ナンパで始まる夜
「一人?」
不意に聞く俺の問いに
「えっ……?」
相手は絶句。
「お洒落なカクテルを飲んでるんだね、キミによく似合ってるよ。 ていうか、隣、いい?」
ちょっと変化球を投げてみる。
「え……? えぇと……」
戸惑いながら俺を見つめる、初対面の彼女。 しっかりとアイメイクされた小さな目にかぶさるようなつけまつげが、何度も大きく上下する。 俺はこの瞬間がとても楽しい。
これから何分で彼女を落とせるかな?
背中までのストレートの髪の毛は少し色を抜いていて、ふんわりしたチュニックの花柄によく似合う。 広めに開いた胸元からは微妙な角度で谷間が見え隠れ。 細めのスラッとした足をレギンスが覆い、足元には丸いボンボンの付いたショートブーツ。 薄暗い暖色の照明の下、俺はしっかりと見定める。
もろ、俺好み。
俺は彼女の返事を待たずにススッと彼女の隣の席に座ると、カウンターに肘を付いて、マスターに
「いつもの」
と、軽く人差し指を上げた。 彼は小さくお辞儀をして、後ろに三段ある真ん中の棚から静かにボトルを取った。 俺は再び彼女の方を見ると、ショートグラスに触れる指先に視線を落とした。 派手めにデコレーションされた爪先に、暖色の照明が反射して輝いている。
「ね、何を飲んでるの?」
少し乗り出すように彼女の顔を覗いて尋ねると、彼女は愛想笑いを返した。 俺はにっこりと笑い返した。
「俺、篠島涼太。 リョーちゃんって呼んでね」
「はぁ……」
「キミの名前は? 何て呼んだらいいかな?」
「えっと……」
困ったように視線を泳がせる彼女の表情を見ていると
「お待たせ、裕子」
と背後から男の声がした。 ゆっくりと振り返ると、細身で長身の、サングラスをしたグレースーツの男が立っていた。 俺は思わず席を立ち、
「あらあっ? 彼氏さんを待ってたのね? ささ、どうぞ! 席を暖めておきました!」
と席を譲りその場を去ろうとしたが、時はすでに遅かった。
「ちょっと待て」
がっつりと首根っこを捕まれた俺は、引きずられるように外へと連れ出された。
「えぇとですね、これにはいろいろとわけがありまして……」
俺の言い訳を無視しながら、男は無言で店の扉を閉じた。 扉のベルの音が聞こえるところだが、今の俺の耳にはまったく入ってこない。
「ま、分かってるんだろ? 自分がどうなるかってことくらい」
という言葉と共に、みぞおちに拳を打ち込まれた。
「グフッ!」
「ちょっと趣味でボクシングやってただけなんだけどな、こんな所で役に立つとはなぁ」
男は崩れ落ちる俺の耳元でそう言い
「所構わず口説くより先に、人の女かどうかを見極める力を付けたらどうだ?」
と捨て台詞を残して店の中へ戻っていったが、すぐに彼女を連れて店を出ていった。 二人そろって冷たい視線を落としていくのを、俺は黙ってやりすごした。
「ご忠告、どうも……」
闇に消えていくグレースーツの背中を見送りながら、俺はため息混じりにそう呟き、痛む腹を押さえつつゆっくりと立ち上がると、また店の中へと戻った。 誰も居ないカウンターに座る俺の前に、トンとグラスが置かれた。 さっき俺が頼んだウイスキーの水割りだ。
「彼女の分も払え、ですって」
とマスターがクスリと笑った。
「マジかよ……」
カウンターにあごを乗せ、不貞腐れる俺に、マスターは
「また失敗ですね」
と不憫そうに俺を見た。
「面白がってるだろ?」
「でも、いつも楽しそうにしてますよね」
「バカにしてるだろ?」
「楽しんでます」
「……ったく!」
俺は顔を背けて、グラスの中のウィスキーを口いっぱいに含んだ。 独特の刺激が染み渡る前に一気に飲み込むと、大きく息を吐きだした。 そんな俺の側頭部に、マスターの穏やかな声がぶつかってきた。
「涼太くん、お仕事の時間ですよ」
「さっき殴られてお腹が痛いので、お休みしまぁす」
「お仕事の時間ですよ」
「……はいはい」
優しい口調の中に、激しい意志の強さを醸し出すマスターには逆らえない。 俺はまだ奥の方でくぐもっている腹の痛みを我慢しながら、仕方なく席を立った。




