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三章 その一

 建物を後にし、ルミエラは運河のほとりを歩いていた。

 太陽はちょうど一番高いところに昇り、いっそう強く輝きを放っている。

 シオンとちょっとした取引を交わした後、町のことをあれこれ話しているうちに、小腹が空いてきた。

 ルミエラは今度はどこで何を食べようかと、町を散策していた。

 今朝はサンドイッチだったし、パン以外のものがいい。画面に映る地図を眺めながら、いくつかの店に目星をつけて、ルミエラは立ち並ぶ店に心を躍らせつつ歩みを進めていた。

 可愛らしい雑貨が並ぶ店の前を通りかかり、思わず視線がガラス窓の向こうに引き寄せられていると、「お嬢さん、ちょっといいかしら」と綺麗な声が聞こえた。

 ルミエラが振り返ると、気品のある装いをした女が、運河の光を背に、ルミエラを見上げるように立っていた。

 その声には聞き覚えがあった。この澄んだ声は、今朝、店を探している最中に聞いた声だ。

「私はロザリア。この町の……有力者の娘、って言うのが近いかしら」

「有力者の……娘?」

 ピンと来ないようにルミエラが首を傾げる。

「とにかく、私のことはいいわ。貴方は観光客で合ってる?」

「はい」

「先程、シオンの会社から出てこなかった?」

 どうして知っているのだろう。ルミエラが眉をひそめて控えめに頷くと、ロザリアが「ああ、ええと、後を付けたかったわけじゃなくて、その……」と慌て始めた。

 ロザリアが何かを忠告しようとしているのだと察して、ルミエラは肩の力を抜いて「……ロザリアさん、貴方を疑っているわけではありません」と小さく微笑んだ。

「そ、そう。なら良かった。……立ち話もなんだし、お店に入りましょう? 貴方が好きなお店で良いわ」

 そう言われたので、ルミエラは遠慮なく気になっていた店を選んだ。

 広めのテーブル席に案内され、ロザリアはルミエラの向かいに静かに腰を下ろす。

 注文をした後、ロザリアが「……先程、シオンの名前を出したけれど」と切り出した。

「シオンは、この辺り……リュミエールに住んでいる人なら、誰でも知っているような人なの。この町の裏通りを仕切っているような人で、黒い噂も絶えない。だから、本来、観光客である貴方が関わるような人じゃないのよ」

「そう……なんですか?」

 ルミエラは頭を傾げる。確かに、路地裏にいたシオンは裏の世界を取り締まっているような冷たさを醸し出していたが、つい先程まで話していたシオンはそんな印象などまるで持たない、町のことを誰よりも考えている善良な市民に思えた。

 そのとき、店員がティーポットとティーカップを二組運んできた。

 それぞれの前に置かれ、二人は揃って小さく頭を下げる。

 店員がいなくなった後、ロザリアは小さく息を吐いて、目だけで周囲を見回し、ルミエラに向き直った。

「この町には『表』と『裏』がある。貴方ももう気付いているかもしれないけれど、『光の都』なんて呼ばれているけれど、そんな名前には似付かわしくない暗いものがこの町には溢れているの。貴方のような観光客には、『裏』には関わって欲しくなかったのよ」

 カップに注がれた紅茶に口をつけて、ロザリアはそのまま目線をテーブルに落とした。

 指先でカップの淵をなぞりながら、何か言いかけるように唇を開き――そして静かに閉じた。

 紅茶の湯気が、二人の間にゆっくりと立ち上った。

「ロザリアさんも、ずっとこの町に住んでいる方なんですか?」

 そっとルミエラが尋ねる。ロザリアは頷いて、「私の家は……私が産まれるずっと前からこの町にあるみたい」とティーカップから手を離しながら答えた。

「では、ロザリアさんもこの町を良くしようと?」

「……良くしたい、という気持ちは確かにあるけれど、少し違うわ」

 ロザリアは視線を一瞬下げて、戻した。

「私がもっと小さかった頃は、夜でも出歩けたし、裏通りはもっと穏やかな場所だった。でも、気が付いたらあんな場所になってて……。……シオンと関わっているということは、もう裏通りには行った?」

