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地霊殿事変。

 幻想郷地底――地霊殿。

 人どころか妖怪すら近寄らないその館は当然人の姿などありはしなかった。

 だが、旧都の中でも一際大きなその館は常に静寂に保たれていたわけではなかった。


 地霊殿の主――古明地さとりは動物達に好かれている。


 それ故に、地霊殿には人も妖怪の姿がなくても、さとりを好むペットたちで溢れかえっている。だから地霊殿は静寂どころか、ペットたちの泣き声で溢れかえっていた。

 だが、さとりの居室だけは静寂に包まれていた。

 現在さとりの居室として存在する場所は、かつて地霊殿の書庫であった場所だった。

 しかし、めったに外に出ないさとりは自らの荷物をこの書庫に入れ、自らの居室としてあてがったのだった。故にさとりの周りには常の本があり、彼女が生きてきた時間の大半はそれらを消費することにあてがわれてきた。

 そこにペットの姿はない。

 ここはさとりだけの部屋だった。

 だからこの部屋には防音の魔法がかけられており、この外の声は聞こえないし、さとりの第三の目で外の人間の心を読むこともできない。

 誰にも干渉されないこの場所こそ、人の事を理解しすぎてしまうさとりにとっては安息の場所となっていたのだ。


「ふぅ……」


 だが、静寂に包まれていたはずの書庫にため息が一つこぼれていた。

 それは紛れもないこの部屋の主――さとりから発せられているのは間違いなかった。

 ――古明地さとりは悩みを抱えていた。 

 それは紛れもなく彼女のペット――火焔猫燐の事である。

 火焔猫燐は、さとりの中でも特別なペットだった。

 数多に存在するペットの中でもお燐はさとりを特に溺愛し、どんな時も何があってもさとりの傍らを離れようとしなかった。だからさとりもお燐を大切にし、特に可愛がっていたのだ。

 だが、そんなお燐にさとりは激昂してしまった。

 その理由は少し複雑……いや、単純だった。

 さとりはお燐を。お燐はさとりを溺愛していた。だが、ある日を境に二人の間には大きな溝が生まれてしまっていた。

 それは、お燐の妖怪への変質だ。

 元々お燐は火車の化け猫であった。

 さとりがこの地霊殿の主になるよりも先に、お燐は化け猫としてはこの地底に存在した。

 しかし、それは悪魔でも化け猫としてだ。

 お燐が妖怪に変質した――つまりそれは人型として知識の取得と言う意味であった。

 それによってお燐は動物としての本能のままに生きるのではなく、自らの思考を手に入れてしまった。

 だが、それでもお燐はさとりに対する敬愛は変わらず存在した。

 普通の人や妖怪であれば、ペットであった猫が人の言葉を覚え意識の疎通することに喜びを感じるはずだった。

 だが、さとりは違う。


 さとりは妖怪【覚】。


 人の心を読むことのできる程度の能力を持つ、怨霊すら恐れる地底の悪魔。

 故にさとりがその変質における感情は恐怖だったのだ。

 ――お燐は知識を得た。

 それは普通の動物ではなくなるという事だ。

 だからさとりは恐れたのだ。お燐がいつか自分と言う存在を恐れてしまうかもしれないという事を……。

 故にさとりはお燐を遠ざけた。

 以前より一層部屋にこもる時間を増やし、自らの居室に誰も入る事を禁じた。

 それによってペットと顔を合わせる時間を減らし、その心を読む時間も減らした。

 例えかつて心を許し、自らの部屋に入る事を許していたお燐に対しても同じだった。

 だからだろうか。気が付けばお燐との間には大きな溝ができてしまっていたのだ。

 それは少なからずさとりもわかっていた。いやむしろそれを望んでいたのだ。

 誰かに疎まれる恐怖は、人には理解できない程に苦痛である。それはやはり人に恐れ疎まれ続けてきた覚の妖怪であるさとりが一番理解していた。そしてそれは、自分が好きであった者に思われればより一層苦しいものであるという事も同様に解ってしまっていた。

