話し合う七人
「――癒やしの光」
気絶していた二人に寛斎は<癒やしの光>を使用してみた。
<共有受信>で検索し、やはり名称から想像したとおり回復魔法だと判明した上での行動だ。
一人はファンタジー漫画に出てきそうな、いかにも戦士といった風貌の女性。
ぴったりとした薄手のシャツの上から、所々を金属で補強した革の鎧を身につけていた。
怪我の具合を調べるために苦労して鎧を脱がせると、シャツの上からでもよく分かる割れた腹筋が出てきてミリと二人で食い入るように見つめてしまった。
日本ではビジュアルバンド以外に見ることの無い赤い髪をしていたが、その逞しい腹筋の前では些細なことに思える。
年齢は20歳くらいだろうと推測する寛斎、自分よりも年下の女の子が鋼のような筋肉を得るに至る背景を考えれば、今いる場所が異世界なんだと再認識してしまう。
もう一人の女性は貫頭衣らしき物に身を包み、盗賊と同じように頭には布を巻き付けている。
戦士に抱えられるようにして倒れていた事から、この女性が荷車の主なのだろうと推測された。
頭を打った以外に目立った外傷は無く、もし女戦士が商人の護衛をしていたのだとすれば、結果的には任務を果たしたことになるのだろう。
共に荷車が横転したときに怪我を負ったのか、全身は擦り傷だらけで、女戦士に至っては片腕があり得ない方向に曲がっていた。
だが寛斎が<癒やしの光>を使うと、まるで録画映像を逆再生しているかのように傷口はふさがり、今は起こされた荷車の上で三人仲良く寝息を立てている。
勿論、もう一人は盗賊との戦闘中に気を失ってしまった女子大生だ。
(こんなに気弱で、これから大丈夫かな……)
などと、つい余計な心配をしてしまうが、気絶したい気持ちは理解できた。
ミリに述べた他の人がいてくれて助かったという言葉は嘘偽りない事実だ。
三人の様子を確認し終えた寛斎は荷車から降りてミリを探す。
初めて人を殺したことにショックを受けていた彼女だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、今はOLと楽しそうに談笑していた。
OLは先ほどの戦いで何も出来なかったことをミリに詫びているようで、抱きしめられているミリはその巨乳に圧迫されて苦笑いを浮かべている。
(うう……少し羨ましい)
ふと気付くと、寛斎と同じ事を考えていたのか与謝も同じ方向を見つめており、二人は互いに目を合わせると気まずそうな表情を浮かべて視線を逸らした。
「――あ! 寛斎さん、怪我してた人はどうでした?」
OLの巨乳圧迫から逃れる術を探していたのか、ミリが寛斎に気付いて近づいてきた。
「ああ、だいぶ顔色が良くなってきたし、もうすぐ目を覚ますと思うよ」
「そっか、良かった。でも回復魔法ってすごいんだね、戦士みたいな人は明らかに骨折していたのに、魔法みたいに元に戻っちゃったんだもん」
「いや……魔法だから」
「あ、そっか……」
天然だったらしく、自分の言った事のおかしさに気付いたミリは羞恥に顔を染めて目線を逸らした。
少し無理をしているようにも感じたが、寛斎は気付かないふりをする事にした。
「うう、ミリちゃん冷たい……もっとお姉さんとスキンシップしようよー」
ミリを取り逃がしたOLも会話に加わる。
「海江田さん、子供扱いしないでください」
「えー」
あっさりと拒否されてアヒル口になるOL。
「えっと、海江田……さん?」
「そう、私は海江田奈々、24歳。株式会社ライムの企画部所属、恋人はいません、よろしくネ♪」
淀みの無い受け答えに、おそらく自己紹介するときの定番セリフなのだろうと察する寛斎。
しかし恋人がいないという宣言の後の「よろしく」に、男性は意外と弱いのだ。
(狙ってやっているのだとしたら、したたかな人かもしれないな)
事実、与謝は噛みまくりな自己紹介をしながら敬礼までしていた。
海江田はスタイルがよく、スーツ姿の上からでも胸の膨らみの攻撃力は圧倒的だ。
寛斎も思わずその胸に目を奪われそうになるが……。
「じー……」
ミリにジト目で睨まれているような気がして自重せざるを得なかった。
「コホン……自己紹介が終わったところで少し整理しよう、今は少しでも情報が欲しい」
