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第十六話

「触らないでください!」

「ゴルバード団長、何をするつもりですの!?」

 大きな少女の声が二人分。

 誰の声か分かっていたアクセルはとにかく屋敷の外へ飛び出した。

 白い毛並みが揃った牡馬に跨り、銀色の鎧を装備している騎士団が通りに整列している。

 先頭の馬から降りて、イリスの腕を掴むのは尖った顎の周辺に髭を伸ばしている長身で細い男のゴルバード。

 男にしては長い茶髪で瞳も茶色。

「アナタはもう巫女ではない、我々に指図する権限もない、失せた方が身の為だが……間違っているだろうか?」

 首を捻って気持ちの悪い笑みを浮かべた。

「は、離してってば!」

 痛いくらい握り締められて、イリスは必死に腕を動かす。

 シンシアは左手を握りしめて微弱な電気を蓄えているのが視界に映り、アクセルは苦い表情。

「間違っていますわ、間違いだらけですわ!」

 今のところ手を出す様子はないシンシアに安心したアクセルはすぐに間へ入ろうとした。

「団長!」

 若い男の声と同時にイリスの腕は解放され、間には同じ銀色の鎧を装備している騎士。

 金髪に碧眼の整った顔つき、美青年であることは間違いない。

 真っ直ぐな瞳に睨まれたゴルバードは眉を顰めて口角を下げる。

「バス副団長、どういうつもりだ? それはなんだ、一体なんだ?」

 冷たい声に怒りを込めて呟いたゴルバード。

 イリスはすぐにアクセルの後ろに隠れた。

「ここは神聖な巡礼の地です。今はこのようなこと避けるべきかと思います」

 冷静に呟いたバスの言葉にゴルバードは軽い舌打ちをする。

「バス副団長……」

 シンシアは電気を消して右手を広げてバスに目を合わせた。

「巫女様、手が震えてますが大丈夫ですか?」

 爽やかに微笑むバスに、シンシアはすぐに両手を胸に当てて不機嫌そうに睨む。

「相変わらず、そういうことを言いますのね」

「はい。僕は今で」

「これはこれはゾフィーじゃないか!」

 バスの声を遮って両手を広げてゴルバードは名前を呼んだ。

 先程までの怒りはどこへ行ったのか、ゴルバードは屋敷の入り口にいるゾフィーのもとへ。

 終始黙っているゾフィーの手を握ろうとしたゴルバードだが、一瞬で顔が右に向けられた。

 町どころか山まで響いた一発の快音。

 ゾフィーの右手がゴルバードの頬を叩いたことに気付いたアクセル達はあ然としている。

 騎士団も住民達も顔を青ざめていた。

 表情に変化がないせいか、ゾフィーの感情は全くわからない。

 一度アクセルの袖を掴んでいるイリスに視線を向けると、ゾフィーはすぐに屋敷へと戻っていく。

「ま、待ってくれゾフィー、少し話をしよう!!」

 真っ赤に染まった右頬に手を当ててゴルバードも屋敷に入って行った。

 バスは呆れて何も言えず、ただシンシアと目を合わせて一緒に頷く。

「バス副団長、ありがとうございました」

 バスのもとへ駆け寄って感謝を述べるイリスは爽やかな笑みを返された。

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。団長はすぐに自分の利益を求めてしまいますので、周りが見えなくなる時があって困っているんですよ」