 だからさとりは自然と距離を置くことを選んだのだ。

 だが、その思いをお燐は裏切った。

 閉ざしていたその扉を開くという事でお燐はさとりに近づいてしまったのだ。

 その思いにさとりが気づかなかったわけではない。

 だが、さとりも知能を持った妖怪だった。

 故に気が付けばお燐を強く叱責してしまっていたのだ。

 お燐は純粋にさとりを心配していたことは知っていた。だが、それでもさとりはお燐を遠ざけたかったのだ。その存在の恐怖が、さとり自身の《トラウマ》が、心の奥で渦巻いてお燐と言う存在を恐怖と言う感情による激昂という感情に変質してしまっていたのだ。


「……はぁ」


 だからさとりはため息をつく。

 お燐を遠ざけたかった。それがさとりの想いであることは確かだった。

 だけど、さとりの心に残るのは叱責した後のお燐の泣き顔だった。

 子供のように顔を歪めて両手で必死に涙を拭おうとするが、どれだけ拭いても溢れ出す涙を抑えきれないお燐の心に映るのは絶望であった。

 そしてそれと同時に映ったのは《家出》の二文字だったのだ。

 さとりは部屋から出ようとするお燐を引き留めなくてはいけなかった。

 だが、どんな顔して引き留めればいい?

 どんな言葉をかけて慰めればいい?

 今こうして涙を流しているのはさとりのせいだと言うのに。


「……はぁ」


 もう、こうしてため息をつくのは何度目だろうか。

 それは間違いなくお燐のあの顔を見てからであることは確かだ。

 つまりこのため息はさとりの後悔の現れだった。

 大切だった。手放したくなかった。だけど、嫌われるのが怖い。

 だから遠ざけた。だけどお燐は歩み寄ってきてしまった。だからさとりは言う事が聞けないと言い訳して叱責し、お燐を傷つけた。


「あはは……バカだなぁ」


 ふいにさとりの口からそんな言葉が飛び出してくる。

 そうだ。初めからそうだった。

 何を恐れる必要があったのだろうか。何を迷う必要があったのだろうか。

 お燐は何も悪いことなどしていなかった。ただ純粋にさとりの事を心配していただけだったはずだ。

 だが、それをさとりは拒絶してしまった。

 それが間違いの始まりだったのだ。

 だけど、それも全て後悔だった。一度崩れたものは二度と戻る事はない。

 ――覆水盆に返らず。

 人の心もまさにその言葉の通りで、一度崩れてしまった関係は決して元に戻る事はない。

 それは心のスペシャリストであるさとりが一番わかっていた。だから自らの事を非難するしかなかったのだ。こうなる事はわかっていたはずなのに、それを止める事が出来なかった。

 それがあまりにももどかしくて、自分の行いが全て招いた結果だと理解した。だからこそ自らを罵倒し、後悔していたのだった。

 いまさら考えた所で何も戻って来る事はない。

 だからさとりは膝を抱え一人静かな部屋で涙を流していた。


「……ん?」


 しかし、何やら部屋の外が騒がしい。

 いやそんなはずはない。この部屋は防音をするために魔方陣すら張り、完全に外界とは遮断されたはずだ。唯一方法があるとすればドアのノック音くらいしか……。

 だが、ドアが叩かれた様子もその向こうで何かが起きているはずもない。

 なら、何故こんなに外の音がさとりの耳に届くのか。

 魔方陣が崩れたとでもいうのか?

