれる平和とは程遠い帝都。
小さいドラゴンはまだ柔らかい鱗の翼を強く羽ばたかせて、アクセルでも届かない高い場所へ飛んで行ってしまう。
「おいおい、俺は飛べないって」
彼の呟きなど気にもせず、小さいドラゴンは帝都で一番高い建物の中へ窓から入っていく。
どうやら貴族達が暮らしている家なのだが、扉は崩れた瓦礫や木片によって塞がれてしまい、正面から入ることはできない。
今も崩れた木片が落ちてきている。
「うぉっ!」
見上げると丸焼きになっている太い木片が降っていた。
大きな体を反射的に後ろに動かして、下敷きになる前に回避することができたが、立ち止まっていることが危険だとアクセルは理解。
体を四つん這いにさせて灰色の毛をもつ狼へと変身する。
蒼い丸い瞳で高い位置にある窓を狙い、助走もなしに地面を蹴り上げた。
狼の体は身軽で、落ちることなく窓へ前脚を引っ掛け、元の人間の姿に変わる。
自慢の筋肉を駆使して窓の中へ入ると小さいドラゴンが呑気に飛び回っていて、アクセルは肩をすくめた。
「てか、あっつ!!」
火の海状態で装飾品や壁、床も全て真っ赤な炎に染められている。
アクセルは手で口を覆い、体を屈めて小さいドラゴンの跡をついていく。
廊下を抜けて広い居間に辿り着くと、小さいドラゴンは高い天井へと上がっていった。
『ギャゥ!』
小さいドラゴンの動きを目で追い掛けていると、自分以外にも人がいることに気付く。
黒い炎が纏う両刃の長剣を持つのは、銀の鎧を着た背丈の高い男。
もう一人は腰を抜かして床に座り込んでいる黄金のローブを着た老年の男。
彼の側には片刃の刀剣が落ちている。
「ゴルバードか!?」
「あぁ? この声は」
爬虫類の瞳孔へと変わってしまったゴルバードはアクセルを睨む。
「リザードドラゴンと契約をした、みたいだな」
ゴルバードは薄気味悪い笑みを浮かべて肩を震わした。
「そうだよ、復讐を果たす為ならなんだって契約してやるさ、おかげで皇帝を殺害するチャンスまで手に入れたよ」
「騎士団長になれる実力と信用があるなら皇帝を殺害できるチャンスはいくらでもあっただろ」
アクセルの言葉を聞いたゴルバードは続けて不気味な笑みで肩を震わす。
「実力と信用だぁ……面白いことをいうねぇ、この屑共に俺の家族は殺されたんだ。信用されるはずがない、実力だってそうさ大抵は仲間の手柄を俺が横取りしただけだよ」
肩をすくめたアクセルは目を細めて息を吐く。
「やっぱりお前もその屑共と一緒だ」
『俺が屑? 俺がかぁ!!』
声に重低音を響かせると壁や床に亀裂を走らせた。
腰を抜かして座っている皇帝は重力に押し潰されうつ伏せに倒れてしまう。
「さっさと呪いを解きやがれよ、リザードドラゴン。俺はこんな奴に興味ない、指輪を返せ」
アクセルは短剣を手に構えてゴルバードに向け、そこにいない相手を呼ぶ。
『いい度胸だぁ薄汚い狼。俺が相手してやる、それからだ!!』
黒い炎を纏う長剣を振り翳して間もないまま強くアクセルに向かって振り下ろされた。
短剣の刃で受け止めようとするも黒い炎が短剣を包み込み、アクセルは熱さに握ることができず放してしまう。
アクセルは距離を取って後ろに下がる。
武器がなくなってしまったアクセルに容赦なくゴルバードは長剣を構えて距離を詰めていく。
『残念だった、な?』
「ホント残念だよ、お前の頭が」
アクセルは何も持っていない右手を広げて受け止める構えを見せた。
『ギャウぅ』
小さなドラゴンは自らの身体よりも大きい刀剣の柄を咥えて、軽々とアクセルへ投げつける。
正確に飛んできた刀剣の柄をアクセルはしっかりと握り締め、反撃とばかりに地面を蹴って前進。
『あのガキめ、獣の味方をするとは……あとで覚えていろ!』
片刃の刀剣を斜め下から上へと振ろうとするも、炎を纏う長剣に押さえつけられてしまう。
諦めずに圧し掛かる長剣を払いのけて、アクセルは横から胴体へ向けて斬りかかる。
ゴルバードは声を荒げて長剣の先を下にして縦に構え、胴体を防御。
金属同士がぶつかると音が響き渡り、刀剣は斬ることができず止まってしまった。
「それだけ実力があるなら最初からやれ、よ!」
アクセルは止められても刀剣を真横に体ごと動かす。
『うぐううぅうう!』
