試す七人
(警戒結界と癒やしの光は、RPGっぽい何かみたいだけど……共有受信はさっぱりだな)
寛斎が目の前に現れた半透明な板に触れてみると確かな感触が伝わった。
(つるつるしてるな……窓ガラスを触っているみたいな感じだ)
「わっ、わっ、何これ? やだ気持ち悪い」
隣に立つ女子中学生にもステータスと呼ばれる物が現れたのか、戸惑いを見せる。だが寛斎には自分のステータスしか見えず、女子中学生が何も無い空中を見つめてあわあわしているようにしか見えない。
(自分のステータスしか見えないのか……)
ちらりと女子中学生の方を見やると、触れていたはずのステータスが質感を失って指がすり抜ける。
だがステータスは消えたわけでは無く、寛斎の前にピタリと静止しながら空中に浮いたままだ。
再び手を伸ばすと、何事も無かったように触れることが出来た。
(なるほど。触ろうと意識すれば触れるけど、意識が外れたらすり抜けるのか)
意識をステータス以外に向けながらチョップ。手は半透明な板をすり抜けて宙を空振った。
(こっちの詳細って書かれたボタンみたいのは何だろうな?)
ステータスをタッチパネルの要領で触ってみると、表示が切り替わって寛斎の個人情報がずらずらと現れた。
身長体重はもちろんのこと、身体検査でもここまで調べないだろうという様々な肉体データ。
果ては学歴から職歴、恋愛経験の有無まで見ていて恥ずかしくなる情報がてんこ盛りだった。
「やっ、ちょっ……な、何これ何これ……ひゃああ」
隣の女子中学生がいきなりパントマイムを始めた――ように寛斎には見えた。
「どうしたの?」
「ダ、ダメ! これ見ちゃダメ! ヤバイって!」
「大丈夫、その画面は本人しか見えないみたいだよ」
「へ? あ……そ、そうなの?」
「俺も出しているけど、見えないだろう?」
(というか、見えたら困る)
「本当だ……良かった。さすがにこれを見られたた恥ずかしすぎるもんね」
女子中学生は安心したように呟き胸をなで下ろす。
寛斎は頬を赤らめてうーとか、むうとか唸っている女子中学生を見て、中学生だろうとの見立てが正解だろうと再確認する。
低めの身長も相まって、下手すれば小学生かもしれないと思っていたのだ。
周囲もステータスを調べているのか、みんな何も見えない空中を見つめ、おっかなびっくりという手つきでステータスをいじり回している。
その光景はさながら、昼さがりのPC教室。
初めて触れるパソコンにお年寄りが四苦八苦しているのに似た状況だ。
チーマーは小太りに横柄な態度を取りつつも色々と尋ね、OLと女子大生は小声で何かを話ながら確認しているようだ。
「――特殊技能、剛力?」
自衛隊は一人、空中を見つめつつも腕を組み思案している。
が、一人で悩んでいても埒があかないと考え直したのか周囲を見渡し、顔を上げている寛斎の方へと近づいた。
「初めまして。自分は与謝、与謝公利です」
「俺は三井寛斎、初めまして」
自衛隊――与謝の一人称がさっきまで「俺」だった事を思い出し、年上である自分を敬おうとしている態度に好感を持った寛斎は丁寧に頭を下げて応える。
特に礼儀にこだわる性格では無いが、それでも初対面で馴れ馴れしい言葉をかけられるより、礼儀正しく接して貰った方が嬉しく感じる。
与謝は髪を短く刈り込み、鍛えられた肉体は年上の寛斎より風格がある。
身長も高く、自然と近づいてきた与謝を寛斎は見上げる格好となった。
(背、高いな……下手すれば190㎝あるんじゃないか?)