 いや、そんな様子はない。だが、確かに何かしらの干渉は受けているようだった。

 これだけの大がかりの魔方陣を揺らがせる者なんて……。


 ――ドオォーン


 外の異変について思考を巡らせていたさとりを妨げたのはそんな轟音。

 突然現れた異変にさとりは状況判断をしようと埃が舞い、視界の悪いあたりを見回す。


 ――ああ、そういうことか。


 その異変にいち早く気付いたのは彼女の両目ではなくその胸にあるもう一つの瞳だった。

 それは彼女が覚の妖怪であるという何よりもの証拠であり、その眼が人の心を見抜く。俗に言う第三の目と呼ばれるものだった。

 そしてその瞳に映るもの……それは今さとりにとっては一番見たくないものだった。

 そこにいたのは一人の女性。

 彼女を決定づけるのはその宝物のように光煌めく黄金の髪と、その髪から覗く真紅の角。その姿を見た瞬間に誰しもが恐れ敬う。

 絶対強者――星熊勇儀がさとりの部屋に現れたのだ。さとりが閉ざしていた扉を蹴破り、あたかもそれが当然と言いたいかのように悠然とその場に立ち尽くしている。

 その行為、姿はもはや常識では推し量れない。

 故に彼女は旧都の指導者と誰が言うまでもなく認められていたのだ。

 彼女のその威厳が、その存在こそが偉大さを物語っていた。

 だが、だからさとりは勇儀と言う存在が苦手だったのだ。

 彼女が強すぎて、眩しすぎて……その存在がとてもうらやましかったのだ。

 自分とは真逆の存在だったから。気が付けば彼女を遠ざけていたのだ。

 しかし今は勇儀の方からさとりの目の前に現れた。

 だからさとりは落ち着いた笑顔でその来客を歓迎する。


「こんにちは、勇儀さん。随分と荒々しい入室ですね。レディーの部屋に来るには少し乱暴すぎはしませんか?」


 さとりはその笑顔とは裏腹にとげのある言葉で勇儀を攻撃するが、当の本人は飄々とした態度でその片腕で担ぎ上げた瓢箪の中の酒を口の中に注ぎさとりに言葉を返す。


「ははは、鬼は常に乱暴なものさ。少しくらい許せ」

「私の部屋の扉どころか静寂を保つための魔方陣も破壊しておいて、少しも何もないと思いますが?」

「覚の妖怪にとっては大きくても鬼にとっては小さい物なのさ」

「なんですかそれは。本日の訪問は戦争の宣言をしに来たのですか?」

「そんなつもりはないが……。いや、違うな。そのつもりで来た」

「……ッ!?」


 ――なんだ? どういうことだ?


 勇儀は変わらない態度でそう言葉を言い放つが、それは決して冗談では済まされない。

 戦争の宣言という事は、お互いの存在を賭けた戦いになるのは間違いない。

 確かに、今代の博麗の巫女になってからは《スペルカードルール》と呼ばれる血統方法になり、お互いの力だけに頼った。いわゆる人を殺すことを目的とした力の使い方をするのは原則禁止となった。それ故にもし戦争となったとしても、誰かが死んでしまうという事はないだろう。

 しかし、それは生命的な死だ。

 もし戦争で負けてしまったのならば、居場所を奪われ、住処を追われてしまう。

 妖怪はその存在意義があるが故にこの世に命をつなぎとめる者だ。

 住処を追われ、居場所を失い、存在を否定される。

 それは妖怪としての死を意味すると言っても過言ではないのだ。

 だから戦争を行うなどと簡単には言えないはずだ。

 それは、負ければどちらかの死を意味することなのだから……。


「よく、そんな簡単に戦争をしに来たなんて言えますね。あなたは居場所を失う事が怖くないんですか?」

「私はすでに一度居場所を失っているからな。住む場所がどこかなんて私にはあまり意味はないことを知ってるからな」

「あなたはそれでいいかもしれませんが、あなたの周りはどうなのですか? これは私とあなたの戦争ではなく、地霊殿と旧都との戦争……それはつまりどちらかが負ければどちらかがこの地底から出ていくことになるのですよ? それがわかっていってますか?」

「ああ、わかっている……。だが、一つだけ間違いを訂正しておこうか」

「何が間違っているというのですか? はっきり言いますが、今の発言で間違いなど一つもないと自負しています」

「お前は《私とあなただけの戦争じゃない》……と言ったが、実際戦争するのはさとりと私。二人だけだ」

「つまりなんですか? 私が気に入らないから私だけがこの地霊殿から出て行けと……。そう言いたいのですか?」

「ま、そんなところだ……」

「そうですか……。あなたはそんなにも私が嫌いですか?」

「ああ、嫌いだね。それはあんたも私の心を読んでわかっていることだろう」

「ええ、見えますね。私に対する嫌悪感が。だから私は人が……妖怪が。生きて知識を持っている者が嫌いなのです! その醜い心が私を不快にする! だから私に構わないで、近寄らないで!」

「そうやって我儘を突き通してお燐を傷つけたのか?」


 勇儀の放ったその一言にさとりはピクリと肩を震わす。


「……どういう事ですか?」

「どういう事も何もないだろう。あんたの所のペットが私たちの所にやってきたんだ。そしてあいつは私たちの前で泣いたんだぞ? 