ミリのジト目から逃れるように寛斎は話題を変えた。
チーマーと小太りは、倒した盗賊の持ち物を改めているようで、捕まえた馬に乗ろうと悪戦苦闘しているようなので放っておく。
「異世界というのは、どうやら本当でしょうね。外国に詳しいわけではありませんが、襲ってきた彼らが所持している武器は現代社会ではあり得ない感じです」
「与謝さん、俺はよく知らないんだけど中東とかでも剣とか槍は使わないの?」
「あり得ません。いくらゲリラの多い中東とは言え今は銃の時代です。あのような非効率的な武器を量産する意味が無いんですよ」
「まあ、魔法がある時点で中東じゃないのも確実だけどさ」
「あんたら、中東ディスりすぎじゃない?」
寛斎と与謝のやり取りに海江田が呆れたようにツッコミを入れる。
だがツッコミを入れた海江田自身も、あまり中東に関してはよく知らない。
時折、武装ゲリラに邦人が拉致されたとか、殺されたといった野蛮なニュースくらいしか接する点がないのだから仕方がない。
「でも……襲ってきた人達、問答無用みたいな感じだった。異世界ってそういう物なのかな?」
「彼らは犯罪行為を働いていたからね、話の流れも目撃者を消すという感じだったから、異世界の人たち全てが攻撃的というわけではないと思うよ」
不安そうに述べるミリに寛斎は落ち着かせようと少し楽観的な推測を伝えることにする。
「その辺りは、襲われていた二人が目を覚ますと教えて貰えるでしょう」
与謝も同意してミリと海江田は少しほっとしたのか、良かったと呟いて笑みを溢す。
(しかし盗賊が横行する世界だとしたら治安は悪いかもしれないな。用心は怠らない方が良いだろう)
女性陣を怖がらせないため、寛斎は密かに<共有受信>を開いて自身の技能である<警戒結界>を調べてみた。
その効果は半径200メートル以内に敵意を持つ物が現れた場合にアラームで異常を知らせるという物だった。
(うーん、この見晴らしの良い場所で半径200メートルは役に立たないかもしれないな)
試しに画面上部の検索窓を見つめ、寛斎は適当な単語を入れてみることにした。
(えっと……不意打ち防止の技能とか無いのかな……おっ?)
すると検索窓に「不意打ち」「防止」という単語が現れ、画面が切り替わった。
[反射攻撃] 非受信 2431/28965
(ますますネットの検索みたいだな)
[反射攻撃]をクリックすると詳細が表示される。
受信完了というウインドウも現れたが、そちらは意味が分からないので寛斎はスルーした。
むしろ、さっきからぽんぽんと表示されて鬱陶しいくらいだった。
(えっと、不意打ちを受けた場合、手持ちに反撃できる技能、魔法があれば自動的に使用する……か、これは便利そうだな)
「誰か<反射攻撃>っていう技能を持っている人いないかな?」
寛斎は周りの三人に尋ねる。
先ほどの襲撃は分かり易い形で行われたが、遠距離から弓矢や魔法で攻撃されれば、まだ異世界に慣れていない自分達では対処できないだろうと考え、取りあえず防御だけは固めておこうと提案した。
すると海江田が、何で知ってるのと驚きながら手を上げる。
「それ、良かったら強く念じて発動しておいてくれませんか? 不意打ちとかされた時に反撃してくれるらしいです」
「そうなの? うん、分かった、やってみる」
海江田の所持する武器は大型の弓だった。まさに遠距離攻撃による不意打ちを警戒する場合、相性の良いスキルと言えるだろう。
「あ、これは常時発動型みたいよ? もう発動していますっていうウインドウが出てきたわ」
「なるほど、パッシブスキルでしたか」
「パッシブスキル?」
聞き慣れない単語にミリが首をかしげたので、寛斎は技能を有しているだけで条件が合えば自然に発動する技能をゲーム等ではパッシブスキルというのだと解説してあげる。
「あ、あの海江田さんは、弓道か何かをやっておられたのですか?」
「短大の時にアーチェリーを少しだけね」
「俺は空手をやっていたので、武器は何かしら経験のある物が関係しているのかもしれないですね」
「あ、そういえば私はスポーツチャンバラやってた」
「――何も経験……無い」
(だからか? だから俺には武器がないのか?)