「自分はゲームをやらないのでサッパリなんですが、三井さんは分かりますか?」
「人並みって所ですね。分からない事もあるけど、それなりには理解できる方だと思います」
「良かった……えっと、剛力とか真空拳とか書かれているんですけど、意味分かりますか?」
「剛力は文字通り力が強くなる技能だと思うんですけど、真空拳はモンクとか武闘家の技っぽいですね」
「モンク?」
「ああ、僧兵のことです。少林寺拳法とかを想像してみたらいいですよ」
「なるほど……カンフー映画に出てくるあれですか」
「もしかして、空手とかやってます?」
顎に添えた与謝の手を見て、寛斎は目ざとく拳タコを見つける。
「はい。小学生の頃から親父に道場へ連れていってもらいました」
「だったら大丈夫。与謝さんもすぐに理解できると思いますよ」
寛斎の言葉に与謝は安心したのか笑顔を見せる。
現状は何も分からない事だらけで安心出来る状態ではないのだが、それでも寛斎は少しでも不安を和らげようと大丈夫という言葉をあえて使った。
「やっぱりこれは異世界召喚だよ! ははは、やった! すごい、僕は勇者になったんだ!」
小太りが興奮したように甲高い声を上げた。
その様子を見て、寛斎は落ち着こうとさらに心がけた。
いきなり現実離れした状況に追い込まれれば、人は容易く冷静な判断力を失うと寛斎は知っている。
だからこそ慎重になりすぎるくらいで丁度良いとさえ思っていた。
(しかし、異世界召喚……か)
小太りの言葉を聞いて、寛斎も様々な経過から現状を現実として受け入れ始めた。
寛斎にも多少のオタク知識がある。平日が休みの自営業を営んでいるとサラリーマンの友人と休みが合わず、どうしても一人で過ごす趣味が多くなってしまう。
もっぱらネカフェに行っては漫画やゲームを楽しみ、知人から借りたライトノベルを読みふけるなどして休みを潰すのだ。
その中にはファンタジー世界に飛び込む現代人という、今の寛斎達と似た境遇に追い込まれる漫画やラノベも珍しくなかった。
「アイテム、――アイテムボックス……よし、出た出た! そうこなくっちゃ!」
小太りは相変わらず興奮したように話し続ける。
今度は空中に手を突っ込む仕草を見せて引き抜く――と、何も持っていなかったはずの手に大きな杖を握りしめていた。
「な、なんだそりゃ! アイテムって言えばいいのか!?」
「ひひひ、アイテムボックスだよ。勇者には所持品を入れておく特別な異空間があるっていうのがセオリーなんだ」
「アイテムボックス! うおっ、なんか変な穴が出たぞ! ――こ、この中に入っているのか?」
「その穴に手を入れると頭の中に自然と浮かぶはずだよ」
「うお、すっげー! なんだこりゃ!」
小太りに言われるままにチーマーが腕を動かす。
すると小太りと同様、引き抜いた動作を見せたその手には大きな両刃の剣が握られていた。
その声を皮切りに、皆が次々と手に武器を取り出し、現実離れした光景に青ざめたり、チーマーや小太りのように手にした武器に見取れていたりする。
OLは装飾の施された大型弓、女子大生は魔道書、自衛隊――与謝は鈍器のような重々しい鉄球が付いたナックルを手にしている。
「ねえ、あなたは何? ほら、この辺に小さな黒い穴が無い?」
一向に何も手に取らない寛斎に気づいて女子中学生が声をかける。
その両手には小型の刃が曲線を描く特徴的な剣が二振り握りしめられている。
(シミター……かな? スカウトとかアサシンが持つ武器っぽいな)
現実離れした体験をしているせいか、やや頬を紅潮させた女子中学生がいつまでも何も手に取らない寛斎を覗き込む。
派手めなスカジャンを羽織ったその姿を見て、つい微笑ましくなるのを堪えつつ寛斎は応じる。
「いや、穴は見えているよ……でも、何も入っていないんだ。――空っぽみたいだな」
「え? そうなの?」
その通り、寛斎もアイテムボックスと呟き現れた黒い奇妙な穴に手を突っ込んでみたが、頭には何も思い浮かばなかった。
もぞもぞとその手を動かしてみても虚しく宙をさまようだけだ。
「そ、そういうのもあるんだ……」
「あるみたいだねぇ……」
OLと女子大生は互いの武器を見せあい、与謝は自分の獲物を確かめるかのように手にナックルを装着して拳にかかる重量を確認しているようだ。
チーマーと小太りにいたっては武器を振り回してはしゃいでいる。