 地霊殿に帰りたくないと。

 そう言わしたのはお前だろう」

「……」

「何を黙っているんだ。早く何とかいえよ」

「嘘じゃない……そう、あの子、今旧都にいるのですか……」

「ああ」

「そう……ですか。あの子が、旧都に……。

 私のせいで旧都を毛嫌いしていたはずなのにね。なるほど、そうですか……」


 そう呟くように言葉を綴ると、さとりは深く深呼吸をしてから扉の前から動かない勇儀の方へ歩み寄る。そして自らの懐にある一枚のカードを取り出し勇儀に向かって掲げる。


「いいでしょう。幻想郷の地霊の主――古明地さとりは星熊勇儀からの決闘の、戦争の申し入れを受理します。スペルカードルールにのっとり、私は三枚のスペルカードを宣言します。

 想起――テリブルスーブニール。

 想起――夢想封印。

 想起――マスタースパーク。

 以上にて対戦に応じます」

「なるほど、私の中のトラウマを呼び覚ますか……。ならば私からは一枚。

 四天王奥義――三歩必殺。

 にて、迎え撃とう」


 勇儀の言葉を最後に両者は十歩後ろに歩きそして、お互いの出方を待つように身構える。

 それからしばらくは完全なる静寂が待っていた。

 ……そして、


「想起――テリブルスーブニール!」


 初めに動いたのはさとりだった。

 いくら力が均衡を保つようにと作られたスペルカードルールとはいえ、やはり鬼と普通の妖怪とでは力の差がありすぎる。

 それは妖怪の力の元となる力……妖力や魔力と言った物とは別の……いわゆる純粋な妖怪としての物理的な力の事を指す。

 鬼や吸血鬼などの純粋な種族としての能力値は、ただ精神的な能力を主とした妖怪覚では全く及ぶはずもない。

 故にさとりは先手を打つしかなかったのだ。

 能力で劣るさとりは……質で劣るさとりは、量で迫るしかなかった。

 奇しくも今回の戦闘ではさとりが三つ、勇儀が一つスペルカードを宣言していた。

 故に質よりも量と言う作戦は極めて有効と言えるだろう。

 だが、対する勇儀はというと。目の前に広がる花火のような弾幕の嵐を眺めながら悠々と酒を飲み笑う。


「ほほぅ……。これはまた随分と綺麗な弾幕だ。赤と青のコントラスト……憤怒と嫌悪……と言ったところか?

 二色の弾幕を見せて人を惑わし自らの術中にはめる。美しさが極上とはよく言ったものだな。これは人を楽しませるための弾幕ではないだろう。これは列記とした人を殺すための弾幕だ。……いや、勝つための弾幕と言った方がいいのか?

 ふむ、お前の本気はこの星熊勇儀――しかと見届けた」


 宙を舞う勇儀の瓢箪。


 歩き出す強者の行軍。


 それは何とも雄大な歩行だろうか。

 彼の者が一歩歩くたびに空気が震え、大地が謳い、人が恐れる。

 それが鬼と言う存在の在り方。

 覚の妖怪が自らの心の闇に対する不安から生まれた存在ならば、鬼は強者に対する恐怖すべてを体現する存在。彼の者が現れれば弱き人間なぞ成す術もなく死を宣言される。そういう恐怖が鬼と言う……星熊勇儀と言う存在を具現させた。