「無能な団長だな」

 アクセルの呟いた言葉にバスは苦笑。

「それは否定できませんね。あの、巫女様、少しお時間よろしいですか?」

「ええ、大丈夫ですわ」

 休憩の指示を出したバスはシンシアに手を差し出して誘導する。

 その様子を眺めていたアクセルは納得できないのか、ふて腐れてしまう。

「なんで俺が触ると電気流すんだよ……あのドラゴンは」

 不満を声に出していると、イリスに袖を引っ張られる。

「ねぇ、アクセル。お母さんが心配だし、見に行こう?」

「ああ、そうか、あの無能野郎も屋敷に入ったな。正面はやめて裏から行くか」

 アクセルはそう言うと騎士団や住民がいないのを確認して両手足を地面につけた。

 すると大きな体は縮み、衣服が消えると灰色の毛が伸びて全身を覆う。

 勇ましく四脚で地面を踏みつけ、丸い蒼い瞳で周囲を睨む狼となる。

 イリスの匂いを嗅ぐと、すぐに飛びつこうとする狼。

「もぉ、なんでそんなことするの!」

 狼の鼻先を手で叩き落とし、イリスは先に行ってしまう。

 首を振って狼はだく足で追いかけた。

 裏に入るとイリスは窓枠の下に隠れて聞き耳を立ている。

 手招きされた狼はイリスのしゃがむ足元に伏せると耳を立てた。

 どうやら言い争っている様子。

「確かに騎士としてあるまじきことをしたのは認めるよゾフィー。だが、あれは貴族に頼まれた任務でね、あの娘が填めている指輪を持って帰らないといけないんだ」

「もういいから出て行って。アタシはそういう自己中心的な奴が大嫌い、貴方も夫と一緒」

 少し怒っているような声で追い払おうとするゾフィー。

「あいつと一緒にしないでくれ、あいつは復讐の塊だ。あんな男より俺は君を幸せにできる!」

 聞いただけも迫っている姿が思い浮かんだ狼は伏せから立ち上がった。

 イリスに慌てて体を押さえつけられるが、すぐに振りほどいて地面を蹴り、頭突きで窓へ飛び込んだ。

「ちょ、アクセル、危ないってば!」

 硝子が弾ける音と枠の木がへし折れる音が混ざり、降ってきた破片から身を守る為イリスは頭を手で覆い体を縮ませる。

『がぁあ!!』

 ゴルバードは窓に背を向けていて、ゾフィーの両肩に手を乗せていた。

 彼が気付く頃には狼は鋭い牙を露に大きな口を開けて右腕を狙う。

 牙は簡単に銀の籠手を貫通し、ゴルバードの皮膚と肉までも噛んだ。

「いいいいいいいい!!」

 ゴルバードの悲痛な声と一緒に右腕は思い切り上下に動かして狼は振り回されてしまう。

 目を回してしまった狼はすぐに口を離すと頭を軽く振り、壊した窓から逃げ出した。

 右腕を押さえて、涙目なゴルバードは歯を食いしばっている。

「フェンリルの仲間だなぁ! 俺の腕を噛みやがったぁあああ!!」

 同じように窓から飛び出したゴルバードは血管を浮き上がらせ、山へ逃げる狼を白馬に飛び乗って追いかけていく。

 狼は山の急斜面を難なく駆け登り、重なり合う木々によって光を奪われた薄暗い世界から抜け出すように頂上を求めた。

 太陽の光が照り輝いている先へと一直線に駆ける。

 そこは望んでいた頂上ではなかった。

 あったのは崖と、見下ろせば命の保証がない底。

 場所を間違えてしまった狼はすぐに戻ろうとするが、もう遅い。

 白馬を従えて左手で槍を構えているゴルバードが立ち塞がっていた。

 単騎で来たのか、部下は誰もついてきていない。

「バスめぇ、どこに行った? ついてこいと言ったはずなのにぃい……まぁいい、生きたまま捕まえて公開処刑だ。これで二十匹目、俺の評価はどんどん上がっていくな」

 卑しい笑みが浮かぶゴルバードに狼は唸りながら後ずさる。

「さぁ、観念しろ!」

 槍の穂先が狙いを定めていた。

『!?』

 突如白馬が前脚を上げて高らかな鳴き声でゴルバードを振り落とす。

 背中から落ちてしまったゴルバードは全身を打ちつけて頭を抱えて右へ左へ転がる。

「こ、こんどなぁんだよぉぉ!!」

 怒りが抑えられず、ゴルバードは叫んだ。

 よく見ると、白馬の後ろ脚に噛みつかれた痕があった。

 何者かに噛まれたのか、混乱した白馬は暴れ、狼の逃げ道を塞いでしまう。

「逃がすかぁ!」

 槍を拾い直したゴルバードは態勢を整えて狼へ振り下ろす。

 狼は横に飛んで回避すると槍の穂先は地面を抉り、土を掘り返した。

 槍を振り下ろした状態から今度はそのまま横へと大きく円を描いて動く。

 最大限に体を地面に密着させて、狼はまたも回避。