そんな彼らを少し羨ましげに見つめつつも、無い物は仕方がないと寛斎は気持ちを切り替える。
「えっとさ、ほら……私の武器貸してあげるから元気出して」
「え? いや、大丈夫。落ち込んでいないよ」
「そう? ならいいけど、ほら靴とか貸してもらったし、遠慮無く言っていいからね」
「借りたいときは遠慮無く言うよ。ありがとう」
「――うん、えっと……三井さん? 私は桂木美里」
「そう三井、三井寛斎」
「関西?」
「いや、その発音はきっと違う。ヒロシって読むカンの字に、白雲斎とか雲龍斎とかに使われているサイで、カンサイだ」
「変わった名前だね」
「よく言われるよ。子供の頃は爺さんみたいな名前だってからかわれたしな」
「あー、分かる。――でもさ、威厳があるし、歳を取ったら逆に羨ましがられると思うよ」
「そっか、じゃあ歳を取るのを楽しみにしよう」
その返しが面白かったのか、女子中学生――桂木美里は屈託の無い笑顔を見せた。
最初は気が強い女の子かと思った寛斎だが、僅かな受け答えの中にしっかりとした物を感じ取り、よほど躾の行き届いた両親に育てられたんだろうなと考える。女子中学生と思っていたが女子高生という線もあるかもしれない。
「えっと、桂木さんは……高校生?」
「そう見える? 嬉しいな、でも中学生なんだ」
「そうなのか、随分としっかりしているようだからさ」
「うーん、実はまだ内心ドキドキして不安いっぱい。でもさ……あれを見ちゃうとね」
そう言って女子中学生(確定)――桂木美里はOLの側にいる女子大生を見た。
今はOLと話をして少し落ち着いているようだが、顔色は相変わらず悪い。
放っておけば今にも気絶してしまいかねない程だ。
「ああいうの見せられるとさ、私はしっかりしなきゃって思っちゃうんだ」
「そっか……俺と同じだな」
「え? そうなの?」
「うん。ぶっちゃけ、ここに一人しかいなかったら、みっともなく慌てふためいて泣き叫んでいた所だよ。桂木さん達がいて内心すごく安心してる」
「あははは、うん、そうだね……私もそうだよ。――えっと、三井さん年上でしょう? 私の事はミリって呼んでいいよ。」
「そう? じゃあミリ……って、え? ミサトじゃなくて?」
「同じ読み方をする有名なアニメキャラがいるみたいでね、随分とからかわれたんだ。だから下の名前を呼んでもらう時はミリって呼んでもらう事にしているの」
「名前で苦労している者同士だな。――あ、じゃあ俺も寛斎でいいよ」
「うん、よろしくね寛斎さん。それと靴はしっかりと洗って返すからね」
「気にしなくて良いよ。高い物じゃ無いしね」
むしろスカジャンの方を気に留めて欲しかったのだが、女の子にとってはスカジャンよりも靴の方が比重が大きいらしい。
いい大人が女子中学生にスカジャンを大事に着てくれとも言い出せず、寛斎は苦笑いを浮かべる。
「ファイヤーボール!」
小太りが唐突に大声を出し、全員の注目を集める――と同時に、彼の手の先からソフトボールほどの炎の弾が現れて一直線に飛び出した。
炎の弾は勢いよく唸りを上げながら直進し、やがて地面に当たると大きな破砕音をあげて砕け散った。
土煙が収まると、まるで隕石でも落ちたかのように荒れ地には直径50㎝ほどのクレーターが現れ、周囲には砕かれた大地が岩となって転がっている。
「やった……凄い威力だ! ははは、僕……魔法を使ったぞ」
「す……すげえ、どうやった!? 俺にもやり方を教えろ」
無駄に誇らしいドヤ顔を見せる小太りに、チーマーが駆け寄る。
「保有技能にファイアーボル/LV1ってあったから使ってみたんだ」
「保有技能か……俺のには、無いな」
「ふふふ、それに……きっとこれだけじゃないんだな」
小太りは先ほどの<ファイヤーボール>で砕け散った岩を積み上げると、少し離れた所でそれに背を向けた
「行け! ファイヤーボール!!」
そして積み上げた岩とは正反対の方向に魔法を放つ。
手から放たれた炎の弾は小太りの正面へと真っ直ぐに進むが、ふいに方向を変えてUターン。
向きを変えた炎の弾は小太りの真後ろにあった積んだ岩へと命中した。
「うおおおお! なんだそりゃ! ぱねぇな!」
「ひひひ、特殊技能に<絶対命中>っていうのがあったからね。どうやらこれは勇者に与えられた特別な技能だと思うんだ」
「特殊技能か……俺のは世界停止って書かれてるな。――でも、保有技能のスラッシュ/両手剣って何だ?」