 その一歩はまさしく伝説の存在――鬼と言う存在を認識するには十分すぎる一歩だった。

 そして鬼は語る。

 自らの力を示す力を口にし、目の前の敵を滅ぼすと宣言する。


「四天王奥義――三歩必殺」


 スペルカードの宣言と同時に踏み込んだ一歩で勇儀を囲む周りの空気が爆発し、さとりの放った弾幕とさとり自身を包む。


「……ッ!」


 吹き荒れる爆風でさとりの集中が切れ、宣言したスペルカードが掻き消されてしまった。

 いや、それだけじゃない。

 この場の空気を完全に勇儀に持って行かれてしまった。

 ――さとりは少しなめていたのかもしれない。

 いや、勇儀は鬼だ。

 スペルカードがいくらさとりの方が、枚数が多く優勢だからと言って、それで勝てるかもしれないと思った方が間違いだったのだ。

 勇儀は鬼だ。

 彼の者は彼女をこう呼ぶ――怪力乱神の絶対強者。

 強者と言う名前は名の通り、彼女は負けることがないからそう呼ばれるのだ。

 例えそれが神であろうと、悪魔であろうと、彼女は敗けもしなければ引けも取らない。

 だから、さとりは少しなめていたかもしれないと思ったのだ。

 たった一歩。

 それだけでさとりのスペルカードは一つ消し飛ばされてしまったのだ。

 そして目の前に立つ強者はその一歩歩いた時となにも変わらない姿で、吹き飛ばされてあられもない姿でひれ伏しているさとりを見下ろす。


「どうしたさとり……私はまだスペルカードの片鱗しか見せていないぞ? もうギブアップか?」

「……何をッ!」


 体中が軋み、先ほど吹き飛ばされた時に頭をぶつけたのかぶれる視界を必死に耐え立ち上がる。

 一撃……スペルカードルールで一つ一つの技が制限されてもこの威力……。

 目の前に立つ存在が怖い。

 今すぐに背を向け逃げ出したいという気持ちがさとりを襲うが、それでもさとりは二枚目のスペルカードを翳し、魔力を放出させて新たなる力を示す。


「……そ、想起! 夢想封印ッッ!」


 それはこの幻想郷の……楽園に愛された素敵な巫女。

 スペルカードルールの発祥者であると同時に異変解決のスペシャリスト、博麗霊夢の得意技だった。

 古明地さとりは人の心を読める。

 そしてそれを技に生かそうとすると、人々の心の中に残るスペルカードを真似ることも可能だった。

 故に今のさとりは勇儀の心の内にある霊夢のスペルカードを読み取り、その有効性を考慮しこのスペルカードを選んだ。

 神霊――夢想封印……。

 それは博麗霊夢の得意技の一つ。

 空を飛べる程度の彼女が放つその攻撃は全追尾機能付きの大きな光の弾だ。

 本来、それだけならば霊夢のその技が脅威とは言わないのであろう。しかし、それはただ弾幕を振りまくだけのスペルカードではない。

 集・散・侘。等々。

 弾幕の動きの種類、密度によってその名を変える万変のスペルカードは宣言された時だけではどの種類を選択し、行動に移されたのかが理解しづらい。

 それは今回の勇儀も同じだった。

 スペルカードを宣言され、弾幕を発せられた後もその足を動かさずに全てを避けきりながらさとりがどの種類を選んだのかを見極めようとしていた。

 しかし、次の瞬間勇儀の視界に映ったのは弾幕の種類や密度などと言うそんな固定的な理念を吹き飛ばす映像だったのだ。


(さとりが……いない?)


 立っているのがやっとであったはずのさとりが、先ほどまでたっていたはずのその場所にいないのだ。いや、そんなはずはない。

 こうして勇儀が戦況を落ち着いて分析している間も、襲ってくる弾幕が緩む気配がない。

 そしてそれは発せられる場所も先ほどから何の変りもないのだ。

 おかしい。こんな夢想封印は聞いたことがない。

 それ勇儀が導き出した答えだった。

 だが、その結論を導き出した瞬間、勇儀の首元に異様な感覚がよぎり、とっさに前かがみになる。


「うぉ!?」


 突然先ほどまで頭があったところに何かが通り過ぎたかのように風が吹き荒れる。そしてその先にいたのは……。


「さ、と……り?」


 そこにいたのは先ほどまで対峙し、弱り果てていたさとりだったのだ。

 そんな馬鹿な、さとりは何をしたというのだ。

 立ち上がるのがやっとで、一瞬で勇儀に気付かれることもなく背後を取るなど、今のさとりにできるはずもない……いや、一つだけあるか。

 さとりが放った夢想封印。あれの本当の名前は……!

