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決裂する七人

 チーマーの脅しに寛斎達は何の言葉も発せずにいた。

 単に自分が上である事を知らしめるために凶器を振り翳す。

 ナイフをちらつかせるギャングとは訳が違う。

 今、チーマーが手にしているのは先ほど多くの人間を殺害した物で、未だ刃先には赤い血がべったりと張り付いている。

 寛斎はチーマーの歪な笑顔に心当たりがあった。


 ――みつい食堂。寛斎の実家であり、家族が経営している小さな定食屋だ。

 まだ寛斎が小学生だった頃、マンションを建てる計画が持ち上がり、悪質な地上げの被害に遭ったことがある。

 ヤクザにすらなれないような中途半端なチンピラが、金で雇われて様々な嫌がらせを行ってきた。

 寛斎の両親が抵抗できないのを良いことに、店の備品を壊し、窓ガラスを破壊する。幼いながらに、そんな男達の目を寛斎はよく覚えていたのだ。

 威嚇するだけで怯えて何も出来なくなる相手をいたぶり、追い詰めることを楽しんでいる、そんな男達とチーマーは同じ目をしている。

 寛斎は先ほど感じた特別な役割を担いはしゃぐ事が危険だと感じた理由に気付く。

 それは増長だ。


 だが一人だけ堂々とチーマーに意見する者がいた。実際に凶器を間近に突きつけられていた与謝だった。


「少し落ち着いた方が良い。君は人を殺した事で興奮し、冷静な判断が出来なくなっているだけだ」


「あぁ?」


「人を殺したのは初めてなんだろう? だから気付かないだけで、君は精神的に錯乱状態に陥っている。周囲を暴力で支配しようとする突飛な発想も、抱えた恐怖を誤魔化そうとしているだけだ」


「錯乱なんかしていない! 俺は正気だ、さっきの盗賊を見ただろう? この世界では強い奴が全てを奪える、弱肉強食の世界なんだよ!」


「分かっている、否定しないさ。だからまずは落ち着け、剣を収めるんだ。俺も攻撃はしない……ほら」


 冷静に訴えかける与謝は、構えを解いて両手をゆっくりと下ろした。

 するとチーマーも剣を下ろし、一同に安堵の空気が広がる。

 凶器を構えた相手に警戒を解くという勇気ある行動を、素直に内心で賞賛する寛斎。

 だが与謝も相手を完全に信頼して行ったわけではない。

 <世界停止>の技能を使うためには、その名称を口にしなければいけない。

 チーマーが一言、「せ」と口にしようものなら、すぐにでも技能を発動して無力化するつもりだった。

 幸いにして与謝の武器は拳であり、ナックルを装着していない状況でも勝てるという勝算あっての行動だ。


(さすがは自衛隊だな、海外派遣中に興奮したゲリラと接触した際の教育とか受けているんだろうか? でも……)


