集められた七人
「なっ!? ……はっ、ふひゃぁっ!」
三井寛斎は自分の身に突如として起こった異変に情けない声を上げて驚いた。
唐突に視界が黒く塗りつぶされ前後不覚に陥ったのだ。
(な……だんだよこれ? 停電か何かか?)
だが顔を上げても星空は見えず、ただどこまでも暗い闇が広がっているだけだった。
いくら都会は星が少ないとはいえ、一等星が見えないほど環境汚染が進んでいる訳では無い。
(誰かに目を塞がれた?)
だが、残念ながら寛斎に突然背後からこっそりと忍び寄って「だーれだ♪」などと声をかけてくれる相手はいない。
ましてや拉致されるような上等な身分でもなければ、誘拐されたとしても身代金が出せる家庭環境でもなかった。
「きゃあっ!」
「っだよ! 誰だ、こらぁ!!」
「やっ、ちょっと、何よ!?」
「ぼひぃ! ひぃぃ、あわわわ……」
周囲から自分以外の焦っているような悲鳴が聞こえたことで、寛斎は少しだけ心に余裕を取り戻す。
(ふぅ、良かった。いきなり失明したわけじゃないみたいだな)
目元に手を当てて安堵の息をつく。
しかし同時に手触りで自分の目がしっかりと開かれていることを確認して困惑の色を深める。
(目隠しをされている訳でもない、停電も違う……だったら何だ?)
次から次へと原因を考えては打ち消し、世界滅亡でも始まったのかと思考がオカルトの領域に踏み込みかけたその時、寛斎はまるで耳元で囁かれているような声を聞いた。
『この度は我々の企画にご応募いただき誠にありがとうございます』
(なんだこれ? 頭の中に直接響くような声だ……って、企画……?)
「だ、誰だてめぇ!!」
「やだやだ! なんなのよ、もう!」
周囲からも様々な反応の声が上がり、寛斎はその声が周囲の人間にも聞こえている事を理解する。
『異世界へと召喚された男女七人は、この地で愛を育む事が出来るのでしょうか。帰還するための条件は参加者の間に愛の結晶が生まれる事のみ――』
「ちょっと待て! 順を追って説明しろ!」
「ひっ……ひぃ……」
周囲の者達が声を荒げても声は淡々と続き、
『さあ、それでは実験開始です』
と……一方的に告げると、暗闇に包まれていた寛斎の視界に光が戻ってきた。
戻った視力が光を捕らえ、周囲の景色を像として捉える。
そこに映っていたのは、辺り一面の荒野だった。
まさに荒野としか表現しようのない荒野。
草一本生えていない小石や段差だらけの荒れ果てた大地に、形だけの粗末な道が一本あるだけの場所に寛斎は立っていた。
その道がどれほど粗末かと言えば、小学校のグラウンドが芸術的に感じてしまうほどで有り、携帯の電波が全国を網羅する今の日本では、逆にこれ以下の物を見つけるのが困難だと思えるような代物だ。
次に寛斎の目に映ったのは、先ほどから聞こえていた悲鳴の主であろう複数の男女。
声から予想していたがみんな若い。下は中学生くらいの少女から、上は自衛隊員と思しき制服姿の男性まで――それでも20台前半だろうか、一様に不安そうな表情から若さが感じ取れる。
(あー……俺が一番年上かな)
本来そんな事を考えている余裕など無かったのだが、頼りになりそうな人はいないかと探した寛斎が導き出した悲しい事実だ。
とはいえ、寛斎も27歳、年甲斐も無くネットで「異世界で最愛のパートナーを見つけませんか?」という企画募集に乗ってしまう程度には若いという自負はあった。
「んで、誰か事情を説明できる人はいんの?」
「わ、私は知らないわよ! っていうか、さっきまで残業で会社にいたはずなのに、なんでこんな所にいるの!? それにさっきまで夜だったのに、どうして昼になってるのよ!?」
頭を金色に染めた少年が不機嫌そうに尋ねると、OLっぽいスーツを着た女性が憮然と答える。
少年はジーンズを腰まで下ろし、耳や鼻にはピアス。寛斎は少年を一昔前に流行ったチーマーと脳内で勝手に名付ける。
一方のOLは、まだ初々しい入社したてという見た目で、残業していたという言葉から少し疲れているようたが、ファッション誌に出てきそうな、ゆるふわな髪を薄く茶色に染め、爪先には仕事の邪魔にならない程度の控えめなネイルアートが施されていた。
「俺は当直勤務で基地にいたはずだが、突然目の前が真っ暗になって、気がつけばここにいた」
制服を着た自衛隊がチーマーから視線を向けられ、訳が分からないとばかりに両手を挙げて答える。
寛斎は自衛隊に詳しくないので、その外見――迷彩服らしき物と、服の上からでも鍛えている分かる体型から彼が本物の自衛隊の人間だろうと推察した。
当直中と述べた通り、手には武器などを持っている様子は無い。
いくら自衛隊の隊員といえども四六時中武装しているわけでは無いことぐらい寛斎でも知っている。
「んで、おっさんは?」
(おっさん!?)