《夢想封印――瞬――》

 人の目にもとまらぬ速さで移動し、大量の弾幕を降り注ぐスペルカードは夢想封印の究極型。弾幕と共に自らの体内エネルギーに魔力を注ぎ込み、その行動力に爆発力をつけるという勇儀ですら攻略に苦戦した博麗の奥義の一つ。

 だが、しかしそのスペルもやはり借り物でしかなかった。


「あ……つぅッ!?」


 たった一回。

 渾身の力を込めたさとりの足は、あろうことにも音を立てて軋み、立ち上がる事すらできない。

 借り物の力にはリスクが伴う。

 本来ならばこんな無茶な戦い方をさとりはしないであろう。

 しかし、今回だけは違う。

 今回は敗けられない戦いだ。

 自分が持っているスペルカードで敵わないなら人のスペルカードを使うしかない。

 ――だが、それはやはり劣化する。

 本人の使用するスペルカードと同様の力を発揮することができても、それを使い術者が偽物ならば、やはり常に使っている者たちには敵わない。それでも無理して使おうとすれば今みたいに術者に負担がのしかかってくるのは当然の事だった。

 だからさとりは気が付けば地面に倒れ伏していたのだ。

 元々人の心を読む事が出来る。それだけで成り立っていたさとりは妖怪としての力は極めて弱いとしか言いようがなかった。故にそれが例え人間の持つスペルカードだとしても、それが博麗の巫女となれば話は別だ。

 故に夢想封印――瞬――を発動させたさとりは元々ボロボロであったこともあり、体中が軋み悲鳴を上げ、立ち上がれなくなってしまったのだ。


「……おい、さとり。何をやっているんだ」


 そしてそんなさとりを目の前に勇儀はさげすみの念を込めて見下ろす。

 ああ、そうか……と、さとりは納得してしまった。

 その時、さとりには勇儀の心が見えたのだ。

 さとりの事が嫌いと、ここから追い出そうとしていた勇儀だったが、その心の実、さとりとの戦闘を楽しもうとしていたのだ。

 勇儀を最強とたらしめるのはその力の大きさだけじゃない。その圧倒的な存在感、そしてその信じられない程の戦闘狂だ。

 普段は悠々自適に飄々とし態度で生活し、その心の奥底では強き者見つけては決闘を吹っかけ、それに勝利する。それが彼女を絶対強者と恐れさせる要因だった。

 そしてそれは今もそうだったのだ。

 地霊の主……怨霊にすら恐れ怯ませる少女、古明地さとりを強者として勇儀は認めていた。理由はどうであれ、こうして戦闘を仕掛けてきたのだ。

 だが、結果はどうだ?

 さとりのみじめな姿を見て怒りを覚え、こうして蔑んだ目と心で見下ろしている。


「あは……あはははは……」


 だが、さとりの顔には笑みが浮かぶ。

 その瞳からは涙を零し、止めどもないやるせなさから笑みがこぼれてきたのだ。

 だが、そんな笑みも勇儀の勘に障り、怒りを覚えさせる。


「なぜ笑う」

「……あなたが、あまりにも優しいからですよ」

「私は嘘が嫌いなのだが?」

「ううん、嘘じゃない。いえ、それも嘘ですね。

 半分は嘘で半分は本当です。

 私を追放しようとするあなたは憎い。それは確かに私の心の中にあります。

 でも、私のペットを……大切な家族を思ってそこまでできるあなたがあまりにも優しくて羨ましい……。だから、だからあなたにならお燐たちを任せます。

 それに、お燐なら……こいしの事もしっかりと見てくれるでしょう」

「おい、さとり」

「この戦争で追放されるのが私だけなら、こいしはここに居られますよね?

