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第十五話

 山に囲まれた町はどこを見ても緑一色の木々ばかり。

 家は十軒と少ない割に住人は多い。

「よく村と勘違いされるけど、ちゃんとした町になってる」

 この町で狩人として生計を立てて暮らしているゾフィーは弓と矢筒を背中から外す。

 黒く短い髪だが横は伸ばしている。

 袖のないシャツ、足にぴったりとした動きやすいズボン姿。

「ぜんぜん覚えてない、ホントにアタシってここに住んでたのかな?」

 ゾフィーの後ろをついていく若い商人のイリスは町の辺りを右に左にと見回す。

 同じ緑色の瞳をもつイリスとゾフィーはまだ目を合わせていない。

「記憶がないのは当然、夫が貴女を連れて出て行った時はまだ赤ん坊だったから」

「そ、そうなんだ」

 どう受け答えすればいいのかもわからないイリスは俯いてしまう。

 彼女の様子を見下ろすアクセルは青みがかった黒髪を掻いて蒼い目を細める。

 道を通る住民達が首を痛くしてアクセルを見上げていく。

 肌と密着した黒いシャツ、腰にはジャケットを巻いて、ぶかぶかのズボンを穿いている。

「感動の再会ってわけじゃなさそうだな」

 横を歩く緋袴と小袖を着たシンシアに感想を漏らしたアクセル。

「そうですわね。せっかく会えましたのに、これでは聞きづらいですわ」

「ま、俺が聞くさ」

 ゾフィーの後をついていくと、一軒の屋敷に到着した。

「ここは町長の家、アタシは住み込みで働いている」

 屋敷の敷地内には飼い慣らされた動物達がのんびりと歩いている。

「ああゾフィー、もうすぐ騎士団が巡礼から戻ってくるよ。部屋に戻らなくてもいいのかい?」

 動物達の世話をしている男がゾフィーに声をかけた。

「騎士も神聖な巡礼地では下手なことはしないと思う、大丈夫」

 軽く手を挙げて男に返すと、ゾフィーはイリスと目を合わす。

 目を丸くしたイリスは肩肘を張って直立。

「その指輪、夫が血の誓約で手に入れた物、でいい?」

「う、うん」

 イリスの右中指に填めた血色の指輪を確認したゾフィーは呆れて息を吐く。

「その指輪と夫について聞きたいってことはわかった。でも、複雑だから面倒臭い」

「へ?」

 ゾフィーは三人の反応に見向きもせずに扉を開けようとする。

「ちょっと待った、簡単でもいいから話だけ聞かせてくれ。この指輪が原因でイリスの命まで狙われてんだ、少しくらい協力してくれよ」

 取っ手を握って扉を開けると、ゾフィーはアクセルを招く。

「なら貴方だけ、他の子には理解できないと思うから」

 戸惑うアクセルの袖を掴んだイリス。

「シンシアと一緒にここで待ってるから大丈夫」

「イリスさんが言うのでしたら仕方ありませんわ、護衛は任せて下さいな」

 軽く頷いたアクセルは黙って屋敷の中へ。

 広間は特に飾り気はなく、タンスやテーブルだけで高価な物は置かれていない。

 屋敷の奥にある小さな部屋がゾフィーの寝泊まりをするところ。

 室内はアクセルの借りている部屋に比べると随分と綺麗だった。

 ベッドのシーツも布団も柔らかく、アクセルは口をへの字にして肩をすくめる。

「何か不満そうだけど、話をしても大丈夫?」

「ん、ああ、頼む」

 弓を壁に立て掛けて、ゾフィーは一冊の本を棚から取り出す。

「これは夫が毎日欠かさずつけていた日記帳。日記帳や書物全部まとめて持って行ったけど、この一冊だけは置いてあった」

 復讐と書かれた文字を思い出しながら手渡された日記帳を捲ると、アクセルは目を疑う。

 予想とは違い、復讐という文字は書かれていなかった。

「えっと、イリスに見せてもらった日記とは違って平和だな」

 最初の一ページはゾフィーが妊娠した時のことから始まっている。

 躍るような文字が続き、喜々として新たな命を待ち望んでいるのか一日の日記が数ページ続いていた。

 ゾフィーは落ち着いた笑みで目を細める。

「置いていったのは多分そういうこと。復讐に平和も、そうだった過去も必要ないから」

「それで、なんの復讐なんだ? それが理由で血の誓約をしたんだろ?」

 本題に入ると、ゾフィーの表情から笑みは消えた。

「夫は、彼は帝都の大商人に生まれて十歳の頃、家族全員で町に移動する途中だった。そこで狼の群れに襲われて兄妹も両親も仲間も皆喰い殺され、生き残ったのは夫だけ。狼の正体がフェンリルの呪いを持つ人間だと知り復讐に目覚めたって夫から聞いた」

 アクセルは軽く何度も頷くと、何も言わずに日記帳に目を通す。

「ドラゴンとの血の誓約を知った夫には大切な物も存在もいなくて、途方に暮れながらこの町に流れ着いた時にアタシともう一人、エメルダと出会った」

「エメルダ?」

「エメルダはアタシの幼馴染であって親友。町長の娘だった人」

 アクセルは眉間に皴を寄せて髪を掻いた。

「あんまり、良い出会いじゃなさそうだな」

「貴方の予想した通りかもね……エメルダと夫はすぐに打ち解けて二人は恋に落ちた。もちろんアタシはそんな二人を心から応援していたけど、していたのに夫はある晩アタシに血の誓約のことを伝えた。エメルダを犠牲にドラゴンと誓約を交わすと」

 ゾフィーは自らの腕を力強く握る。

「エメルダを犠牲に指輪を手に入れたら、今度はあんたに求婚か?」

「町の人はエメルダが行方不明になったと思いずっと探していて、その間に夫はアタシと形だけの婚姻を結んでそれからイリスが産まれた。夫はイリスを代わりのモノとしか見ていないから」

 大きな息を吐いたアクセルにゾフィーは口を紡ぐ。

「大切な親友が犠牲にされたのにどうしてあんたは結婚なんかしたんだ?」

「結婚なんてするつもり、全く無かった。もっと簡単にいうと無理矢理ってこと」

 落ち着いた表情で答えられ、アクセルは肩をすくめる。

「あー、そういうことね」

 気まずい、アクセルが戸惑っていると、軽く笑われてしまう。

「昔のことだから今は全く問題なんてないから気にしなくていい」

 安堵したのも束の間、アクセルはまだ問題が残っていた。

「しっかしイリスには説明しにくいなぁ。復讐の原因はいいとして、その先はなぁ」

 脳内で言葉を変換させ、腕を組んでアクセルは唸る。

 窓の外を眺めていたゾフィーは息を深く吐いた。

「騎士団が戻ってきた。とりあえず話はここまで」

 考えている暇も与えられず、アクセルは髪を掻いて普段使わない頭を回転させる。

 しかし、思考は途中で切れてしまった。

 耳を騒がしくさせる少女の大きな声が二人分、アクセルを引きもどす。

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