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戦う七人

 荷車は二頭の馬に引かれていたが、御者を失ったことにより馬の足並みが乱れ、段差を乗り越えた拍子に横転してしまった。

 寛斎を含む七人から僅か100メートルほど離れた場所だった。

 荷車を覆っていた(ほろ)は破れ、積まれていた荷物が荒れ地に散らばった。


「馬鹿野郎! 貴重な食料を無駄にするな!」


「仕方ないだろう! 御者の奴が何の抵抗もなく死んだんだからよ」


 馬を止め、横転した荷車に近づく盗賊達。その数はおよそ20人。

 トレードマークか、もしくは仲間の印だろうか、その男達は頭に黄色の布を帽子代わりに巻き付けていた。

 顔に飛び散った返り血を汗のように拭う男達を見て、寛斎の思考は完全に停止してしまった。


「後二人いるはずだ! 少なくとも一人は戦士だ、気をつけろ!」


「大丈夫だ、横転した際に頭でも打ったのか気絶しているみたいだぜ」


 馬を下り、警戒しながら近づいた男が荷車の幌をめくると、二人の女性が折り重なるように倒れている。


「奴隷として売り飛ばせば、そこそこの額になりそうだな」


「――いや、顔を知られている以上は殺す。どうやら他の目撃者も始末しないとダメみたいだしな」


 数人の盗賊が離れた位置に立つ寛斎達に目を向ける。

 盗賊達の声は大きく、隠すつもりも無いのだろう、寛斎達には全て聞き取れた。

 すでに何騎かの盗賊が、馬を寛斎達の方向へとめぐらせていた。


「ね、ねえ……逃げた方が良いんじゃない?」


 OLの言葉に寛斎は全面的に賛成だったが、馬を相手に逃げ切ることは不可能だ。

 そもそも寛斎は盗賊の殺意のこもった目を見て、膝が笑うのを止められないでいた。

 そんな寛斎の横を、小太りが悠々とすり抜けて盗賊達の方へと歩き出した。


「な、何やってるのよ、あなた!」


「おい、相手を刺激するな」


 OLの驚いた声で小太りの動きに気付いた与謝が静止する。

 しかし小太りは気にも留めず、


「ファイヤーボール!」


 杖を振りかざし、魔法を盗賊へと放った。


「「なっ!?」」


 盗賊達と寛斎達、驚きの声が同時に上がる。

 だが一度小太りから撃ち出された炎の弾は、一直線に盗賊達へと襲いかかる。


「魔法だ!! 魔術師がいるぞ!!」


「馬鹿が! そんな離れた距離の魔法が当たるか……なっ、ぎゃぁあああっ!」


 魔法を避けるために馬を切り返す盗賊。

 だが、逸れるはずの魔法は急に進行方向を変えると盗賊に直撃し、その体を焼いた。


「あぁああっ、ああ、がびゃあ、あぁ、ぁぁ……」


 盗賊を火だるまにしても燃え続ける炎は盗賊を完全に焼き払い、黒焦げになった盗賊はしばし暴れ回った後に動かなくなる。


「こらデブ! 勝手な事するんじゃねえよ!」


 ようやく我に返ったチーマーが小太りの胸元を掴む。

 だが小太りは乱暴にその腕を振り払うと、甲高い声でまくし立てた。


「これはイベントに違いないんだ! きっと、あの商人らしき人達を助けたら街まで案内してもらえるはずさ」


「だ、だからって……こ、殺すなんて」


 信じられないという顔で小太りを凝視するOL。

 女子大生は腰が抜けて立っていられなくなったのか、地面にしゃがみOLの足に縋り付いていた。


「さっきのあいつらの会話を聞いただろう! いいかい、殺さなきゃ殺されるだけだよ。だったら、魔法が使える僕は相手から離れた位置で攻撃するのがベストなんだ!」


「相手の殺意は明確だ。避けられない以上、黙って殺される事も無いだろう」


「そうか……そうだな。ははは、何を震え(ぶるっ)てんだ俺は……いいぞデブ! がんがん殺れ! あいつらが近づいてきたら俺がぶっ殺してやる」


「僕はデブじゃない! ぽっちゃりなだけだ――ファイヤーボール!!」