 灰色の毛を掠ったのか、数十本は斬られてしまう。

「しぶとい狼めぇ、殺してやりたいくらいだ!」

『グゥアウウア』

 なかなかの手練れだと感じた狼は攻撃をすることもできず、ただ避けるばかり。

 少しでも後ろに下がると命はない。

「まぁこのまま落としてもいいが……それじゃあつまらんよ、串刺しにしてもいいなぁ」

 不敵な笑みでじりじりと歩み寄ってくるゴルバード。

 槍が大きく天に向かって振り翳された。

 狼はとにかく避ける態勢に入り、相手の動きを見逃さない。

「くたばれぇ!!」

 喜びと怒りが混じり合う声。

 振り下ろそうとした左腕より後ろにいる一匹の獣がゴルバードへ飛び込んだ。

 黒い毛並に覆われた狼だと瞬時に理解ができた。

 左腕を覆う銀の籠手に鋭い牙が貫通して、またもゴルバードは悲痛な叫び声を張り上げる。

「うあぁあうああ……仲間がいたのか、クソォ!!」

 槍は狼を飛び越えて崖より外へ落ち、ゴルバードはバランスを崩して倒れた。

 その隙に二匹の狼は山の中へもう一度走り出す。

 下りる途中で黒い狼は別の道に颯爽と駆けて、姿を消した。

 そんなことは気にせず狼は山と町の境目に到着。

「おかえりなさいですの。アクセルさん、助かったみたいですわね」

 シンシアが変わらぬ落ち着いた表情で狼を迎え、頭を撫でる。

 犬のような扱いに、狼は不満な表情を露骨に出してシンシアを睨んだ。

「バス副団長がいなければ今頃、谷底に落ちるか、串刺しですわ」

 人間の姿に戻ったアクセルは、軽々とシンシアを見下ろして腕を組む。

「じゃあ、あの狼はバスなのか?」

「そうですわ、バス副団長もフェンリルの血を飲みましたの。彼の場合は自ら望んでそうなりましたけど」

「あー、復讐的なことか?」

 確認してみると、シンシアはゆっくり頷いた。

「その事に関しては直接聞いて下さいな。さ、戻りますわよ」

 年下の少女に誘導されて、アクセルは町長の屋敷へ。

 屋敷の前ではイリスとゾフィーが向かい合っている。

「アクセル! 大丈夫だった?」

 大きな体にすぐ気付いたイリスは急いでアクセルに駆け寄っていく。

「ああ、全くこの通り、怪我もない」

 両手を小さく広げて全身に傷がないことを伝え、アクセルは赤茶のボブヘアをくしゃくしゃと撫でる。

 イリスより後ろに視線を動かすと、ゾフィーが笑みを綻ばせて何も言わずに屋敷の中へ入っていく姿が映った。

「もう戻ろう」

 それを余所にイリスは袖を掴んだ。

「いいのか? ホントに」

「うん」

 眉を下げて困ったような笑顔でイリスは頷いた。

「はやく行きますわよー。また厄介な奴が戻ってきますわ」

 大きな声で二人を呼んでシンシアは町の入り口で手を振っている。

 肩をすくめて、アクセルはイリスと横に並んで歩きだす。

「お母さんにね、一緒に住みたいなって言ったら……」

「言ったら?」

 アクセルは同じ言葉を返す。

「一緒に住めないって、お父さんのことを思い出すから駄目なんだって」

「そうか、でもやっぱり親と住みたいよな」

 俯いて歩くイリスは頷いた。

「うん、そうなんだけどね。けど、町には商人仲間も友達もいるし楽しいよ」

 イリスの指先はいつもより強く袖を掴んでいて、アクセルは口を小さく開けて様子を見下ろす。

「だからアクセル、用心棒はもう終わり」

 雇い主から放たれた言葉にアクセルは目を丸くしてしまう。

 顔を上げたイリスは笑顔を浮かべていたが、緑色の瞳は潤んでいる。

 何も言わずに歩いていると、イリスは優しい笑みでもう一度。

「山を下りて、町に戻ったら自由にしていいよ」

 解雇であることを伝える。

「急に、どうした?」

「もうあの銀時計はバス副団長が買い取ったから、その分の利益も出たし、弁償する必要がないってこと。それどころか雇った分のお金も払える。ほら! 自由になれるんだから変な顔しないでよ」

 イリスは明るい声でアクセルより先に走った。

 肌に密着していた黒いシャツの袖には皺ができていて、今は何もない。

 イリスは待っていたシンシアの手を繋いで、二人で仲良く進んでいく。

 彼女達に手招きされながら、アクセルは面白くなさそうな表情で歩いた。

 山に囲まれた町では騎士団の団長が未亡人に手を出したという噂で溢れかえり、騎士団は予定より早く町から出て行ったという。

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