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第二十話

 ドラゴンの顔を象った仮面を被っているのは巫女やドラゴンを崇拝している信者達。

 黒いマントで体を覆い隠し、兵隊のように乱れなく横一列に並んでいた。

「やはりそこの盗賊は巫女様のお仲間でしたか、賊にしては随分素人ですね」

 真ん中にいる信者は他の仲間より少し背丈が小さい。

「ま、大体は兵に捕まるな」

 アクセルは前で腕を組んで自信満々に答えた。

 横にいる巫女、シンシアに睨まれるが気にしない。

 信者は軽い失笑を零して首を横に振る。

「いけませんよ巫女様。こんな野蛮な賊と一緒にいるなんて、ドラゴン様が見たらなんと仰るか」

 馬鹿にするような言葉にアクセルは何も返さないが、代わりにシンシアがつり目を鋭くさせて信者達を睨みつけた。

「彼は野蛮ではありませんわ。貴方達より善のある人間ですの」

 冷静に強く抑えた声で放たれ、信者達はお互い目を合わせる。

 背丈の小さい信者は指輪を填めている右手を前に突き出す。

「野蛮な賊め……巫女様を操っているのだろう。賊を消して巫女様を救うのだ!」

 詠唱もなしに右手から球体の炎が現われ、近距離からアクセルを狙う。

 アクセルは反射的に身を屈めて四つん這いになり、そのまま信者の前まで駆けだす。

「なにをしていますの!?」

 信者の行動にシンシアは怒りを声にのせて問うが、信者は何も言わない。

 苛立ちでシンシアは唇を強く噛む。

 ふと周囲を見渡したシンシアはすぐに冷静さを取り戻して、左手を握りしめる。

 アクセルは腰ベルトに装備していた短剣を抜いて背丈の小さい信者の足元まで辿り着くが、

「やはり野蛮ですな」

 目と鼻の先に信者の右手が向けられた。

 信者の掌から伝わる熱気と徐々に現れる真っ赤な炎。

「いっ!?」

 顔中が熱で焼けるような痛みを覚えるが、アクセルは自らの意志とは関係なく横に動く。

 無意識な行動ではない、自身よりも小さい何かに押されていた。

「いっ、ぬぃ!」

 背丈の小さい信者の右腕に銀色に輝くナイフが突き刺さり、呻く。

 驚く信者達はアクセルを押しのけたローブ姿の人物へ目を向けた。

 手には銀色のナイフを二本、フードを被っていて顔は確認できない。

 アクセルは目を丸くして抱きついている人物を見下ろす。

「アン?」

 名前を呼ぶと黙って頷いた。

「アンは助けにきた」

 しっかり名乗ったアンは感情のない声を出す。

 アンはアクセルから離れると、右手を翳している信者達へ駆けていく。

「は、速い!」

 詠唱なしに鋭く尖った氷の槍が放たれるが、アンは容易くナイフで砕いて信者の右腕を突き刺す。

 右腕を押さえて蹲った信者。

「この賊めぇ」

 他の者二人が同時に大きな炎を作り出してアクセルを狙う。

「熱いのは苦手なんだよ」

 苦い表情を浮かべたアクセルは短剣を投げて一人の右肩へ突き刺した。

 片方がバランスを崩すと、大きな炎は勢いを失って放出される前に暴発。

 火の粉が飛び散って信者のマントに燃え移り、慌てて地面を転がっている。

「アクセルさん、アンさん、わたくしより後ろに下がってくださいまし」

 左手を握りしめて動かなかったシンシアはようやく行動に出た。

 アクセルとアンはすぐにシンシアより後ろへ避難。

「み、巫女様ぁ……なにをするつもりで」

 痛みに堪える背丈の小さい信者は恐る恐るシンシアに質問をする。

「恩恵の指輪は確かに万能ですけど、血の誓約は重いですの。人の命を犠牲に、自らの一部を犠牲に、その重みを軽視するなんて人間以下、獣以下ですわ!!」

 冷たく慈悲のない言葉と声だが、シンシアの目には透明な雫が溜まっていた。

 拳にしていた左手は広げられ、同時に信者達を囲む青白く光る線が円を描いて地面に浮かび上がる。

 妙に涼しい冷気が漂い、飛び散った火の粉は一瞬にして消火。

「凍死する前に粉々にしてやりますわ」

 青いつり目を細めて呟く。

 円の内側一面に現れたのは凍結した山のような氷の塊。

 背の高いアクセルも思わず見上げてしまう。

 皮膚を切るような冷たさが風に乗り、痛みが伝わってくる。

 冷たい風を丘周辺に吹かせて冬でもきたのかと錯覚させてしまう。

 信者達の様子は分厚い氷で遮られて確認できない。

 シンシアがもう一度左手を握り締めると、氷の塊が繊細な音を響かせて粉砕。

 景色も気温も元に戻り、氷は粉になって風に吹かれて散っていく。

 信者達も粉になって散ったのだろう、姿はない。

 シンシアはそれでも安堵した様子を見せず、落ちている恩恵の指輪を眺める。

「シンシア、お前ホントに魔術師だったんだな」

 腕を組んで感心したアクセルだが、シンシアにきつく睨まれてしまう。

「アンさんが助けに来たから今、呑気にいられますのよ? もう少し自重してくださいな」

「悪い悪い、アンもありがとうな」

 アンの頭をフード越しに撫でて、アクセルは苦笑する。

