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第二十三話

 人間に手によって舗装された道であっても小石や草は残っている。

 馬車は時折宙に浮くことがあり、その度に頭を天井にぶつけている身長の高いアクセルは眠りについていた。

 揺れる馬車の中、よく眠れるものだと青いつり目のシンシアは呆れている。

 眠気のないシンシアはようやく朝日が昇りはじめた空を隙間から覗く。

 町から遠く離れた場所まで走り、白銀の毛並をもつ狼は休むことなく手綱を咥えていた。

 二頭の白馬は疲れを見せているのか徐々に速度が落ち始めている。

「スパルタですわねぇ」

『グゥ?』

 シンシアの呟きに白銀の狼は反応し、手綱を引いた。

 手綱を引かれた二頭の白馬は走るのをやめて軽く首を振りながら歩く。

 道から少し外れた草が生えた場所に馬車は止まった。

 止まった震動で目を覚ましたのか、アクセルは涎を垂らした口を閉じて蒼い目を大きく開ける。

「起きました? もう帝都の近くまで来ていると思いますわ」

「あーそう……バスはどうした? じいさんは?」

 眠たそうに目を細めて朝日が昇る外に顔を出したアクセル。

「バスは先に仲間と合流していると思いますわ、あの狼達はまだ来ていないですわね」

 シンシアは全身を外に放り出して地面に足を着地させ、周囲を見渡す。

 耳を澄まして声を拾おうとするも何も聞こえない。

 左手に填めた赤い石が光る指輪を右手で覆い、シンシアは青いつり目を鋭くさせた。

「どうした?」

「ドラゴンが近いですわ……近くにいますわ!」

 シンシアは左手から真っ赤に燃え盛る炎を作り出して丸い形に変え、頭上の空に向かって投げる。

『ぎゃぅううぅ』

 一直線に進む炎はどこにも当たらず飛んでいき、高い鳴き声が空中に響き渡った。

「産まれて間もないドラゴンですわね」

 銀色の硬く柔軟な鱗で覆われ、まだ小さな翼を広げる蜥蜴にも似た生物。

 シンシアはその生物をドラゴンと呼んだ。

 爬虫類の目でシンシアを見下ろす小さいドラゴンの口腔には赤と橙が混じった炎が生み出されていた。

「今すぐ馬車から降りて下さいまし! そこの狼もですの!!」

 白銀の狼は手綱を放し、さらに二頭の馬を繋ぐ部位を鋭い牙で切断させてアクセルより先に馬車から飛び降りていく。

 アクセルも頭を天井にぶつけながらも馬車から急いで降りる。

『ギャァエウ!』

 小さいドラゴンから放たれた炎は迷わず馬車を狙う。

 空気にも伝わる熱さに皮膚から自然と汗が滲み出るほどで、炎が地に落ちてしまえば一瞬にして二人と一匹は焼失する。

 帝都側の道へ離れたシンシアが左手を前に突き出すと、突然土や草を押しのけて生えるように伸びた巨大な氷の壁。

「って俺にはないのかよ!」

 シンシアと反対側に逃げたアクセルは不満を漏らして大きな体を縮め、灰色の毛並をもつ狼へと変身。

 燃え盛る炎は速度を保ったまま勢いよく馬車に落下し、地を抉り、火の粉を周辺に散らして赤い光を放ち爆破する。

 氷の壁で防ぐことはできず、僅か数秒で亀裂が入ってしまう。

「巫女様!」

 後ろから白い牡馬に乗って駆けつけてきた金髪碧眼の青年バスはシンシアに手を伸ばした。

 驚いている暇はなく、とにかくバスの手を掴んだ。

 力で引っ張られたシンシアはバスの前に跨り、白い牡馬は帝都へ向かって駆けていく。

「待ってくださいまし! まだアクセルさんが!!」

 引き返すように伝えるが、バスは何も答えずただ先の景色を視界に映している。

 何度バスを呼んでも彼は口を閉ざし、手綱を握りしめて馬を操るだけ。

 反対側の道は草に飛び移った火によって燃え広がり、見えなくなっていた。

 シンシアは唇を噛み苦い表情のまま俯くしかない。

