1-5 王立鑑定士ルナの疑念
「王立鑑定士……か、場違いだな」
普通は王宮内部か、貴族の館が立ち並ぶ一角にある鑑定士ギルドに詰めている。一般区、ましてや無法区に姿を現すなんてことはない。
「上級国民が、なんでこんな治安の悪い場所に突っ立ってるんだ。そのバッヂ色、王都に数人しかいない、特級鑑定士だよな」
「あなた、掃除屋でしょ」
「さあね」
「そう聞いているわ。評判も」
「なら尋ねる必要ないよな、最初から」
「それは……ごめんなさい」
素直に謝ってきた。上級国民にしては、性格が捻じ曲がってはいない。
「で、用件は。俺を探してたんだろ」
「とある案件で、事件現場の残留魔力鑑定を頼まれた。そこで……強い力を感じた」
「……」
「そう。全部、あなたが『掃除』した現場よ」
「どこの現場だか知らないが、俺が犯罪を犯したわけじゃない。俺は……ただ片付けるだけ。その残留なんとかは、殺した奴か殺された奴だかの力だろ。俺も感じることがある」
「嘘よ。あなたは……強い力を持っている。王都……いえ王国、もしかしたら人類最強の。仕官すれば騎士団トップにだってなれるはず。地位も名誉も思うがままよ。わかっているはず。それを隠して、底辺で掃除屋をしている理由はなに」
「あんたはなにか誤解してるな。ご指摘のとおり、俺は底辺だ。それだけに丁寧に仕事をしないと、干されちまうからな。肉片ひとつだって残さない。それをあんたが勘違いしてるだけさ」
「……」
瞳が揺れた。どうやら、確信はないらしい。それなら助かる。悪党以外は殺したくないからな。
「百歩譲って仮に俺が力を持っているとして、隠す理由がどこにある」
「それは……その」
言葉に詰まった。
「た……ただ強いなら、頼みたい案件が……」
「まあ……俺に仕事を頼みたいなら、グレンを通せ」
「と……通せない案件の場合は?」
「それは……」
じっと、俺の返事を待っている。澄んだ瞳で。どうやらからかっているわけではなさそうだ。
「そのときは話を聞いてやる。俺を探せ」
「そうするわ。……ところで」
フィオナに視線を移す。
「かわいそうに。こんなに傷だらけで。顔の傷だって、まだ開いてるじゃない」
視線を受けるとフィオナは、俺の背中に隠れてしまった。
「どうやら、あなたが傷付けたのではないようね」
「……」
俺は黙っていた。フィオナが訳ありである以上、知らん奴に情報を与えると危険だ。
「それに……それ」
ペンダントトップとして胸で輝くフィオナの指輪を、目ざとく見つけた。
「それ……エルフの……」
「エルフだからな。祖霊の指輪だ。持ってて悪いか」
「いえ……ただ……その……」
口ごもった。
「どうして……奴隷なんかに」
「俺が買ったんだ。カスみてえな、流れ者の商人から」
「そう……」
なぜか、俺とフィオナの手を、両手に取ってきた。隠れながらもフィオナは、黙って手を取らせている。
「頑張って。いつの……日か……」
くるっと転回すると、すたすた歩み去る。
「なんだ、あいつ……」
だがどうにも、居心地が悪い。王立ギルドが俺の痕跡を嗅ぎ回っているんだとすると、これまで以上に力を隠し、用心したほうがいいかもしれない。でないとまた……。
俺の脳内を、苦痛が駆け巡った。
また……あの……。
「……ゼノ」
フィオナが、後ろから俺の胸に腕を回してきた。初めて俺の名を呼び、抱き締めるかのように。
「俺の名前、覚えたのか」
「……」
フィオナは頷いた。俺の背中に頬を寄せながら。
◇ ◇ ◇
ルナとかいう特級鑑定士に呼び止められた、闇ギルドからの帰り。俺は回り道した。一直線に「竜の喉笛亭」には向かわず。無法区の、しかも外れのヤバいほうへと。レイヴンをわざと、ゆっくり歩ませて。
「……」
馬上で俺に後ろから抱かれたまま、不安そうにフィオナが振り返る。
「気にするな、フィオナ。……もう少しだ」
「……」
少し強く抱いてやると、安心したかのように俺に背を預けてきた。
「……」
無法区の外れ。焼け焦げた樹木ばかりが立ち並ぶ一角に、俺は馬を乗り入れた。元々は王都の背後を守る霊峰があった場所。八年前に地下で魔導マナのマグマが破局爆発し、高い山が全て吹っ飛び消え去った地帯だ。
女を攫って空き家に監禁する厄介な連中でさえ、ここには近寄らない。強力な闇魔導マナで土地が侵されていて、長居すると危険なためだ。
公式には、破局爆発の被害者はいない。たしかにまともな領民の被害者はいなかった。だが裏は違う。悪党が大量に吹き飛んだ。俺の力が暴走し、最愛のエリスが命を失った現場だ。それを知る者は、ひとりもいない。
この場所は大嫌いだ。辛い記憶に、心が潰れそうになるから。だが今は、そうも言っていられない。
「……」
黙ったまま、馬を降りる。
「フィオナ、お前は鞍に移れ。なにかあったら逃げろ。レイヴンが勝手に、オルクスの下宿へと連れて帰ってくれる」
「……ゼノ」
「心配するな。少し離れていろ」
「う……ん」
フィオナが馬を脇に寄せると、俺は背後を振り返った。
「お前らっ」
誰も見えない廃墟に、大声で呼びかける。
「俺になにか用があるんだろ」
「ちっ……気づいていやがったのか」
四人の男が、物陰から姿を現した。
「勘の鋭い野郎だぜ」
ただのチンピラではない。両手持ちの重戦士、片手持ちの戦士、即死スキル持ち短剣のニンジャ、回復ローブ姿の魔導士。──つまりしっかりした魔物討伐パーティー、それも直接攻撃主体の奴らだ。つまり……街路での対人戦に最適化されているとも言える。
「命が惜しかったら、俺達の言う事を聞いてもらおうか」
獣戦士が腕を組むと、重い鎧が金属音を発した。