 寛斎はゆっくりと、ミリを背後にかくまうように移動した。

 与謝の言っていることに一理あるし、チーマーも落ち着きさえすれば正常な状態に戻るという期待もあった。

 それでも寛斎は不安に感じた。自分が慎重すぎるだけなら良いと、今ほど感じた事はない。

 事実、寛斎も与謝も失念していることがあった。

 それは人を殺す事が良くない事だという常識(・・)を捨て去ってしまった人間を今まで見た事が無いという点だ。

 だからチーマーがすでに与謝を自分と同じ生き物だと見ていないことに気付かなかった。


「おいデブ……」


「ななな、なんだい?」


「こういう……えっと異世界召喚だっけか? これって俺たちが死ぬとどうなるんだ?」


「え? いや……色々なケースが想定されるけど、どど、どうなるんだろう?」


「なるほど、だったらそれも試してみないと……なっ!」


「しん……」


 チーマーが地を蹴り、前に進み出ると剣先を与謝へと向けた。

 相手の口の動きに集中していた与謝は戸惑う。それでも咄嗟に構えを取って技能を使おうとして……。


 次に自分の胸から生えた剣を驚愕の表情で見つめた。


「あっ、なっ……?」


 飛び出したチーマーは与謝の拳が振り上げると同時に姿を消し、次の瞬間には背後に回り込み手にした両手剣を深々と突き立てていた。


「俺の口の動きガン見してるの丸わかりだぜ……でもな、さっき盗賊で試したんだ。世界停止と口にしなくても、強く念じるだけで技能って使えるみたいなんだぜ」


「……うっ、ごぽぁっ」


 与謝の口から大量の鮮血が溢れ出す。


「しん……何だ? 俺も攻撃しないだって? その手は何だ、何を言おうとした?」


「や、やめ……待」


 与謝の命乞いを無視して、チーマーは両手剣を引き抜いた。


「きゃあああっ!!」


「寛斎さん!」


「癒やしの光!!」


 与謝の胸と背からおびただしい量の血が噴き出し、海江田の悲鳴とミリの叫びが響く中、寛斎は与謝に駆け寄りながら回復の魔法を使用する。

 膝から崩れ落ちる与謝を抱きとめる寛斎。

 魔法の淡い光を放つ両手を、少しでも出血を抑えようと傷口に当てる。

 出血は勢いを無くしたが、それでも与謝の命がこぼれ落ちるかのように出血は止まらない。


「ダメだ、血が止まらない……なぜだ? もしかしてLV1だからか!?」


「み……いさん、助……て、うっ、ごふぁっ!」


「おい! しっかりしろ! 与謝さん!」


 何かにすがるように与謝の腕が寛斎の背負うリュックを掴んだ。

 しかし寛斎から放たれる魔法の青白い輝きがゆっくりと消え失せると、ずるりと滑り落ちて大地を叩いた。


「あ……そんな、間に合わ……なかった?」


「や、やだ……嘘、こんなの嘘だよ……なんでなの?」


 側に立つミリが口に両手を当て、信じられないという顔で動かない与謝を見つめる。

 問答無用で襲ってきた盗賊とは違い、さっきまで普通に喋っていた人間が殺されるという事態はミリだけではなく、寛斎や海江田にも衝撃を与える。


「おいおいおい、どうせ誰かが実験しないと駄目な事なんだぜ。おいデブ、結局どうなんだ?」


「う……うん、死体がどこかに転送される様子も無いね。――この男、死んじゃったんだな」


「へぇ、そっか……俺達は無敵っていう訳じゃないみたいだな」


「ちゅ、中途半端なチート能力なんだな。まったくこんな不親切な異世界召喚、安心できないよ」


「まあそう言うな。このデカブツのお陰で、無茶な真似が出来ないって分かっただけでも収穫だぜ」


「そ、それもそうだね。あ、その剣の血は放置すると痛むから、拭っておく方が良いですよ」


「おう」


 小太りがチーマー相手に丁寧語を使い始めた。

 瞬時にして上下関係を感じ取り、服従する事を選んだのだ。


「んじゃまあ、人数も丁度良くなった事だし、女でもめる事もないだろう。って事で、俺はその巨乳な」


「はぁ? ――や、ちょっと近づかないでよ!」


 チーマーは海江田に目を付け、その胸を誰に憚る事無くじっくりと観察する。

 女子大生は与謝の死を目撃したせいか、再び気を失って倒れていたが、チーマーの目には最初から映っていない。

 絡みつく目線から逃れようと身をよじる海江田。その行為がチーマーの嗜虐心をより一層刺激した。


「殺されたくなかったら手をどけろ」


「ひっ」


「いい加減にしろ!」


「もうやめろ!」


 寛斎とミリ、二人の声がチーマーの足を止める。


「あぁ? 俺はガキには興味ねぇよ。仲よさそうだし、おっさんにやるよ。さっさと孕ませて帰れるかどうか確かめろ」


「ここまでクズな人間って初めて見た……許せない」


「許せなければ、どうするんだ?」


「たとえ脅されても、あなたなんかの言うことは聞かない、聞くもんか! それでもあなたと戦う」


 ミリはチーマーの目を正面から見据え、両手にシミターを構えるとはっきりと告げた。


「戦う? ――ぷはっ、ははははははっ! さっきまで震えていた奴がまともに戦えるのか? 死ぬのが怖くないのか?」


「黙れ最低野郎! 確かに怖いわよ、震えるわよ! でもね、力尽くでねじ伏せられて怯えながら生きようなんて思わない!」


「――ちっ、所詮はガキだな。おっさん、お前もそうなのか?」


「……ああ、ミリに同感だ」


 ふっと息を一つ吐き出すと、寛斎はミリを見て微笑んだ。

 ミリも寛斎を見て嬉しそうに目を細める。

 異世界に来てから、寛斎は後手に回りっぱなしだった事を悔やんでいた。

 まず考え、冷静になる事を優先したあまりに全てが手遅れになってしまった。

 盗賊の様子をうかがうあまり、小太りが攻撃の口火を切る事を見逃してしまった。

 チーマーの性格を観察するあまり、増長に釘を刺すタイミングを見失ってしまった。

 話し合いで解決できると根拠もなく思い込んだために与謝を失ってしまった。

 ずっと何か最善手はないかと考え過ぎたあまりに招いた失敗だった。


 だからこそ寛斎は、今度こそ考えるよりも先に動いた。

 もちろん、完全にたがが外れてしまったチーマーをやり過ごす手段なんて何も思いついていない。

 世界停止の技能は無敵の能力だ。知恵や工夫でどうにかなるような攻撃ではない。

 ミリや海江田の特殊技能を聞いておかなかったのは失策だが、また何か手は無いかと考えているうちに後悔したくはなかった。

 ――だから今だけは、年上だとか考えず最後にはっちゃける事にした。


「あと、おっさん言うな、殺すぞ糞ガキ!」

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