「裏路地のことでしたら、行きました」

「そう、やっぱり……」

 言葉を探すようにロザリアが視線を漂わせる。ルミエラが静かに言葉の続きを待っていると、店員が二人分の料理を持ってやって来た。

 置かれた料理を前に片手でお腹を軽く押さえたルミエラに、ロザリアは小さく笑って「冷めないうちにいただきましょうか」とフォークを手に取った。

 食事中は他愛のない話をしていた。その服はどこで買っているのか、地元民おすすめの場所はあるか、絶対に行っておくべきレストランはあるか。ルミエラが次々と質問をしてくるのを聞きながら、ロザリアはようやく肩の力を抜いた。冒頭のあれは、ひとまずこの場から遠ざかったらしい。

 楽しそうに笑顔を浮かべながら話すルミエラからは、『裏』が想像つかない。

 どうして裏通りに行ったのか、どうしてシオンと関わりがあるのか。聞きたいことは山ほどあったが、そんなに踏み込んで聞いていいのだろうか。

 ロザリアの視線が不自然に逸らされ、言葉が不意に途切れる。すぐに視線を合わせて笑顔を浮かべるロザリアだが、その違和感はルミエラも感じ取った。

「……あの、ロザリアさん。私に……何か、聞きたいこと、ありますか?」

 ロザリアは手を止めて口を噤んだ。テーブルを見て、再度ルミエラを見て、やがてゆっくりと口を開いた。

「貴方が……どうして、裏通りに行ったのか、シオンと関わりがあるのか。気になってしまったの」

 そうして観念したように肩を小さくすくめた。

 ルミエラは静かにロザリアを見つめ返す。

「……裏路地を歩いていたら、賊の人達に目をつけられちゃって。そうしたらシオンさんが助けてくれて、お礼もかねて挨拶に行っていた――という感じでしょうか」

「なるほどね。……裏通りには近づかないほうがいいわ。特に用事がないのなら。賊達が貴方に何をするかも分からないし」

「……ロザリアさんは、賊の人達を良く思ってないんですか?」

「そうね。彼等のせいでこの町の治安はどんどん悪化してるんだから」

 ロザリアは、少し眉を寄せて大きく息を吐いた。

「どうにかしたいと思っているんだけど、上手くいかないのよね……」

 そうして食べ終わった食器を見つめたまま、しばらく視線を上げなかった。

 ルミエラはシオンとの会話を思い出す。

 彼もこの町を良くしたいと、裏側から変えようと足掻いていた。

 シオンが『裏』の存在なら、ロザリアは『表』の存在。互いに違う場所から、同じ町を変えようと奔走している。

 この町には、この町をこんなにも大切に思っている人々がいる。

 ルミエラはしばらくカップの中で小さく揺れる水面を眺めた後、「ロザリアさんは……この町を守ろうとしているんですね」とそっと口にした。

「守る……」ロザリアは顔を上げて目を丸くする。「……そう、かもしれないわね」

 今まで意識したことは無かった。だが、ルミエラのその言葉は胸の奥にゆっくりと染み込んでいった。

 ロザリアは無意識に片手を胸元にあてていた。

 町を守りたい――その言葉は、ロザリアの胸の奥で、温かな光を灯していた。

「ルミエラさん、何か困ったことがあるなら私に教えてね」

 自分の連絡先を書いた紙をロザリアはルミエラに手渡した。

 それを受け取り、紙に視線を落とし、「ありがとうございます」と優しく微笑んだルミエラは、ロザリアをすぐに連絡先へと追加した。

「今日はありがとう。急だったのに長い時間拘束してごめんなさい」

 二人が店を出る頃には、辺りは薄暗くなっていた。空が赤く染まり、太陽は建物の影に隠れてしまっている。昼と夜が交わる時間だった。

 深々と頭を下げたロザリアに、ルミエラも頭を下げる。顔を上げて小さく手を振ってから、ルミエラはホテルに早歩きで向かうのだった。


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