心境どうであれ、同じギャラ
翌日は、思った通り動けない朝だった。
あまり二日酔いはしない俺だが、さすがにヤケ酒は効く。 頭痛と吐き気があとからあとから込み上げ、ベッドから微動だに出来なかった。 そんなときに限って、光司から電話があった。
「どうした? 二年ぶりの連絡がそんなに苦痛だったか?」
俺のかすれた声を聞いた光司の、呆れたような声が耳に届いた。 説明するのも面倒くさかったが、
「二日酔い」
と一言だけ伝えた。 彼は笑って次のライブの日にちを言った。
「久しぶりにそっち行くんだからさ、絶対遊びに来いよ!」
「行けたら行くよ」
「素っ気ないなぁ。 ま、二日酔いの頭じゃ、何も考えられねーか。 じゃ、会えるの楽しみにしてるよ!」
こっちの状況なんて知らない光司は、俺の重症な状態を軽く受け流して、軽い笑いと共に電話を切った。
仲邑光司は俺の高校時代のバンド仲間で、たまに思い出したように連絡をしてくる。 ヤツは今でもバンド活動をしていて、インディーズの世界で頑張っている。 しかしもう二十代半ば。 そろそろ年貢の納めどきじゃないかと俺は思っている。 もう派手なメイクの時代じゃない。 それにしても、アイツも東京でチャンスを待ち続けて五年か。
そういえばその間、俺も相変わらずだな。
適当に定時までの仕事をして、酒を飲んで、好き勝手にギターを弾いて、女に声をかけりゃあ、あっけなくフラれる毎日。
「はあぁあ……」
ため息のような吐息をわざとらしく出して、俺はベッドの傍らに立て掛けてある、エレキギターのターコイズブルーのボディを指で弾いた。 たまに弾くくらいで、もはやオブジェになっている、可哀想なヤツだ。
『涼太くんの演奏、誉めてましたよ』
マスターの言葉が思い出される。 人づてになんて聞きたくなかったな。 ナツミの口から、面と向かって聞きたい。 どうやら俺は、ナツミのことがすごく気になる存在になっていたことに気付いた。
その夜は気乗りがしないままに、店に行った。
「今日は弾きたい気分じゃないんだけど」
「どうしました? そういえば顔色が悪いですね?」
わざとらしく俺の顔を覗き込むマスター。 理由は分かっているくせに。 今朝方まで付き合ってくれたろ? そして同時に、マスターの言いたいことは分かってしまう。
「あぁ、分かってる。 店に来る元気があるなら、とりあえず弾いてみろって言うんだろ?」
「分かってるじゃないですか」
嬉しそうに微笑むマスターに小さく手を挙げて、俺はけだるい身体を引きずるように席を立った。
「芸能人って、大変だな」
そんな恨み節を言っていても、結局俺は音楽が好きだ。
たった二十センチの段差があるだけのステージに立っただけで、なぜか気持ちが切り替わる。 アーティストなんて自分で言うのはおこがましいが、この一瞬だけでも優越感と満足感を自分の物にしてもいいじゃないか。 今この一瞬だけでも何もかも忘れて、指先から奏でられる自分の音に酔いしれたっていいだろう。
そう自分に言い聞かせながら、ただひたすらに演奏をした。 そして弾き終わり、拍手に包まれ、やっぱり感じずにはいられない満足感に浸りながらステージから顔を上げると、カウンターが目に入った。 その途端、俺は現実へと一気に引き戻された。 あまりに強引だったから、心が鞭打ちになるかと思うくらいだった。
カウンターには、いつもと同じようにナツミの姿があった。
「はあ……」
周りに聞こえないように、抑えきれないため息を誤魔化しながらカウンターに戻ると、ナツミの顔を見られないまま俯き、マスターからのグラスを待った。
「元気、なかったね」
珍しくナツミが声をかけてきた。 戸惑いながらも、ちらりと視線を投げると、ナツミはきょとんとした様子で首をかしげていた。 昨夜の事を俺に見られていることは、ナツミは知らない。 また胸がざわついた。
「別に……たまにはそういう時もあるだろ?」
自分でも驚くほどに冷たい言葉だった。 女性に対しては優しさ以外見せたことがないというのが俺の自慢だったのに。 なんだ、今のは?
「何か、あったの?」
いつもなら気持ち良さを感じるウィスパーな声が、胸に突き刺さる。
「別に」
そう答えるのが精一杯だった。 あえて視線を外しながらウィスキーを胃に流し込むと
「帰るわ」
と席を立った。 今すぐこの場から離れたかった。
逃げるように店を出ると、まだ人通りのある道を足早に歩き始めた。
『さて、気晴らしにそこら辺の女をナンパするか!』
気を紛らわせるように拳を振り上げて、気合いを入れた。
すると突然
「あのっ!」
と後ろから声が掛かった。 ナツミの声だった。 よりによってなんで彼女なんだ? 俺は重い気持ちでゆっくりと振り返った。 身軽な感じで駆け寄ってきたナツミに
「何?」
と素っ気ない態度をすると、ナツミは手を差し出した。
「これ。 マスターが『忘れ物をしたから、届けてあげて』って」
そう言いながら、ナツミは俺に手を広げた。 白い手のひらに何枚かの札が乗っていた。 今日のギャラだった。 グラスの下から取るのを忘れていたんだな。
「ありがとう……」
一応礼を言いながら、ナツミの手からそれを受け取った。 ふと触れたナツミの手が、冷たかった。 冷たいグラスを握っていたからか。 そして、右手の中指に細い指輪が光るのを見つけた。
「彼氏から?」
「えっ?」
ナツミは突然の問いに驚きながら、俺の視線をたどって自分の指輪に気付くと、
「ああ、これは、自分で買ったの」
と微笑んだ。 初めて俺に笑った。 なんだか胸が痛い。
「プレゼントしてもらえばいいじゃないか」
俺は皮肉っぽく言った。 するとナツミは、ふっと小さく吹き出した。
「彼氏は、いないわ」
「えっ? だって昨日…………」
言いかけた俺は慌てて言葉を飲み込んだが、ナツミは途端に顔を曇らせた。
「見たの?」
急に哀しげになったナツミは、俺の答えを待たずに一歩後退りしたあと、振り返ると店の中へと駆け戻っていった。
「なんだ、あいつ?」
俺は一つ首をかしげてみたが、謎は深まるばかりだった。
考えられることは、
【酔っ払った勢いで逆ナン】
【本当は不倫している】
色々と考えてみたが、どれも確証が持てるものではなかった。 なにしろ、ナツミのことを俺は何も知らない。
「くそっ! 余計にイライラしてきた!」
俺は髪の毛を掻き上げようとして、手の中でくしゃくしゃになった今日のギャラに気付くと、それを無造作にポケットに突っ込んだ。
酒飲んで寝よう。
きっとまた明日も二日酔いだな。
…………
もう、どうとでもなれだ!