ゴルバードの口から獣のような鳴き声と共に呻かれ、地面が揺れ動いた。
態勢を崩したゴルバードは手から長剣が放れ、炎は逆らうように持ち主の体へ火を移す。
刀剣は銀の鎧を斬り裂き胴体にまで刃が通り、アクセルはそのまま斜めに引く。
『うぐいぅあ……お』
腹部を押さえたゴルバードは体中を真っ黒な火に覆われ、赤い鮮血が出るはずが血液まで黒く、やがて痛みに悶えた表情は消えて爬虫類のような瞳孔は丸くなり元に戻った。
地面に両膝を付けて、ゆっくりと金属が擦れる音と一緒に倒れる。
刀剣を放り投げたアクセルはゴルバードの指を探すが、炎に纏われて見つからない。
「指輪はどこだ? イリスの指輪は」
『ギャウ』
小さいドラゴンに頭を突かれ、アクセルは目を丸くする。
辺りを見ると既に橙色の炎が室内を覆いつくし、唯一の逃げ場は大きな窓。
硝子は割れて、飛び込めば火から逃げることができる。
小さいドラゴンは既に皇帝を窓から移動させた後で、アクセルを誘導するように窓の外へ飛んでいく。
倒れているゴルバードを怪訝な表情で見下ろすと、黒い炎は全身を覆っているだけで焼かれていないのに気付く。
『お前、のような奴にぃ……この俺がぁあ』
苦しみながらも荒げた声で唸っているゴルバードは腕の力で上半身を起こすもすぐに倒れる。
『フェンリルノ手下ガァ、我々ハマケヌゥゥゥ!』
ゴルバードの声は消えて、口から発せられたのは建物の全てを崩壊するかのような重い叫び。
「なんじゃ、これ!?」
想像もしていなかった重力に体は身動きがとれず、アクセルは両手足を地面につけてしまう。
無理矢理に顔を上げてゴルバードを視界に映すと、真っ黒な炎に包まれた彼の体は火の粉になって空へと向かっていく。
「ゴルバードの、体が」
『我ハ、コノ世界ノ支配者トナル神デアル』
天井が崩れ、空に帝都中の火が集まると形を作りだした。
赤く硬い鱗を覆う蜥蜴のような体と爬虫類の瞳孔、口腔内に揃う鋭い牙。
翼も赤い鱗だが柔軟性がある。
ドラゴンと呼ばれる姿が完成した途端、飛べないのかアクセルがいる建物へ落ちようとしていた。
「や、や、ば」
アクセルはすぐに体を縮めて灰色の毛並をもつ狼に変身、重力に逆らいながら窓の外に向かって飛び込む。
灰色の狼が窓の外へ出ると同時に帝都で一番高い建物は木端微塵。
粉砕された壁や木が飛び散り、爆風のような勢いで灰色の狼も一緒になって帝都の空を舞っていく。
何度も体を回転させながら、灰色の狼は勢いをなくして地上へと落ちる。
「アクセルさん!?」
少女の声を耳が拾うもどこにいるのか分からない。
目を回した狼は体が言う事も聞かずに地面に落下、するはずなのに思ったより衝撃は少なく痛みもなかった。
蒼い丸い瞳はようやく景色を映すことができ、柔らかい何かに乗っているのに気付く。
「痛い、重いですわ……何故わたくしの上に落ちてきますの!」
青いつり目に睨まれ、尻尾を掴まれた。
『ギャゥウ!』
灰色の狼は驚いて鳴いてしまう。
慌てて地面に下りて相手を確認すると、巫女である少女シンシアだった。
小袖と緋袴を着たシンシアは起き上がって狼に変身したアクセルを睨みつける。
「リザードドラゴンが現われたと思ったらアクセルさんが飛んできましたの、驚きましたわ」
灰色の狼は先程までいた場所へと視線を送ると、建物は崩壊していた。
代わりにリザードドラゴンと呼ばれるドラゴンが猛々しく立っている。
翼は思った以上に小さく、飛べない様子。
「リザードドラゴンは飛べませんわ、けれど足が発達していますから陸戦は得意ですの。困りましたわね……町で会った時より大きくなっていますわ、誓約した人間の負を吸収したからですのね」
リザードドラゴンが一歩進めば確実にシンシア達は踏み潰される。
『フェンリルノ手下カラ消シテヤル!』
曇天の空に向かって口を開けて、口の中に灼熱のマグマが出現させた。
「危ないですわ!」
左手を翳して光の壁を作りだすと、小さいドラゴンもどこからか現れて同じように光の分厚い壁を作りだす。
『散レェエエ!!』
灼熱のマグマが放出された瞬間、景色は真っ白な世界へと変わっていく。
大陸は焼き消えて帝都など簡単に消滅したのではないか、僅かな意識がよぎった。