「きっとそれは戦闘用の技能のはずだよ。剣を構えて、スラッシュって強く念じてみればいいよ」
「おう……って、剣なんて構えたこと無いぞ俺……こう、かな?」
日本にいる限り例え自衛隊に所属する与謝だって西洋の直剣を構える機会なんて無いのだが、チーマーは大振りな剣を構えると小太りの指示通りに<スラッシュ>と呟いた。
すると、さっきまでへっぴり腰だったチーマーが、まるでアニメのキャラクターかCG満載のファンタジー映画の登場人物もかくやという動きで、鋭い攻撃を繰り出した。
その光景に一同は驚き、気の弱そうな女子大生にいたっては気の毒な程に動揺していた。
「私の保有技能もスラッシュみたいなんだけど……あれ、出来るのかな?」
「出来ると思うよ。物は試しって言うし、やってみたら?」
「うーん……でも、女の子らしくないし……」
「そうかな? 似合うと思うけど」
寛斎は漫画などに慣れ親しんでいるためコスプレという文化にも理解を示している。
だからミリのような小柄な女性が剣を振り回したところで、悪い印象を持つことは無いという意味で言ったのだが、ミリは眉をハの字にして不服そうに寛斎を見上げる。
「そんなに私、女の子らしくない……かな?」
「あっ、いや、別にそういう意味じゃ無いんだ。ミリは活発そうに思えたから、きっと様になると思っただけだよ」
「それはそれでお転婆に思われてる感じがするんですけど」
「ああ、いや……ごめん」
さらにジト目になるミリに困惑する寛斎。
年頃の、しかも一回りも離れた女の子に接する機会など無い寛斎に気の利いた言葉など思い浮かばず、すぐに白旗を上げ謝罪の言葉を口にする。
ミリもちょっとした意地悪だったのか、さして気にした様子も無くすぐに笑顔に戻った。
「ま、よく言われるからいいんだけどね」
「いいんだ……」
「で、寛斎さんの技能はなに?」
「保有技能は癒やしの光……どうやら回復の魔法みたいだね」
「回復役か……うん、パーティーに一人は絶対必要だよね」
ゲーム知識も人並みにある寛斎は、国民的RPGと呼ばれるシリーズも遊んだ事がある。
そういった知識を総動員して、名前から魔法の効果を予測する。
だが、それらは良いとしても特殊技能に目を向けると、これがやはりさっぱり分からない。
「共有受信」
物は試しとばかりに集中しながら技能名を呟く。
すると寛斎の前にステータスと同様に半透明のパネルが現れ、よく分からない文字列が並んでいた。
「なになに? どうしたの?」
どうやらステータスと同様に、他の人には見えないようになっているらしく、動きを止めた寛斎に気付いたミリが心配そうに声をかける。
「いや、ちょっと特殊技能を使ってみたんだけど……なんかよく分からないんだ」
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[アースジャベリン/LV1] 未受信 1975/8314625
[アースジャベリン/LV2] 未受信 343/5138943
[アースジャベリン/LV3] 未受信 9/1943821
[アースジャベリン/LV4] 未受信 0/ 4893
[アースジャベリン/LV5] 未受信 0/ 93
[アースジャベリン/LV6] 未受信 0/ 23
[アースジャベリン/LV7] 未受信 0/ 3
[アースチャリオット] 未受信 432/ 13982
・
・
・
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おそらく左端に記載されているのは魔法の名前だろうと見当を付ける。
だが、未受信という表記と、さらにその横に続く数字に関してはさっぱり意味が分からない。
しかもご丁寧に下の方には次頁というボタンらしき物があり、押してみれば画面が切り替わ。
しかし延々と魔法らしき名称と妙な数字の羅列が延々と続くだけだった。
(なんだこりゃ……ひょっとして魔法辞典みたいな物か?)
しばらく次頁のボタンを連打していると、寛斎にも分かる割とメジャーだが物騒な名前の魔法が目に止まった。
魔法の名称部分に触れてみると、別の半透明の板――寛斎はウインドウと呼ぶことにした――が現れ、想像通りの魔法だったと確認出来た。
(うーん、ゲームの魔法だと色々とバランス調整が厄介で、たいてい使うことの無い魔法なんだけどな……あれ?)