 小太りの言葉に同意した与謝とチーマーが、それぞれに武器を構えて戦闘態勢に入った。


「魔法が来るぞ! 逃げっ……べぎゃぁあああっ!」


 また一人盗賊が<絶対命中>の効果が乗った<ファイヤーボール>に焼き払われる。


「魔術師は接近すれば怖くない! 次の攻撃が来るまでにさっさと距離を詰めるぞ」


「「「おう!!」」」


 仲間を犠牲にして稼いだ時間を有効に活用しようと、体勢を整えた盗賊達小太りへと駆ける。


「ファイヤーボール!! ファイヤーボール!」


「がぎゃぁああっ!」


「げべぇあっ!」


 だが僅か100メートルの距離を走る間にも、小太りの魔法はさらに二人を焼き払う。


「何故だ!? 魔法の連続攻撃なんて聞いたこと無いぞ!」


「見たことの無い服だ……もしかして賢者か?」


「怯むな! あっちのガキは素人だ、ろくな構えも出来てねえ、近づけば勝ちだ!」


 魔法に怯える盗賊達をリーダーと思しき男がチーマーを指さして叱咤する。

 犠牲を出しつつも小太りとチーマーの前に辿り着く盗賊達。

 その気迫に小太りは、ひぃと怯えた声を出すが、剣を構えたチーマーが一歩踏み出す。


「殺されるのは……てめぇらだ! 世界停止!」


 特殊技能の名称を叫ぶと同時、まるで瞬間移動でもしたかのようにチーマーは立ち位置を盗賊達の背後へと変えていた。


「あっ……」


「ぐぼっ……」


 チーマーの動きに盗賊達が気付いた時には腹部から大量の血液と臓物が飛び出し、馬から落ちる。

 その様子を見てチーマーは声を出して笑った。


「ははっ……ははははっ! すげー! すげーぞ俺!!」


「ファイヤーボール!」


「ぎゃぁあああっ」


 怯んだ盗賊に小太りが魔法を浴びせ、チーマーは次の獲物に狙いを定める。

 二人を囲んだ盗賊に抗う術は無く一方的に殺されるだけだった。


「ねえ、さっきの何? あのヤンキーっぽい奴、瞬間移動でもしたの?」


「世界停止って言ってたな……」


 気になった寛斎は特殊技能<共有受信>の検索で<世界停止>を調べる。


(あ、いけた……どうやら技能でも問題なく使えるみたいだな)


 現れた文字に手を当てると[非受信]は[待機中]へと文字を変え、内容が表示された。


「――自分以外の全ての時間を5秒だけ止める技能らしい」


「ええええっ!? なにそれ? 無敵じゃないの?」


 つくづく分かり易いその技能を羨ましく思ってしまう寛斎。

 なんとなく共有受信の使い方は理解できたが、今のところ便利な魔法&技能辞典としか使えないのでなおさらだった。


「畜生、女を人質に取れ!」


 チーマーと小太りには敵わないと悟った盗賊が、後に控えていた寛斎達に目を付けたが、一歩前に進み出た与謝がナックルを構えて盗牽制する。

 だが相手は馬上、空手の経験があるとはいえ与謝は明らかに間合いを掴み損ねていた。


(検索……真空拳)


 とっさに寛斎は<共有受信>で<真空拳>を検索すると、その効果を調べた。


「与謝さん、技の名前を叫びながら相手に拳を振るんだ! その技は離れていても使える」


「心得た――真空拳!!」


「ぐぱ……」


 空手の型を練習するかのように、虚空へと拳を突き出した与謝。

 ひゅんと空気を切り裂く音が響くと同時、その拳の先にいた盗賊の頭を吹き飛ばした。


「こ……これは!?」


 その威力に当の与謝が目を見開いて驚く。

 当然、仲間の頭が吹き飛んだ盗賊達の驚きはそれ以上だった。


「うっ……」


 背後でミリが口元を抑え、こみ上げる物を我慢している声を聞いて無理もないと寛斎は思った。

 頭を吹き飛ばされた盗賊は首から噴水のように血を吹き出し、脊髄だか背骨だか、日常生活ではおよそ見る機会の無い内臓的な物をぶらぶらさせながら地面でひくひくとしている。