少し情報を交換して分かったのは、とことん寛斎が戦闘向きではないという事だった。
七人の装備を思い返す寛斎。ネットゲームなどの集団パーティーを元に分類すると、前衛がチーマーと与謝、中衛にミリと海江田が当てはまる。小太りと、何か本らしき物を手にしていた女子大生はおそらく後衛だと思われる。
そこから推察するに、寛斎に与えられた役割は戦闘補助だろうと見当を付ける。
仮にこれから先も七人で行動を共にするのならば、自然と役割分担が決まっている事になる。
(別に嫌という訳ではないけど……回復職って責任重大なんだよな)
「おい! これ、見てみろよ!」
チーマーと小太りの興奮した声が寛斎の思考を遮った。
「きゃっ!」
「っ……」
駆け寄ったチーマーは盗賊の死体を引きずっており、女性陣が眉を顰める。
「死体を弄ぶのは感心しないな」
「うっせーな、これを見てみろって」
与謝を不快そうに一瞥すると、チーマーは引きずってきた盗賊の上半身を起こして指し示す。
「あ……ネコ耳……?」
盗賊達の頭に巻かれていた布が外され、むき出しになった頭には獣の耳が付いていた。
「ひひひ、ちゃんと尻尾もあったんだ。くぅ……ネコ耳少女もいるはずだよ、エルフはいるのかな? 楽しみだなぁ」
小太りの言葉にミリと海江田が冷たい視線を向ける。
寛斎は小太りとは意外と美味い酒が飲めるかもしれないと思ってしまったが保身のために口にすることはなかった。
(時と場所はわきまえないと……な)
やがて女子大生も目を覚まし、寛斎達は商人と戦士の二人が意識を戻す前に、もう一度全員で話し合うことにした。
「それで、私たちは一体どうやったら元の世界に帰れるの?」
「うん、海江田さんの言うとおり、一番の目的は元の世界に変える……が、優先事項だと思う」
寛斎が全員の総意を述べる。
だが、変える方法はすでに「謎の声」によって提示されている。
「謎の声を信じるのならば、俺たち七人が愛を育み、結晶とやらを生むことらしい」
「それって私たちに赤ちゃんを産めっていうこと?」
「……」
海江田の発言に、女子大生が身を固くする。
「それは分からないよ。ひょっとしたらこの世界には愛の結晶という何らかのアイテムがある可能性はある」
だが、寛斎は自分で口にした考えに否定的だった。
この事態に巻き込まれる原因のウェブサイトは明らかに、一昔前に流行った恋愛バラエティーを模倣していた。
その番組でも、世界を旅した男女が日本に帰る条件は、恋愛が成就するか、失恋するかのどちらかの場合のみだった。
「だから、魔王を倒すんだよ。魔王を倒す旅の最中に、そういう風になるに違いないんだよ」
小太りが自分の考えを主張する。
おそらく、一番小太りの意見を理解しているのは寛斎だった。
そして数多くある異世界召喚物も、何らかの悪意あるボスを倒すという事は共通しているのだ。
「でも、だったらそれは最初に謎の声が伝えるはずなんだ。それに、この世界に魔王と呼ばれる存在がいるかどうかも不明だからね」
「うぐ……そんなの、いるに決まっているじゃないか! 魔王のいない異世界なんて、詐欺だよ! 僕なら訴えるね」
「どこに訴える気よ」
海江田が小太りの意見を冷たくあしらう。
どうにも海江田は小太りを生理的に受け付けないらしい。
「与謝さんは、どう思う?」
小太りと海江田の間に険悪な雰囲気が漂ったのを感じて寛斎は冷静な与謝に話を振った。
「今は自分たちのターンではないかと思う」
「ターン?」
「まず謎の声……俺たちをここに連れてきた存在が最初にアクションを仕掛けてきた。次はそれに対して自分たちがどのようなアクションを返すかで向こうの出方も変わるかもしれない」
「なるほど、帰還に関して手がかりや追加条件が出されるにしても、まずはこちらが何か動かないとダメと言うことか」
「だから、そのアクションっていうのが魔王退治なんだって」
再び口を挟む小太り、どうあっても魔王を退治したいらしい。
勇者という職業は、いわば世界の主役のような物だ。
そんな大役に抜擢された事が嬉しいのだろう、小太りがはしゃぎたくなる気持ちも寛斎には理解できる。
だが同時に、危険な考えのようにも思えてしまった。
しかしそう感じた理由が思い浮かばず、放置しておくと小太りと海江田の雰囲気がどんどん悪くなりそうなので、寛斎は無難な着地点を探った。