 反対側へ逃げていた狼二匹はお互い睨み合い、うつ伏せて倒れていた。

 灰色の狼の方が体格は大きい、しかし、白銀の狼の方が年齢は上で生意気な新入りに対して睨んでいる。

『お前さんら何やっているのさ』

 間に入り込んできたのはようやく追いついた小柄な狼と群れの仲間達。

 体中が傷だらけで数々の戦いを潜り抜けてきた証でもあり、強者として、リーダーとしての証だった。

『アクセルは早く人間に戻れ、長ければ長いほど戻れなくなるぞ』

 灰色の狼は軽く息を鼻から出して後ろ脚だけで立つと、体は大きくなり元の姿に戻っていく。

「あーどうすんだよ、火で道を塞がれたら帝都に行けないだろ、それよりシンシアは大丈夫なのか?」

 どこを見回してもシンシアの姿はなく、アクセルは表情を曇らせてしまう。

『あの炎は……ドラゴンにでもやられたのかい』

「そうだよ、小さいドラゴンが火を吐いてこの様だ」

 空を見上げると、まだ呑気に飛んでいる小さいドラゴンの姿があった。

『まぁまだ小さいドラゴンさ。噛み殺すことはできるけど、奴の子供かもしれんから放っておこう』

「奴?」

 小柄な狼は低く笑って何も答えず、アクセルと仲間達を誘導するように先頭を歩いていく。

 炎が消えることなく燃えている向こう側を目視できず、アクセルは肩をすくめて小柄な狼の背を追う。

『帝都の地下水路から中に入ろうさ、ちょっと距離は長いが見張りは極めて少ないよ。例え遭遇してもなるべくなら戦わない、何せ目的はドラゴン討伐だからね』

 軽く何度か頷いたアクセルは川と繋がっている地下水路に続く古びた門を視界に映す。

『ギャァウ』

「ん!?」

 右耳に甲高い鳴き声が響き、アクセルは目を丸くして右へ顔を向けるとそこには先程まで上空を飛んでいた銀色の小さいドラゴンが翼を上下に羽ばたかせていた。

「う、うぁわ!!」

 アクセルは思わず後退り大きな体は足からバランスを崩して背面から倒れて、後ろにいた白銀の狼を巻き込んでしまう。

『ワギュゥ』

 悲しそうな泣き声を上げて白銀の狼は前後の脚を伸ばしてまたもうつ伏せに倒れた。

「おお、ちょうどクッションにぃっ」

 安心したのも束の間今度は白銀の狼に腕を甘噛みされてしまい、目から涙を浮かべて苦痛の表情に変わったアクセル。

 頑丈な筋肉も狼や獣の前では役に立たない様子。

 小柄な狼の周りを飛んでいる小さなドラゴンは時折背中の乗ってみたり、尻尾を噛んでみたりとかなり友好的だが、されている本人は少し不快な表情を浮かべている。

『なにさ、一緒に行きたいかの』

『ギャル』

「ギャルって……じいさんはこのドラゴンの言葉がわかるのか?」

 鼻で笑った小柄な狼は無言で門の鍵を噛み砕いて押し開けた。

 鈍い音と共に開いた先は薄暗く、奥から響く水滴が落ちて弾ける音と勢い良く流れる水の音が聴こえる。

 何かが潜んでいてもおかしくはない場所に小さいドラゴンは臆することなくアクセル達より先に進んでいってしまう。

 残された一人と二匹はお互いに目を合わせて、周囲を警戒しながらゆっくりと進む。

『アクセル』

 小柄な狼の声が壁や天井に反響して何度もアクセルの名前が繰り返された。

「ん? なんだよ、じいさん」

『お前さんはお前さんのやるべきことをして、戻るといいさ。無理にフェンリルとドラゴンの争いに関わる必要もないよ』

 彼の言葉に目を丸くしてしまったアクセルは、数秒ほど黙り込んで首を横に振る。

「いや、どっちにしろあのリザードドラゴンを倒さない限りイリスはずっと呪いを受けたままだ。悪いけど戦わせてもらうぜ」

 余裕の笑みを浮かべたアクセルは、また鼻で笑った小柄な狼を見下ろして肩をすくめ、いつものように眠たそうな顔に戻った。

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