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第十八話

 露天市場が終わり、若い商人のイリスはいつものようにのんびりとした午後を過ごしていた。

 隣にはシンシア、さらに隣には背の低い貴族の少女ニーナが黒い日傘を握って商品を眺めている。

 長い金髪を結い右肩に垂らす。

「ねぇ、番犬さん最近見かけないね」

 その疑問にイリスは笑顔で答えた。

「発情期だから森に行くんだって」

「そっか、頑張ってるんだ」

 何気ない会話のようで、違う気がしてならないシンシアはつり目を細める。

「ところでニーナさんは貴族ですのよね?」

「うん」

「帝都に行きませんの? 町に貴族がこんなにいるなんて不思議ですわ」

 ニーナは考える。

「父様は帝都にいる貴族は嫌いだから行かないって、他の人もたぶん一緒だと思う」

 シンシアは妙に納得して、頷く。

「そうですわね、わたくしも嫌いですわ」

 本日の天気は曇り、それでもニーナは日傘を差している。

 新しい雑貨品を見ては気になる物を購入して、よたよたと歩いてニーナは帰っていく。

 帝国兵の巡回はなく、他の商人達は早めにお店を閉めていた。

 シンシアは特にすることがないので、その場にいないシルバードラゴンの声を聞き流している。

「イリスさん」

 まだシルバードラゴンが話をしている途中だが、シンシアはイリスを呼ぶ。

「何、シンシア」

「アクセルさんのこと、どう思っていますの?」

「どうっていわれても」

 首を傾げるイリス。

「そうですわね……好きか嫌いかで言ってほしいですわ。異性として」

 イリスは唇を動かして、急激に体温を上げていく。

 真っ赤な顔にシンシアは微笑んだ。

「あ、あ、あ、アクセルはそんなんじゃないよ、ペット、そうペットだから!」

「とんでもない発言ですわね」

「そ、そういうシンシアはど、どうなの?」

 シンシアは頭を巡らすが、首を横に振る。

「わたくし、そういう感情はドラゴンに奪われましたからありませんわ」

「え、じゃあバス副団長のことは?」

 シンシアは思わず目を丸くさせたが、すぐに微笑む。

「あの人には何回も好意を寄せられていますわ、告白みたいなこともされましたし」

 答えを聞いたイリスは沸騰するぐらいに顔を熱くさせている。

「こ、こく、告白!?」

「そ、そうですわ。告白されましたの」

 迫る勢いで詰めるイリスの反応にシンシアは驚いてしまう。

「どうしたの!? どうやって、どういう風に!!」

「とりあえず落ち着いてくださいな」

 イリスは熱を冷ますように呼吸を整えて、胸に手を当てた。

「で、バス副団長との出会いっていつなの?」

 気を取り直して聞いてみると、シンシアは難しい表情を浮かべる。

「あまり詳しく覚えていませんけど、わたくしがまだ巫女になる前でしたか……なってすぐか、曖昧ですわね。深い印象はありませんでしたわ」

「そうなんだ。でも優しいし、良い人だよね」

 イリスの感想にシンシアは首を捻ってしまう。

「良い人とは言えませんけど」

 思い浮かぶ彼の姿と行動はシンシアにとって良いことばかりではない。

 顎に指先を当てて、視線を通りに動かしたシンシアは口を強く閉じた。

 閑散とした道を暗殺者のアンがローブに身を隠して立っている。

 フードの奥に光る赤い瞳は何を考えているのかわからず、シンシアは唇を強く噛むとお店から去ろうとして歩き出す。

「アンはお前に用がある」

 すれ違いざまに呟かれた感情のない声。

 立ち止まったシンシアは両手を握りしめた。

「暗殺者と関わるつもりはありませんわ」

「アンは無理にでもつれて行く」

 小袖の後ろ襟を掴まれたシンシアはそのまま引き摺られていく。

「ちょ、ちょ、なんですの!? そんなに引っ張ったらはだけてしまいますわ!」

 イリスを置いて、アンとシンシアは町の路地裏へ。

 ようやく解放されたシンシアは深く息を吐いてアンを睨む。

 フードを外し、短い茶髪と幼く丸い顔のアンが露になる。

「アンはお前が嫌いだが、どうしてお前がアンを避けているのかわからない」

「ぐ、暗殺者は元々好きじゃありませんの。暗殺者によってどれだけの貴族が消えたか、わたくしは知っていますわ」

 アンは眉をひそめて、不快を示す。

「アンは雇われたからするだけ、他の皆もそう、だからそれだけで嫌われても困る」

「権力に関わる者すべてが嫌いですのよ、わたくしは。地位やお金に狂った貴族が雇ったはずの暗殺者や賊に裏切られて命を落としていくのを見てきましたわ!」

 このまま左手から電気を放ってもおかしくない勢いだった。

 中指には恩恵の指輪と呼ばれる赤い石が埋め込まれた特殊な指輪が填められている。

「アンは裏切らない……これからも裏切るつもりはない。アクセルが好きだから」

「す、好き? アクセルさんが、好きですの?」

 耳を疑う言葉を聞き返すと、アンは少々頬を赤らめた。

 思わぬ反応にシンシアは目を丸くする。

「アンはアクセルが好き、でも、お前やイリスに嫌われたりするのは悲しいから、絶対裏切らない。けどお前のことは嫌い」

「け、結局わたくしのこと嫌いですのね……こ、こんなことを言う為にわざわざ呼んで、イリスさんに何かあったらいけませんから戻りますわ。あ、アナタも気をつけてくださいまし」

 アンは小さく頷くと、フードを被って屋根へ重力を無視するかのように飛び移った。

 沢山の建物を次々と軽い足取りで飛び越えて、アンは姿を消す。

 さほど時間は過ぎていないが、店番をしているイリスはどうも居心地が悪そうに俯いている。

 そんなイリスをよそに雑貨品を眺めている娼婦のセレスティーヌ。

「ねぇねぇ、イリスさん」

「え、な、なに?」

 突然声をかけられイリスは肩を強張らせてしまう。

「アクセルさんのこと、どう思ってるんですか?」

 ニコニコと笑みを浮かべているセレスティーヌの質問が思考を停止させる。

 人目で娼婦だとわかる派手なドレスを着ているセレスティーヌの体を見ながら、イリスはまたも声を出さずに唇を動かす。

 顔は真っ赤で熱が外にまで放出される。

「どうも思ってないよ! ホントに!」

 焦るイリスを面白そうに見つめるセレスティーヌ。

「なんでそんなに顔が赤いんですか? ボクはアクセルさんのこと好きになっちゃったけどなぁ」

 ストレートに投げられ、イリスは言葉を忘れたのか俯いて頭をフル回転させた。

 脳内に浮かび上がるのは狼の姿で顔中を舐めてくる映像。

 指を舐められた感触を思い出したのか、右手を左手で包む。

 言葉を紡いで口角を下げた。

「ボク、アクセルさんなら無料で体をあげちゃうかも」

「か、体、からだ!?」

 よくわからないことになっているイリスは逆上せた顔で目を回す。

 セレスティーヌは満面の笑みでイリスの様子を観察し、新しい玩具に心を躍らせている。

 そんな二人を路地裏から戻ってきたシンシアは眉をしかめて眺めていた。

「なにを、していますの?」

 疑問を声に出すが、特別答えを知りたいわけでもない。

 平和な日だと内心思いながらシンシアは店内の奥へと入っていった。

 そのあと、イリスはずっとセレスティーヌにいじられ続けたのか、話が終わった頃には完全に熱を出して寝込んだ。

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