チーマーの言葉に軽くショックを受けつつも、背負ったリュックを揺らしながら仕事からの帰りに巻き込まれた経緯を説明すると、使えねえなとばかりに溜息を吐かれる。
こめかみの血管がひくつくのを抑えきれない寛斎。
だがすでにチーマーの視線は寛斎の横に立つ女子中学生に向いていた。
「私は寝てた……」
「ふん。そんなの見りゃ分かる」
お前には聞いていないとばかりに鼻を鳴らすチーマーに、女子中学生は眉間に皺を寄せて露骨に不機嫌そうな顔をする。
だがチーマーの言う通り女子中学生が寝ていた事は一目瞭然だった。
何せ一人だけ寝間着姿で足はむき出しの裸足、荒れ地に立つのが痛いのかしきりに足を交互に浮かせている。
(小石も多いし、裸足は痛そうだな)
なぜ寛斎が隣の少女を女子中学生と判断したかと言えば、単純にその体の成長具合からだった。
目算で身長は140㎝台、173㎝ある寛斎の胸元までしか無く髪の毛は美しい黒色で飾り気が無い。
いかにも柄の悪そうなチーマーを相手に、不機嫌を隠そうともしない辺り、かなり気が強いのかもしれない。
(将来は、かなり美人になりそうだな……)
残りの二人は会話に加わろうとしなかった。
一人は気の弱そうな女子大生らしき女の子。
OLの背後に隠れるようにに立ち、自分は何も知らないとばかりに首を振っている。
長めの黒髪を三つ編みにして前にたらし、メガネをかけた容姿は本好きな文学少女という印象だった。
地味っぽい見た目から受ける印象通り、引っ込み思案なのかもしれない。
そして最後の一人、おそらくこっちも大学生くらいと思しき男性は、寛斎達の話を聞こうともせず、ただブツブツと何事かを呟いている。
やや小太りで髪はバサバサで手入れされている様子は無く、かけたメガネは皮脂油がべったりと付いている。
寛斎は勝手に小太りと名付ける事にした。
「ちっ! じゃあ誰も何も知らないのかよ……ったく、むかつくな!」
答えが得られなかったことに気分を害したのか、苛立ったようにチーマーは頭をかいた。
「一つ聞きたいんだが、みんなはその……もしかしてウェブサイトから新世界恋愛企画に応募したか?」
チーマーに会話の主導権を与えたままだと何も解決しないと考えた寛斎は年上の責務として事態の解決を図ろうと話を切り出す。
「あ、やっぱりそれ……かな? 会社のPCから応募したんだけど」
「応募した。当然、基地からではなく自宅のPCからだが」
「私は携帯で見かけて、つい軽い気持ちで……」
「ネカフェに行った時、それっぽいのに応募したんだっけかな」
「…………」
相変わらず喋ろうとはしない女子大生の方を見れば、軽く頷いて同意を示した。
「そっか……じゃあ原因はそれしか無いか。TV番組の企画だと思っていたんだけどな」
誰もがTV局のしかけた壮大なドッキリかもしれないとは言い出さなかった。
それほどまでに、体験した出来事がどれも常軌を逸しすぎている。
例えTV局が日本を代表する大きな会社だとしても、年若い男女をいきなり職場や自宅の布団の中から連れ去ることは不可能だろう。
仮にそれを行い、妙な薬を使って見知らぬ場所に連れてきたんだとしたら、それこそ拉致だ。
ここがどこかのセットの中で、周りの風景がCGだと言われた方が真実味がある。
しかし肌にはしっかりと流れる風を感じ、ここがリアルな現実だと五感に訴える。
空を見上げれば、日本では見たことが無いような濃くて青い空。
そこには昼間だというのに、二つの月がうっすらと輝き浮かんでいる。
「やれやれ、何も分からないことが分かったって感じか……っと、その前に……君」
「な、なに?」
寛斎は横の女子中学生に向き直るとリュックを下ろして中身を漁る。
女子中学生が警戒するように一歩引いた事に傷付きつつも、寛斎はスニーカーを取り出すと手渡した。
「靴――持ち歩いてるの?」
「おいおいおい! 準備よすぎだろうが! 何か知ってるんじゃねぇのか!」