「あーもう、そんなフィクションの話をされても困るのよ!」
「いや、そうとは言えないよ海江田さん。俺たちは現に、そのフィクションの世界に来てしまったわけだからね。ひょっとしたら職業が勇者に設定されていることに意味があるかもしれない」
「そう……かなぁ」
「取りあえず近くの街に行って情報収集を行おう。愛の結晶、勇者、その二つのキーワードに沿って情報を集めれば帰還に関する何らかの手がかりが掴めるかもしれないしね」
「って事は、やっぱりあの二人の回復待ちか……言葉通じるのかな?」
「盗賊の言葉も分かったし、言葉に関しては問題ないと思うよ」
こうして七人の今後の取りあえずの予定が定まった。
だが、再び二人の様子を確認しようと寛斎が場を離れようとした時だった。
ただ一人、持ち合わせていたガムをくちゃくちゃ音を立てながら噛んでいたチーマーが、気怠そうに話し出す。
「ま、そういう細かい事はお前らに任せるとして……大事なことを決めておこうぜ」
「ん?」
何か話し合いに抜けでもあったかと足を止めたが、寛斎には思い当たることが無かった。
「愛の結晶って、ぶっちゃけ子供だろう? 他のアイテムがあるかもなんて希望的な憶測を言ってんじゃねえよ」
「――あくまで、可能性の話だよ」
「そんな面倒なことしなくても良いだろう、ここで誰かを試しに妊娠させてしまえば結果が分かるんだからよ」
「はぁ?」
「なっ!?」
海江田とミリが驚きの声を上げる。
女子大生も目を見開き、側にいる海江田の服をぎゅっと掴んだ。
「俺も鬼じゃないんだ、担当するのは一人でいいぜ。だから、誰がどの女を孕ませるか決めておこうって言ってんだよ」
「貴様、何を言ってるんだ!」
その態度に怒りを露わにした与謝がチーマーの胸ぐらを掴み上げる。
屈強な与謝に胸元をつかまれ、チーマーの足が地面から浮いた。
しかしチーマーは相変わらずガムをくちゃくちゃと噛んでいる。
「なに? お前ら帰りたくねーの? だったら試してみればいいだけだろう、ダメだったなら中絶すりゃあいい」
「あ、あんたねぇ……女性を孕ませるとか簡単に言わないでよね」
「こいつ……最低だ」
海江田もミリもチーマーの言葉に不快感を感じ、軽蔑の眼差しを向ける。
それでも、チーマーはニヤニヤとした相手を挑発する笑みを崩そうとはしない。
「あ? もしかして処女か? ははは、びびってんのか? そういやさっきも、お前達は戦わずに後ろから見ているだけだったもんな」
「その口を閉じろ!」
「あぁ? さっきから何だ? いい加減離せよ、デカブツ」
「それが年上に対する態度か!!」
「待てっ! 落ち着け二人とも、与謝さんも、まずは手を離して」
「――く、三井さんに礼を言うんだな」
寛斎が二人の間に割り込むと、チーマーを腹立たしげに睨みつつも、掴む手から力を抜いた。
「ちっ、服が台無しじゃねぇか……」
「貴様は……」
「いいから、まずは落ち着いて……」
再び掴みかからんと動き出す与謝を、必死に押しとどめる寛斎。
だが、チーマーは身を挺して庇う寛斎を苛立った様子で睨む。
「っつかさ、お前何なの?」
「え? ――俺?」
さっきまで気怠そうだった声が、不機嫌を現すかのように低くなった。
ドスを利かせたその声は、相手を威嚇する攻撃的な物だ。
「何をリーダー面して仕切ってんだ? さっきから苛つくんだよ」
「いや、あくまで年上として話をまとめているだけだよ」
「それがウザイって言ってんだ!」
チーマーが寛斎の胸を激しく突いた。
突然振るわれた暴力に寛斎は呻き声を上げる。
「さっきの戦闘を思い出せよ、敵を多く殺したのは俺だぞ? つまり、俺がこの中で最強って訳だ」
「自惚れるなよ、小僧!」
その言動に激昂し、与謝が拳を振り上げてチーマーに迫るが、その手前で足を止める。
チーマーが手にした両手剣を与謝に向けているからだった。
「どういう……つもりだ?」
「俺の能力は見ただろう? 要するに、殺そうと思えば俺はいつでもお前達を殺すことが出来るんだぜ」
まるで獰猛な獣のような目だと寛斎は感じた。
盗賊から浴びた返り血が、それをさらに凶暴な物へと演出する。
「君は……何が言いたいんだ?」
「おっと、孕ます女よりも先に決めておく事があったよな」
「……」
「俺がトップだ。お前らは手下にしてやる……殺されたくなかったら命令に従え」