 寛斎だって少しでも気を緩めれば胃の中の物をぶちまけそうだった。


(次は剛力……)


 頭を切り換え、少しでも与謝のサポートをしようと彼の特殊技能を調べた寛斎は結果を告げる。


「剛力は力を100倍以上にする技能らしい、きっと馬の体当たりだって止められるはずだ」


「分かった。三井さんは女の子達を頼む」


 与謝は寛斎達を取り囲もうと動く盗賊達と距離を詰めると真空拳を放ち、一人ずつ確実に殲滅していく。

 やがて20人もいた盗賊は半数にまで数を減らすに至って、ようやく這々の体で逃げ出そうと踵を返す。


「逃がすかよ! 世界停止!」


 しかしチーマーは盗賊達に追い打ちをかける。背を見せた盗賊が次々と紙のように容易く切り裂かれていく。


「ファイヤーボール!」


 運良く<世界停止>による攻撃から免れた盗賊は小太りの魔法によって次々と生きたまま焼かれていった。

 二人はまるで狩りを楽しむかのよう屠り続け、仲間が次々と殺されていく盗賊達の顔は絶望の色に染まり、もはや大勢は決したと言っても良かった。


「はぁ……危ない、寝る前にご飯食べてたらアウトだったよ」


 近づく盗賊が側にいないことを確認すると、ミリが死体の散らばる地面をなるべく見ないように弱音を吐いた。

 それでもミリは気丈な方だ。

 OLは地面にへたり込んで放心し、女子大生は気絶しているようだ。

 そんな寛斎とミリの真横、死体と思われていた盗賊が一人、むくりと起き上がった。与謝の攻撃を見て驚き、落馬して気を失っていたのだ。

 馬の扱いに慣れていない男は、まだ盗賊団に入りたての若者だった。

 周りに散らばる仲間だった死体を見て驚愕し、殺した相手を憎悪のこもった目で睨み、


「ひっ、ひっ……畜生! よくもみんなを、――うわああああっ!」


 剣を振り上げ、側に立つ寛斎とミリへ斬りかかる。


「危ない!」


 先に気付いたのは寛斎だった。

 襲いかかる盗賊の瞳に宿る明確な殺意に寛斎の足はすくむ。それでも咄嗟にミリを庇おうと抱きしめる事が出来たのは、最初から何かあれば女の子だけでも身を挺して守ろうと決めていたからだった。

 勇気を振り絞る必要も無い、反射に近い反応。

 即死で無ければ自分には回復の魔法があるという保険もあったが、それでも怖い物は怖い。

 覚悟を決めてミリを抱く手に力を込める。しかしその手はすり抜けた。


 寛斎の腕から身をかがめて抜け出したミリは、剣を握って叫ぶ。


「――スラッシュ!」


 ミリが盗賊の脇を加速して通過する。

 一拍遅れて長い髪がひるがえり、スカジャンに描かれた龍が垣間見える。

 少しの静寂の後。


「――っは」


 盗賊の腹が大きく割けて血飛沫が舞う。

 剣を放し溢れる内臓を留めようと腹に手をやり、そのままうずくまるように地に伏せた。


「はぁ……はぁ……はぁ……あ、あああ」


 ミリの手からシミターが抜け落ち、金属の乾いた音が響く。


「どうしよう……私、――ひ、人を殺して……」


「仕方がなかった、やらないと……俺が殺されていた。ありがとう……ごめんな」


 か弱い女の子の盾にすらねらなかった寛斎は、震えるミリの手を取って感謝を伝えた。

 ミリはしゃっくりが止められないかのように肩をふるわせていたが、それでも最後まで涙を溢すことは無かった。

 それが自分への気遣いだと分かった寛斎は、己の無力さに打ちひしがれた。

 盗賊は20人全員が息絶え、大量の血が荒れ地に染みこんでいた。

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