「友達と遊ぶ時に自宅へ戻って着替えるのが面倒だから持ち歩いているだけだ。あと男物だけど、良かったらこれも使ってくれ」
気色ばむチーマーを無視して、少し派手なスカジャンを女子中学生に差し出す。
少し遠慮する様子を見せたが、背に腹は代えられないのか素直に受け取って頭を下げた。
そのスカジャン、実は値が張る寛斎のお気に入りだったが、年頃の女の子を寝間着姿で放置してまで大事にするほどの物では無い。
そもそも彼女の寝間着は薄めで、寝る時にブラはつけない主義なのか、さっきから胸元を気にしてもじもじしている姿が裸足姿も相まって気の毒に感じていたのだ。
(もう少し成長していたら貸さずに眼福を拝むという選択肢もあったけど……って、何を考えているんだ俺は! そんな相手の困っている所につけ込むのは良くないよな。うん、エッチな事はいけません)
だが、もしOLが同じ状況だったら寛斎はきっと躊躇した事だろう。
OLの胸は服の上からでも分かるほどに立派なサイズを誇っており、さっきからガン見を自重するのにかなりの精神力を要している。
年上の責務とか考えたりしていても、寛斎だって人並みに性欲のある男性なのである。
スカジャンを羽織り、足に付いた砂や小石を払いながら大きめの靴を紐できつめに縛ることで調整する女子中学生を眺めながら、寛斎はこの事態の原因となったウェブサイトについて記憶を辿っていた。
事の発端となったウェブサイト。
それは幻想的な風景が貼られた写真で飾られ、そこには大きく参加者募集と書かれていた。
まだ寛斎が思春期まっただ中だった頃、男女数名に世界を旅させて、その旅程の中で触れ合った男女が恋愛感情を育み、視聴者はその経過を楽しむという番組があった。
いささか覗き見的な趣味の悪さを感じさせる番組内容であったが、それでも若い男女が恋に落ちる様を観察する番組は多くの若者の恋愛観に多大な影響を与えた。
おそらくその番組の二番煎じ、もしくは続編かもしれないと寛斎はろくに調べもせずに応募した。
恋愛したいという気持ちも大きかったが、何より寛斎にとって生活費の心配をしなくても良いと言う点が大きな魅力だった。
――みつい食堂。
そこが三井寛斎の職場で有り、店名の示す通り寛斎の家族が経営する小さな食堂だ。
高校在学中に調理師の資格を取り、卒業と同時に厨房に入った寛斎だったが、近場にファミレスが出来てから客足は遠のいた。
健在な父親一人だけで店が十分に回せる状態、ぶっちゃけ赤字経営に陥ったのだ。
かといって不景気な昨今、すんなりと次の職場が決まる訳も無く、ウェブで就職活動をしている最中に新世界恋愛企画なるそのサイトへと辿り着く。
時間を持て余している寛斎にとって、その企画はとても魅力的に映った。
そして同意書らしき文面をすっ飛ばして、深く考えずに申し込んで今へと至る。
「やった! 出た! 出たぞ!」
寛斎の思考を邪魔するかのように大声が響いた。
見れば、会話に加わらずブツブツと呟いていた小太りがはしゃいでいた。
「うっせーぞデブ!」
「みみ……みんな、ステータスって呟いてみるんだ!」
「ステータス?」
「いいから、少し集中してステータスって念じながら呟くんだ」
首を捻る一同に小太りは必死に話しかける。口の端からは少し泡が出ていてOLは少し引いていた。
「ステータス、ステータス……うわっ」
呟くと同時、寛斎の目の前に四角い半透明の板が音もなく現れ、その板にはこう記されていた。
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名前:三井寛斎
性別:男
特殊技能:<共有受信>
保有技能:<警戒結界/LV1>
<癒やしの光/LV1>
職業:勇者/LV1
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(特殊技能? 共有受信? 警戒結界? なんだこりゃ……)
まだまだ不思議な事は続きそうだった。