ふと気がつけば、魔法の名称に触れたせいか、その項目の[未受信]という表記が[待機中]の文字に変化していた。
だが、それだけで何の変化も見られない。
数字を確認すると[0/3]と書かれており、妙に数が少ない。
しばらく観察するが何の変化も見られず、そろそろ黙ってこちらを見つめているミリを放置するのも悪いかなと思い始めた矢先、数字が[0/3]から[1/3]と変化して新たなウインドウが現れた。
[受信完了]
(え?)
同時に画面の[待機中]は[受信済]へと変化しており、数字もやがて元の[0/3]へと戻る。
「ねえ、どうかしたの? 何か百面相してるみたいだけど」
「えっと……ちょっと特殊技能のことを調べていたんだけどさ、――訳が分からない」
「そうなんだ? 武器も無いみたいだし、寛斎さんだけ何か特別なのかな?」
「どうなんだろう。少なくとも分かり易さは感じないね」
(まだ絶対命中とかの方がシンプルでありがたいんだけどな)
と、思った途端。
ウインドウの上部にあった空欄に<絶対命中>という文字が浮かんでページが跳んだ。
(検索機能か? ……いや、技の名前を知らなければ使えないと思うんだけど)
[絶対命中] 未受信 0/1
試しにそれもクリックしてみる。
だが、先ほどと同様に何の反応も示さない。
(何か条件があるのか? 数字も少ないし)
「今度は連続していくよ! ファイヤーボール!」
チーマーと二人、互いに技を出して遊んでいた小太りが再び魔法を使った。
すると[0/1]の数字が[1/1]に変化して、再び[受信完了]と記されたウインドウが現れる。
(何となくだけど……分かってきたかもしれない)
次に寛斎は<ファイヤーボール>と念じてみる。
すると再び画面が切り替わり、<ファイヤーボール>という名称を見つける。
それを今度は躊躇うこと無くタッチ。今度は何のタイムラグも無く、すぐに[受信完了]というウインドウが現れる。
右端の数字を確認すると[1374/9409339]と表示され、左側の1374の数字は目まぐるしく変化している。
「やっぱりそうか……」
「え? なに? どうしたの?」
突然声を出した寛斎を、武器を素振りしながら確かめていたミリがきょとんと見つめる。
驚かせた事を詫びようと再び謝罪の言葉を述べたが、その声はミリには届かなかった。
寛斎達の立つ粗末な道。見渡す限り何も見えないその道の先から、ドドドという地響きと砂埃を上げながら数騎の馬と荷車が疾走して来たからだ。
「な、何あれ?」
「分からない……でも、とりあえず逃げる準備をした方が良いかも」
「逃げるって、どこに?」
「……」
向かってくる一団は真っ直ぐに寛斎達を目指して疾走する。
道は一つしか無く、寛斎達がその行く先に立っているだけなのだが、ミリの言う通り周囲は荒れ地しか無く、身を隠してやり過ごす事は難しい。
音を立てる一団は、やがて寛斎達の肉眼でもハッキリと確認できる位置にまで近づいてきた。
ファンタジー映画に出てくるいかにも盗賊という風体の男達が馬に跨がり、それぞれ武器を片手に荷車を襲っているようだった。
「きゃあっ!!」
OLがか悲鳴をあげる。
荷車を操る御者らしき男が、盗賊に切りつけられ、血飛沫を上げながら転がり落ちた。
「嘘……あれ、こ、殺されちゃったの」
「……」
ミリが寛斎の服の裾をきゅっと掴んだ。
伸びたTシャツから細かく震えているのを寛斎は感じ取る。
ミリだけではなく、そこに立つ七人は誰もが言葉を失って呆然としている。
突然日本からやって来た彼らにとって、人が殺されるというのはネットの残酷動画でしか見たことの無い光景だった。
例え、世界のどこかでは戦争が行われ、山賊が横行する国があり、似たような光景が世界にはあると言うことは知っていても、それでも衝撃的な光景を目の当たりにして血の気が引いた。
だが、そんな中でも小太りだけは嬉々として手にした杖を振り上げる。
「イベント発生だよ! セオリー通りだ!」