 呆れたシンシアは少し耳を澄ませるが、何も聞こえてこない。

「まだいますわ、逃げたドラゴン信者が呪いをかけていますのよ。探しますわよ」

「あの指輪はいいのか?」

 恩恵の指輪はまだ地面に落ちている。

 アクセルの疑問にシンシアは首を横に振って丘を下りた。

 肩をすくめてアクセルもアンと一緒に丘を下りていく。

 町の路地裏を走るシンシアとアクセル、アンは建物の屋根を渡る。

 商店通りに出ると、マントで体を隠したドラゴン信者が走っているのを発見。

 指に填めていたはずの恩恵の指輪はない。

「あいつ、指輪を填めてないな。落としたのか」

 どうでもよさそうな言い方だが、アクセルは追いかける。

 ドラゴン信者は何かを見つけたのか足を止めてお店の中へ入ってしまう。

 そのお店は見覚えのある場所、アクセルとシンシアはすぐに気付いた。

「その指輪を渡しなさい!」

「え、な、なに!? 触らないでよ!!」

 聞き慣れた少女の叫ぶ声。

「イリス!」

 アクセルは名前を呼ぶと身を屈めて大きな体を収縮させる。

 衣服が消えて灰色の毛が全身を覆い、口と鼻が前に突き出て耳を尖らせ、蒼い丸い瞳で辺りを睨む。

 狼の姿に変わり、お店の中へ猛スピードで駆けた。

 視界に映ったのは赤茶のボブヘアに深緑の瞳をもつ若い商人イリスと強引に指輪を奪おうとするドラゴン信者の姿。

『グゥッ!!』

 狼の唸り声にドラゴン信者は驚いたのか、動きを止めて首を左右に動かす。

 狼は地面を蹴ってドラゴン信者の背中に突撃。

 ドラゴン信者の背中が反り返り、低い呻きと同時に商品棚へ倒れていく。

「あ、ちょ、商品が!」

 棚に置いていた雑貨品が全て落ち、イリスは唖然としてしまう。

 狼は信者の背中に乗って唸り続けるが、

「あ、あ、あ……あ、アクセル!!」

 突然力強い声で呼ばれた狼は体をビクつかせた。

 ゆっくりイリスを見上げると、引き攣った笑みを浮かべている。

「イリスさん、無事でしたの!?」

 遅れてシンシアとアンが到着、店内は雑貨品が散らばってドラゴン信者はその下に倒れていた。

 そこまでは良い、しかし、何故か狼も地面に横たわっている。

「ど、どういうことですの?」

「なんでも!」

 口を膨らましたイリスは落ちて売り物にならないほど壊れた雑貨品を拾い集めた。

 倒れている狼を覗き見し、イリスは深い溜息をつく。

 捕まえたドラゴン信者を問い詰めていたシンシアはようやく呪いを解いてもらい、早速耳を澄ましてみるが何も聞こえてこない。

 シンシアは諦めてドラゴン信者を見下ろした。

「貴方は帝都に戻って二度とわたくしに付き纏わないよう他の皆様にしっかり、伝えて下さいまし」

 鋭い睨みに寒気を覚えたのか、ドラゴン信者は体を震わせる。

「は、はいぃ!」

 痛そうに背中を押さえて帰っていく姿を見送ることなくシンシアはイリスと目を合わせた。

「また、みんなに助けられちゃった」

 眉を下げて微笑むイリスに、シンシアは目を細める。

「アクセルさんが助けましたの、わたくしは何もしていませんわ」

「あはは、もう迷惑かけないつもりだったのになぁ、結局こうなっちゃったね」

 まだ起きそうにない狼の背中を撫でながらイリスは苦笑。

「やっぱり……好きですの?」

 シンシアの質問に照れた表情を見せず真顔で口を紡ぐ。

 答えを出さないイリスに、シンシアは微笑みながら息を吐いた。

「変な質問でしたわね。わたくしは丘にいますからアクセルさんが起きたら伝えてくださいな」

 伝言を残し、お店を出ていくシンシア。

 他の商人は暇だったのかもうお店を閉めている。

 店内もイリスと狼だけで誰も話す相手はいない。

 破片をひとつひとつ拾い上げ、狼が目を覚ますのを待ち続ける。

 耳に残る言葉を何回も繰り返し頭の中で再生させていると、狼の尻尾や耳が動くのを確認できた。

「アクセル?」

 名前を呼ぶと瞼が開き、蒼く丸い瞳が露わになる。

 首を横に振って立ち上がった狼は静かにイリスの横へお座り。

 灰色の毛は内側へと消え、あっという間に狼の体が人の姿に変わっていく。

 いつもと同じ眠たそうに目を細めて大きく口を開けて欠伸をしているアクセル。

 どういう表情をすればいいのかわからず、イリスはずっと体を強張らせている。

 きっとお互い様なのだろう、アクセルは欠伸を終えると真顔になった。

「こりゃ弁償だな」

 イリスは目を丸くさせる。

 驚いているイリスを眺め、アクセルは苦い笑みを浮かべて立ち上がった。

「用心棒、やるよ。これだけ壊したらしばらくはクビにできないだろ」

 なんということ、イリスは唇を甘く噛む。

「棚に並べてた商品は全部、高価な物だったんだから……今までの倍働いてもらうからね!」

 嬉しさと怒りが混じった言葉と声にアクセルは肩をすくめて笑った。

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