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三章 その二

 高く昇った月が、建物や運河を静かに照らしている。

 ホテルで少しだけ休憩を取ったルミエラは、辺りが静まり返った頃、そっとエントランスから抜け出した。

 シオンとの会話が、ふと脳裏に蘇る。噂を絶つための方法――それを考えてほしいと彼は言っていた。

 ルミエラは昨日と同じ路地裏に向かう。あそこには賊達がいた。彼等が『秘宝』に何を夢見ているのか、それを知る必要があった。

 裏路地に顔を覗かせると、肌がひりつくような空気に包まれた。

 ルミエラは物陰でそっと立ち止まる。視線の先には、対立している二つの集団があった。

 片方は見覚えのある賊達。もう片方はスーツを着た集団。一人に見覚えがあった。『観光都市開発』の社員達だ。

 彼等は、互いに拳銃を持って睨み合っていた。

 どちらかが引き金を引けばすぐに戦場になるだろうことは容易に想像がつく。彼等の様子を静かに窺っていたルミエラは、「よう嬢ちゃん、また会ったな」と後ろから声を掛けられて、小さく眉をひそめた。

 ゆっくり振り返ると、先日ルミエラに絡んでた賊のうちの一人がルミエラの逃げ道を塞ぐように立っていた。

「こんなところで見学か? 感心しないねぇ。丁度いい、お前には人質になってもらう」

 そう言うなり、賊は有無も言わさずルミエラの腕を掴み、輪の中へ引きずり込んだ。

「『観光都市開発』さんよぉ、『水路の埋め立て』について知ってることを全部吐いてもらおうか」

 ルミエラは賊達の一番前に立たされていた。目の前には『観光都市開発』の社員達がいて、後ろには賊達がいる。賊達の手には拳銃があり、いつでも引き金を引ける距離だった。

「一般の方を巻き込むとは……。それで我々が応じるとでも?」

 社員の一人が毅然とそう言ったが、賊達は「応じなきゃ困るのはあんた等だぜ?」と薄ら笑みを浮かべながらルミエラに視線を向ける。

「嬢ちゃんだって、痛い思いはしたくないだろ?」

 ルミエラの腕を掴んでいた賊が言って、彼女の顔を覗き込む。

 泣き出すか、震えている。

 そう思っていた。

 だがルミエラは、ただ静かに視線を床に落としているだけだった。

「……あ?」

 賊が思わずそう声を漏らした瞬間、ルミエラを掴んでいた腕が捻りあげられた。

 すぐさま腕を背に回され、そのまま身動きが取れなくなる。

 咄嗟に抵抗しようともがく賊だが、後ろからかっちりと押さえ込まれ、少しも体が動かせなかった。

 賊達の銃口が一斉にルミエラへと向けられる。

「なんだお前……何者だ……!?」

 ルミエラは手を離すと、銃口の一つを躊躇いなく掴んだ。

「……本当に撃っていいの?」

 凪いた水面のような静かさで、拳銃を持っている賊と視線を合わせた。

 賊達は銃口をルミエラに向けたまま、顔を見合わせる。短い舌打ちが響いた。

 一人がゆっくりと拳銃を下ろした。続くように賊達は次々と拳銃を下ろし始める。

 賊達が全員拳銃をしまったのを見て、社員達もそれをしまった。

 ぬるい風がその場に吹き抜けた。

「……貴方は、ただの観光客ではありませんよね」

 確信しているような声色で、硬い表情で、社員の一人がルミエラに視線をやる。

 そんな社員を睨み返すように見た後、ルミエラは小さく息を吐いた。

「私はただ、『水路の底の秘宝』について知りたいだけ」

 ルミエラは静かに辺りを見回した。賊達と目が合って、そっと逸らさせる。社員達と目が合って、一人が口を開いた。

「運河や水路について、我々は実際に調査を行いました。ですがただの運河や水路である――というのが結論です。皆様が騒いでいるようなものは、存在しないのです」

「本当にそう? 貴方方の調査ではそうだったのかもしれないけど、だったらどうしてリュミエールに住む方は、水路の埋め立てに反対するの?」

 ルミエラが小さく首を傾げる。

 社員達が顔を見合わせた。

「この町の人達は、皆治安を案じていた。裏通りが解体されて、光あふれる観光地になるんだとしたら、反対する理由なんてないはず。でも――『水路の埋め立て』って言葉が出たら猛反対するの。それは、貴方達が恐れているシオンさんだってそう」

 ルミエラは賊達を一瞥する。

 賊達が顔を見合わせた。

「私は、この町が……水路が、何かを隠している。そう思ってるの。それが何かを知りたい」

 各々が思考を巡らせるように黙り込む中、ルミエラはそう言い残して、路地の奥に続く闇に消えていった。

 誰も彼女を追わなかった。

 銃口を向けることも、口を開けることもなかった。

 裏通りを抜け、表通り――大通りに戻ってきたルミエラは、空を見上げる。

 薄い雲が月を霞ませている。

 運河には、ぼんやりとした月明りに照らされた自分が、ゆらゆら歪んで映っている。

 ルミエラがついたため息は、冷え込んだ夜の空気の中に消えていった。

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