プロローグ
一年ほど前に書いた東方projectの二次創作小説をうpさせていただきます。
基本的には温かい話を書くつもりなのでよろしくお願いします。
――幻想郷には忌み嫌われた者たちが住まう魔境が存在する。
それは幻想郷と同じ理で動く、幻想郷とはまったく違う世界。
忌み嫌われた者たちが自らの安息を求めて人々から離れた結果、彼女らが辿りついたのは太陽から見放された大地……地底だった。そしてそんなはぐれ者たちが出会い、築き上げたのが嫌われた者たちの都……旧都と呼ばれる町だった。
そこに住む者たちは普通ではなかった。
当然人の姿はない。人に嫌われる癖の強い妖怪たちの……荒くれ者たちの楽園と。また、地上に住まう事の出来ぬ者の陰鬱な場所なのだと、人々の間に語り継がれていた。
その噂は間違ってはいない。
だが、彼らの住まう地底の全てが陰鬱な場所と言うわけではなかった。
「ふぅ……」
そんな地底にとって唯一地上の光が差し込む地底湖のほとりの小屋で、一人の少女が茶を飲み、目の前に広がる光景に目を奪われていた。
陰鬱な地底に差し込む光は、空から舞い降りる月光。
地上から深く離れたこの大地まで届くその光は、長い年月によって大地が風化し、普段は空を覆うはずの大岩が天頂から割れ目を見せ、少女の目線まで外の様子がうかがえるようになっていた。
そしてその割れ目から姿を見せるのは色とりどりに色づいた木の葉たち。
俗に紅葉と呼ばれる彼らは、少女の目の前をひらりひらりと舞い踊り、一枚、また一枚と地底湖の水面にその身を預ける。それによって少女の目の前に広がる湖は、普段は見せる事のない赤と黄に彩られたキャンバスが出来上がっていた。
そんな地底湖を照らすのは眩いばかりに輝く満月。
十五夜に一度しか姿を見せぬ綺麗な円を描く月の光がこの地底に降り注ぐのは稀だ。故に少女は、月と同じ黄金色の髪を靡かせ空を仰ぎ見る。
――この世界はとても綺麗だ……。
それがその少女が抱いた感想だった。
少女も地底に居ると言う事は、人々に追われ、苦しい思いをしてきたはずだった。
だが、それでも少女はこの光景を……この世界を美しいと表現する。
それは少女がこの人が住まう地から離れたこの場所でも、何一つ絶望を抱いていないことに他ならない。
そんな少女だったからこそ、旧都の住人は称賛を含めて少女をこう呼ぶ。
――旧都の人気者……と。
この暗い旧都の中で常に人の事を思い、きさくに声をかける少女――それが黒谷ヤマメと言う少女だった。
だがそんなヤマメではあったが、今日だけは一人だった。
普段ならば鬼の星熊勇義や釣瓶落しのキスメ達と一緒に宴会騒ぎを起こすものだが、今日だけはそんな気分になれなかったのだ。
――地底と言う世界から見上げる僅かな夜空は、まるで宝石箱を覗いているかのように美しいから……。
だからヤマメは一人でこの場所に座り、お茶を啜り落ち着く事を望んだ。
それはなんとも皮肉なことだった。
かつて地上に住んでいた頃のヤマメにとっては、満天の星空も、舞い落ちる色づいた木の葉も、季節の巡りにおける“美”を漠然とした事実でしか捉えていなかった。
だが、今のヤマメにはそれがすべて色鮮やかに瞳を通り、その鮮明な色を記憶の中に刻んでいる。人は失ってから大切さを知るとはよく言ったものだ。ひらりと舞い散る一枚の紅葉の葉でさえ、手を差し伸べてその身を優しく包み込んであげたいほどに愛おしく感じてしまう。
ヤマメはこの地底に来たことに悔いがないわけではない。だが、来たからこそ、大切な何かを見出すことができた。だから今のヤマメに地底の生活に不安を抱くことはなかった。
この地底湖に来ると、その気持ちを何百年と地底に住んでいても改めて感じることができる。だからヤマメは時折一人でここへ足を運ぶのだった。
ずず……と、もう一度お茶をすすり、瞳を閉じ、空を仰ぎ見る。
するとそこにはやはり綺麗に円を描くお月様がいて、数え切れぬほどの星々が優しい光をかざしてヤマメを見下ろす。
その光がとても愛おしくて手を伸ばして掴もうとするけど、やはりそれは届かない。
ヤマメはもう一度瞳を閉じ、そしてその視線を目の前の湖に落とす。
そこには先ほどまで一面に敷き詰められていた紅葉達がその身を引き、気が付けばそこにはもう一つの月が浮かんでいた。
「……ん?」
しかし湖に浮かぶ月は、空に浮かぶ月とは一つだけ違う点があった。
黄金に輝く湖面に一か所だけ黒い斑点が小さく映っているのだ。
「あれ……は?」
それを一瞬でわかるほどヤマメは目が良くはない。だが、その斑点が動いた瞬間、ヤマメは小屋の床を蹴り、体を宙に浮かせ飛び出していた。
そしてその黒い斑点の場所までたどり着くと、ヤマメはそれを両腕で抱き上げた。
「……猫?」
ヤマメが抱き上げた黒い斑点だったものは、夜の闇のように漆黒だが柔らかい毛並みをした一匹の猫だった。その両耳に新緑の色をしたリボンをし、その尾は二つに分かれている。
この地底に居る時点で普通の猫ではないことは確かだ。
だが今、ヤマメの腕の中で眠る猫はひどく衰弱し、こうして抱きしめているにも関わらずその体を震わそうともしない。
だからヤマメは気が付いたら旧都への道へとその身を転じていた。
その腕には一匹の黒猫を温めるように抱きかかえながら。