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第十二話

「アクセルはどこに行った?」

「次見つけたら牢にぶち込んでやる!」

 鋼鉄鎧を装備した帝国兵達が銀色に輝く槍を両手に町中を慌ただしく走っている。

「背が高いくせになんでこうも見つからないんだ? この一週間でどれだけ盗まれたか、ムカつく野郎だ!」

 兜から響く渋い声達。

 兵士は地上を探しまわっていた。

 その様子を建物の屋上から観察している一匹。

 四脚で勇ましく立ち、耳を立てて蒼い丸い瞳をぎらつかせている。

 灰色の毛に覆われた大きな体格で軽々と建物の屋上を渡り歩く。

 商店通りに進んでいくと、朝の市場を終えて荷物を片付けている見慣れた少女達を発見。

「あれ、アクセル」

 最初に気付いたのは若い商人のイリスだった。

 赤茶のボブヘアに緑色の瞳。動きやすい服装の上から焦げ茶のエプロンをかけている。

 一匹に向かって手を振るイリスの隣には緋袴と小袖姿のシンシアが木箱を抱えていた。

 軽くチラッと見ては、すぐに視線を下ろして作業を続ける。

「アンは……可愛い可愛い可愛い、狼が大好きだ」

 身の毛もよだつ殺気に似た気配に狼は目が収縮。

 逃げている暇はなく、あっという間に背中を掴まれて狼は餌食となってしまった。

 ローブで身を隠した暗殺者アンに体中を撫で回され、狼は唸る。

「イリス、シンシア、アン!」

 黒い日傘が目印のニーナがお店にやってきた。

 金色の長い髪を後ろで結い、右肩に垂らしている。

 同年代の子供と比べると身長は低く、狼のお座りと同じ目線ほど。

「いらっしゃいニーナ」

「いらっしゃいませ、ですの」

 狼は無事にアンの手から脱出することができ、イリスの足元に飛び降りた。

「あー、番犬さん!」

 今度は目を輝かせるニーナに捕まってしまい、頭をひたすら撫でられてしまう。

「あれ、このお店の番犬なんだ。前にボクの部屋に入ってたから野良犬かと思ったけど、ちゃんと飼い主がいるんだね」

 ニーナの次にやってきたのは若い娼婦のセレスティーヌ。

「いらっしゃい。えっと、セレスティーヌ」

「いらっしゃいませ、ですの」

 イリスの言葉を同じように話すだけでシンシアは全く見向きもしない。

「シンシア、どうしたの? 元気ないね」

 首を傾げてイリスはシンシアに声をかけた。

「いえ、なんでもありませんわ」

 全ての商品を棚に並べ終えたシンシアはぎこちなく微笑む。

 違和感を覚えつつも見下ろすと、いつの間にか狼は少女達に囲まれていた。

 頭から尻尾まで撫でられる狼は不機嫌な表情を浮かべながらも、尻尾は左右に振っている。

 イリスは自然と口角を下げて、目を細めた。

 表情に気付かず、狼は呑気に少女の良い香りを堪能。

 その夜、町を散歩していたのは狼とシンシアだった。

「愛犬の散歩ですわね、まるで」

『バグゥ!』

「うるさいですわ、こんな時間に吠えないでくださいまし」

 鋭く棘のような言葉と声に狼は吠えなくなる。

「わたくし、睡眠の必要もありませんからいつも暇ですのよ……別に疲れもありませんけど、時々気が狂いそうになりますの」

『グゥ……?』

 狼は外へと繋がる町の出入り口でお座りをした。

 人の気配を察知したのか、シンシアは何も言わずに近寄っていく。

「あれは、イリスさんと隊長ですの」

 町の外にいたのはイリスと、班隊長を務めるアヤノ。

 よく見ると、アヤノの手には両刃の剣があり切っ先はイリスに向けられていた。

 狼は耳を立てて、二人の会話に集中する。

「これでも指輪を渡すつもりはないのか? 斬り捨てて、奪っても外では合法だ」

 イリスは血色の石が輝く指輪を左手で覆い隠し、首を強く横に振って拒否を示す。

「これはアタシの大事な指輪なんだから、何をされても、言われても、渡せない!」

 強く緑色の瞳でアヤノを睨んでいるが、声は震えていて頼りない。

 鈍く光る剣が目と鼻の先にある。

 アヤノが一振りすれば、命も指輪も奪われてしまう。

「可笑しいな。自分の命よりも大事な物、か、命がなければそれすらも守れないというのに……」

 優しく微笑んだアヤノは剣を下ろして、町へと戻っていく。

 一人、残されたイリスはしゃがみ込んで大きく息を吐いた。

「大事にならなくて良かったですわね」

「ああ、まぁな」

 平均的な身長よりも高い筋肉質の青年アクセルは青みがかった黒髪を掻いて、地面に座って様子を見ている。

「アクセルさん、わたくし先に戻りますわ」

 足早にシンシアは宿へと戻ってしまい、アクセルは肩をすくめてゆっくりと立ち上がった。

 町の外に踏み出し、その場から動かないイリスのもとへ。

「こんなところで何やってんだ?」

 いつもの調子で声をかけると、イリスは肩を震わして振り返る。

 目に溜まった涙が月明かりに照らされ、思わずアクセルは苦笑い。

「あ、アクセル……うん、なんか眠れなくて」

 手で目を擦ってしっかりと立ち、イリスは笑みを浮かべていた。

「また獣に襲われるぞ。外は物騒だし、まだ指輪を狙ってる奴は多いからな」

「なんで、狙われるのかな?」

「やっぱりドラゴンを召喚できる力があるからだろ、誓約の指輪は魔術師にとっては特にな」

 イリスはずっと、指輪を抱き締める。

「お父さんがね、ずっと何かを調べてたんだ。聞いても教えてくれなくて、でもいつも寝る前にこう言うの」

 記憶を思い出しながら、イリスは俯いて呟いた。

「この指輪は復讐の証だ、何も信じるな、頼みは自分自身だ」

「復讐?」

 眉をしかめたアクセル。

「意味が全然分からないからほとんど聞き流してたけど、なんだか気になっちゃって久しぶりにお父さんの書物を探してみようかな」

 怯えていた表情はどこに行ったのか、イリスは悪戯な笑みを浮かべてアクセルの手を掴む。

「そうだな、また明日探すか」

「ほらほら、外は物騒なんでしょ? はやく戻ろう」

 呆れているアクセルの大きな手を引っ張って、イリスは町に戻る。

 翌朝、露天市場を放り出してイリスは家の倉庫にシンシアとアンを連れて探し物を漁っていた。

「お父様はこの町の生まれですの?」

「ううん、帝都の大商人のところで生まれたって」

「帝都の大商人? 多すぎて分かりませんわ」

 帝都には大商人が沢山いるようで、シンシアは人物を絞れない。

「うーんこれかな、これも、色々あり過ぎて調べるのに時間がかかりそう」

 倉庫から取り出された書物は軽く三桁を超えている。

「アンは文字が読めない」

「え?」

 突然の暴露に二人は固まった。

「仕事で文字を扱いませんの?」

 シンシアは視線を合わせずに、書物を眺めながら訊ねる。

「アンは人を殺すのが仕事。殺すのに文字はいらない」

「そう、ですの」

 これ以上の会話を失い、シンシアは何も言わなくなった。

 アンも近寄ろうとしない。

「大丈夫、かな」

 不仲な二人に挟まれたイリスの胸には不安だけが募り、ため息をひとつ吐きだした。

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