第二十四話
帝国大陸の中心地である帝都の貴族街。
騎士団長を務めるゴルバードは目の前にいる地位の高い貴族に跪く。
貴族達が集まる広い屋敷ではゴルバードを称賛するように拍手が響いた。
「よくやった、ゴルバード騎士団長、この指輪があれば帝国は益々繁栄していくだろう。さぁ指輪をこちらに」
ゴルバードは赤い石が装飾された指輪を何も言わず、貴族に差し出す。
『我ト血ノ誓約ヲ行エぇ』
時が止まったかのような空間に聞こえてくるのは重々しい声。
「血の誓約、何かを犠牲にしてドラゴンの力を手に入れるというのか」
跪いた姿勢で冷静に対応するゴルバードは鼻で笑った。
『オマエの、復讐ヲ我と共ニ。オマエの善ヲ犠牲ニ』
「俺の僅かな善を欲しいなど……いいだろう、くれてやる。その力を俺によこせ!」
高らかに笑らうと時間は動きだし、貴族達はゴルバードを見て騒然とし始める。
「何を笑っている? どう、し、た」
『我トノ血の誓約は完了シタ』
重力で相手を押さえつけれるほどの声と突如現れた剣に纏わりつく黒い炎が目の前にいる貴族を襲う。
「俺の家族を見殺しにした貴様らにようやく復讐する時がやってきた」
黒い炎に取り込まれた貴族は全身を焼き尽くされ、絶命。
「さぁぁああああ貴族共、皇族共、俺の剣に焼き裂かれろぉぉ!」
爬虫類のような目に変わったゴルバードは獲物を次々と狙っていく。
変わり果てたゴルバードの姿に怖じ気ついた兵士や貴族は逃げ惑い、帝都の上空は曇天に覆われ始めた。
帝都の門を正面から白い牡馬に跨ったまま入る騎士副団長バスは空を睨む。
「巫女様、空の様子が!」
同じ様にバスの前に跨るシンシアは曇天の空を見上げて青いつり目を細める。
「来ましたわ、ゴルバードが血の誓約を行いましたのね……人の復讐を吸収して力を蓄えるなんて、どうしてこうなりましたの?」
上空の雲を貫いて帝都へ急降下するドラゴン達。
「巫女様、ドラゴンと戦えますか?」
「不本意ですわ。ドラゴンから授かった魔術を、力を、ドラゴンを殺す為に使うなんて。ですが、それでもイリスさんの為なら戦えますの、イリスさんを苦しめているのは紛れもなくドラゴンですから」
シンシアの答えに爽やかな笑顔を浮かべてバスは首に巻いていた深緑の宝石が付いたアクセサリーを外す。
苦しそうに顔を歪めて両手両足を地面につけたバスの体から見る見るうちに鎧が消えて、漆黒の毛が全身を覆い、狼の姿へと変わっていく。
「髪は金ですのに、毛は黒いですのね」
単純な疑問を浮かべたシンシアはすぐにその疑問を捨てて、帝都へと降りてくるドラゴンに集中する。
得体の知れない大きな存在に驚きを隠せない帝都の人々は荷物を捨てて逃げていき、賑わっていたはずの帝都は混乱を招いた。
漆黒の狼はすぐに建物の屋根へと壁をつたって走り、空へ届きそうな勢いでドラゴンへと飛びかかる。
なんでも貫通できる鋭い牙でドラゴンの硬い鱗に噛みついた。
『フェンリルの下僕ガァアア!』
地面や建物を潰せるほどの重力と音が帝都に響き、人間達は重さに耐え切れずに倒れてしまう。
「一瞬で終わらせてやりますわ!」
両手を広げて空気中に浮かび上がらせた光の球体。
光の球体は空中を飛び回っている紺色の鱗をもつドラゴンに向かって放たれ、球体は輪になって胴体を包み込んだ。
『ナ、何ヲ!?』
「シルバードラゴンお得意の光魔術ですわ。増悪と私欲、負の心を浄化する魔術は彼とわたくしにしかできませんの」
シンシアが左手を握り締めれば光は白く輝きを増し、紺色のドラゴンを吸い込んでいく。
光と一体となったドラゴンは空に向かい散っていった。
「何も残らないですのね……ドラゴンがまさか人間の増悪に浸食されていくなんて、苦痛ですわ」
目を細めてシンシアは首を横に振り、強く空を見上げる。
しつこいほどに噛みつく漆黒の狼をようやく振り落した赤いドラゴンはバランスを崩したのか、帝都の地面に落下。
漆黒の狼は体勢を整えてシンシアの足元に怪我もなく着地した。
地面はドラゴンの体重に耐えきれるわけもなく崩落し、地下が丸見えになってしまう。
土煙が舞い上がると、破片が周囲に飛び散り視界を悪くさせる。
『ギャウゥ』
幼い鳴き声が地下から響き、シンシアはすぐに確かめようとするが漆黒の狼に緋袴を咥えられて動けない。
煙を潜り抜けて飛び出したのは小さな銀色のドラゴンだった。
「さっきの小さいドラゴンですわ!」
次に飛び出してきたのは白銀の毛をもつ狼。
『グゥ』
「生きていましたのね、ということは」
「くそ、じいさん早く登れよ」
『老いぼれには優しくしてさぁ』
小柄な狼も軽々と地上に戻ってきた。
そして、シンシアは穴へ向かって手を差し出し、予想している相手を待つ。
「この手は……シンシアか?」
大きな手がシンシアを掴み、いつもの変わらぬ調子で喋る相手にシンシアは呆れてしまう。
「おかえりなさいですの、アクセルさん。無事で良かったですわ」
男性の平均身長を超える長身のアクセルはゆっくりと顔を出し、自慢の筋肉で地上へ。
「ただいまぁ、俺は頑丈なんだよ」
仲良く見つめ合っている姿を漆黒の狼に睨まれているのに気付かない二人。
『人の恋路を邪魔しちゃいかんさねぇ、この盗賊は』
『グゥ!』
『ギャウ』
三匹は心を同調させて頷いた。