 でしたら、あの子の事は嫌いにならないでください。私は、ここから……」

「いい加減しろよ、さとりぃいいッッ!!」


 さとりが告げる言葉は勇儀の怒鳴り声で掻き消され、気が付けばさとりは勇儀に襟元を掴まれ吊り上げられていた。

 動かない体を持ち上げられたさとりの目の前にあったのは、目を吊り上げ、まさに鬼の形相でさとりを睨みつけている勇儀の顔だった。


「さとり、あともう一枚スペルカードが残っているだろう。手に取れ」

「無理です……私はあなたには勝てません……」

「勝てなくてもやるんだ!」

「私は、もうスペルカードを使えるほどの体力が残っていません……私の負けです」

「……なぜそんなに簡単に負けを認められる。ここはお前の居場所ではなかったのか?」

「ここは確かに私の居場所でした。ですが、私は……大切な家族を――お燐を傷つけました。お燐は私の顔が見たくないから地霊殿には帰ってこないと言った。だけど、ここはあの子が帰って来るべき家なのです。なら、話は早いじゃないですか。

 私がこの戦争で負けて、追放されれば、あの子の帰る場所ができる。それで皆幸せじゃないですか!」

「何をふざけたことを言っているんだ。お前はッッ!」

「何もふざけていません。本気です」

「お前は心が読めるくせに心を何も理解してないんだな……、いや、お前は人の本当の心と言うものを見たことがないのか」

「な、何を……」

「お前は結局人に嫌われているという表面だけの心を読んで、何故自分が嫌われているかを読もうとしなかったんだな。

 きっとお前のその第三の眼には全てが映っていた。だけど、お前は新聞の表題だけを見るように、人の心の表面しか見ていなかったんだ。

 だからお前は何も知らない。何もわかっていない。

 そうやって自分が悲劇のヒロインだといい子ぶって、誰かに助けてもらおうと、同情してもらおうとしているだけの、ただの弱虫だ」

「こ……の、さっきから聞いてれば!?」

「違うのか? 違うなら読んでみろ!

 私が、お前が嫌いな本当の意味を!」


 そんなもの……。

 勇儀に挑発され、半分やけになりながらさとりは二つの瞳を閉じ、第三の眼に力を集中させて勇儀と言う妖怪の心を読む。そしてその結果さとりを待っていたのは涙だった。

 勇儀はさとりが嫌いだった。

 それはさすが鬼とでも言おうか、その言葉に嘘偽りはない。

 だが、それでもその心の内はさとりにとっては酷く皮肉な話だったのだ。

 すべては、さとりの恐怖が原因だったのだ。

 人とかかわるのが怖い。人に嫌われるのが怖いといい、関係を遮断する。その行為が勇儀は嫌いだったのだ。人の心を深く読み、誰かとかかわる努力すらしない。その証拠に勇儀はさとりが友好的であれば、たとえ心を読まれようと仲間として仲良くするつもりだったのだ。

 実際、勇儀とさとりが対面するときは何度かあった。

 しかしその度に逃げるような瞳で作り笑顔をするさとりに、だんだん嫌悪感を抱いていったのだ。


 チャンスはあった。

 それを成し遂げる力もあった。

 それをしなかったのはさとりだった。


 わかっている。それはただの結果論だ。

 だけどそうなるとわかっていたらさとりはきっと行動に移していただろう。

 だがそれをさとりは見つけられなかった。見つけようとしなかった。

 だから今こうして、さとりは悲劇の前に立っていた。

 一粒……また一粒とさとりの瞳から涙がこぼれ出てくる。

 それは次第に我慢できなくなり止めどなく溢れ返ってきてしまった。

 そして勇儀は涙を流し、後悔するさとりをゆっくりと地面に置き、静かな声で告げる。

「さとり……お前は敗者だ。だから掟通りここから出て行ってもらう。私がここにいる間は絶対に帰ってこさせないからな」

 勇儀が放つその一言を最後にさとりは軋む体を動かし、部屋を後にする。

 自らの居室を占拠した鬼の心の内をしっかりと見定めながら……。



長い文章をタラタラとごめんなさいでした^p^

次回最終話です

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