2-2 「嘆きの塔」ドラクマ金貨強奪犯
「おうゼノ、また案件探しか」
闇ギルド「影の天秤」の帳場。仲介役のグレンは、あぐらをかいて檳榔を噛んでいた。魔導麻痺効果のある、嗜好食品だ。
「ああ。ひとつ頼む」
「最近生き急いでるな。そんなんじゃ命がいくつあっても足りねえぜ」
「金が欲しいんだ。仕方ない」
「その……」
俺の後に従ったフィオナを、顎で示す。
「その奴隷と楽しくやるためだな。……ったく、おめえみてえな底辺でも、女に狂うとはな。たかが……傷物奴隷なのに」
その奴隷エルフを欲しがったくせにな。我が物にできなかったら「傷物」扱いか。
「ゼノ、おめえ『塔』の案件をやりたい……だと? 正気か」
俺の希望を聞くと、ギョロ目で睨んできた。
「そりゃたしかに塔案件は高報酬だ。だが……リスクもでけえ。おめえみてえな底辺の掃除屋だと、命を落とすだけだ」
「いいから仲介しろ」
フィオナを苦しめた奴に復讐するには、まず「嘆きの塔」に近づかなければならない。
「そうかい」
肩をすくめてみせた。
「俺は構わねえぜ。おめえみてえな雑魚が死んでも、代わりはいくらでもいる。ただ……報酬は案件完了後だ。半金も渡さない。おめえが死ぬ可能性が高いからな」
「俺が死ねばグレン、お前が半金を着服できるもんな」
「まあ……嫌なら紹介しないが、どうせ……請けるんだろ」
にやにや笑っている。
「『嘆きの塔』を裏切った一味を『掃除』する案件だ。ただ厄介でな。いつもの死体掃除じゃねえ。なんせ相手が生きている。しかも塔を裏切って平然としている連中、十五人だ」
「強いんだな」
「もちろん。示しがつかないから、塔は殺し屋を差し向ける意向だ。お前はそいつらに同行して、終わった現場を掃除しろ。殺し屋はそんな、手間ばかりかかって汚い仕事なんかしたがらないからな」
「ゼノ……」
心配げに、フィオナが俺の腕を掴んだ。すがるように。
「安心しろ。俺は死なない。なんとなれば案件放り出して、現場から逃げ帰るからな」
「どぶネズミにふさわしい心掛けだな」
グレンに苦笑いされた。勝手にしろ。
「いいかゼノ、相手は強いし人数も多い。塔の殺し屋がいくら強者だと言ってもどうせ、あらかた死ぬ。そっちの掃除も込みで、金貨八枚。段取りはこうだ──」
詳細と連絡先を、グレンは話した。
「それにしても二十人かそこらの掃除で八枚とは、安いな。グレンお前、さっきは高額案件と言ってただろ」
「高騰してるドラクマ金貨だ。我慢しろ」
新貨輸送中に謎の賊に襲われて、ドラクマ金貨はなかなか市場に出てこない。それを塔が払えるということは……ってことか。なるほど。
俺が黙っているのを勘違いしたのか、グレンが付け加えた。
「もっと欲しいのか、強欲な野郎だぜ。なら提案がある。お前が死んだらその奴隷エルフは、俺が引き取りたい。奴隷証文の死亡時廃棄同意書を書いてくれたら、ドラクマ金貨二十枚を払ってやろう」
野郎はどうせ俺がこの案件で死ぬと思っている。後払いの報酬をいくら高くしても実際にはビタ一文払わずに済み、しかもフィオナを手に入れられる。このクズが考えそうな、ケチな戦略だ。
「断る。死ね」
大声で笑うグレンを背に、俺とフィオナは闇ギルドを後にした。
◇ ◇ ◇
殺し屋のアジトは、旧市街の曖昧宿にあった。巻き貝のように曲がりくねった狭い通路が続く一角。混沌としており住民も半分流れ者も同然。それだけに王室の管理も行き届かず、半ば放置されている。ましてやここは曖昧宿の一室だ。どんな野郎が出入りしなにをしていても、誰も気にしない。
「お前が掃除屋か」
合図の符牒ノックに反応し扉を開けた男は、素早く俺の背後を窺った。もちろん、このシノギにフィオナやレイヴンは連れてきていない。
「入れ」
中にいたのは、六人の男。体型は様々だが、どいつもこいつもすさんだ瞳。おそらく、脱落し闇落ちした冒険者上がりだろう。置かれている装備や服から判断すると、魔導士とアーチャーが多いようだ。殺し屋だからな。離れたところから相手を殺すには、間接攻撃できるほうがリスクは小さい。
「名乗れ」
「ゼノ。……あんたらは」
「俺はドラゴン。こいつはトロール。それにエルフ、リッチー、メイジキング、サラマンダーだ」
「そうか……」
もちろん、そんな種族じゃない。ひとり以外は人間だ。全員偽名ということは一時的に組んだ、仮のパーティーだからだろう。
「やかましいっ」
サラマンダーと呼ばれた男が、壁を蹴っ飛ばした。
「殺すぞ、ガキっ」
隣の部屋からの喘ぎ声が、ぴたりと止まる。
「エルフだけは本当にエルフなんだな。ダークエルフだが……」
ダークエルフは、寝台に脚を投げ出して、なにかの本を読んでいた。俺を見もしない。頬に深い傷跡があった。種族からして、おそらくアーチャー。こいつは最後まで生き残るだろう。俺にとっては、厄介の種ということになる。
「こんな底辺掃除屋で大丈夫なのか、ドラゴン」
ダークエルフは矢を取り上げた。鏃の先を舐めている。ということはあれは毒矢だな。
「十五人も埋めるんだぞ。へっぴり腰のおっさんでできるとは思わん」
「あんたこそ、矢を切らすんじゃないぞ。『ダーク』エルフさんよ」
「……」
無言のまま、矢を投げてきた。俺の耳を掠めて、背後の壁に突き刺さる。
「ほう……」
ダークエルフは、寝台から身を起こした。
「微動だにせず、まばたきすらなしか」
興味深そうに、俺を見る。初めて俺の存在に気付いたかのように。
「どうやら、度胸だけは座ってると見える。お前……過去にとんでもない修羅場を潜ってきたな」
「修羅場か……。おう、掃除なら得意だ」
ダークエルフは笑い出した。
「食えねえ野郎だぜ」
「決行は今晩だ。連中は大量のドラクマ金貨を抱えて、身動きが取れない。ひそかに王都脱出の準備を整え、今晩逃げる算段だ。そこを押さえる」
「ドラゴン」が俺に告げた。どうやらこいつがリーダーらしい。
「ドラクマ金貨……輸送中に奪われた奴だな。あれは『塔』のシノギだろ」
大男の「オーク」が、俺を睨んだ。こいつはタンク役だな。後衛を守り盾になる。
「そうか。実行犯が全員、裏切ったってわけか。全部持ち逃げして」
「全部じゃない。半分だ。残りは逃走中に落とした」
「重いからな。まあ……逃げおおせただけ大したもんだ」
落とした分は、塔が押さえたんだな。だから品薄なのに裏仕事でだけは出回っていると。
「野郎はうまいこと隠れやがった。やっと居所を見つけ出したからな。これからたっぷり、罪の重さを感じてもらおうって話さ」
「あと一日遅かったら、商都か港湾都市に逃げられただろう。『嘆きの塔』を舐めくさって、馬鹿な野郎だぜ」
唇の端を歪めて笑っている。
「いいか、段取りはこうだ……」
ドラゴンの話は、長く続いた。




