1-4 闇ギルド「影の天秤」
翌朝。眩しい陽光に目を開けると、フィオナは窓枠にもたれかかっていた。曇り空を、ぼんやり見上げている。
「エルフの森に帰りたいか。ふるさとに」
「……」
返事はない。
「俺は出かける。仕事があるからな。飯は適当に下でもらえ」
くしゃくしゃになった洗濯物から「まだ着てもよさそうな」シャツを選び、身に着ける。そのまま階下に下りた。……と、フィオナもついてきた。寝間着代わりの俺のシャツ姿で。一階までついてくる。
「コレット、こいつに飯を頼む」
厨房に向け怒鳴ると、はいよーっという返事が返ってきた。今頃は、芋の皮剥きに精を出しているはずだ。
「じゃあな」
「……」
ついてきた。裸足のまま。
「来るな」
「……」
微動だにしない。どうやら説得は無駄のようだ。すがるような瞳で、俺を見上げている。
「怖いんだな。……仕方ない、乗れ」
裸足のまま歩かせるわけにもいかない。昨日のように、レイヴンに跨らせた。
「まあちょうどいい。お前の服やなんかを買わないとならんし」
「……」
無法区の荒れた道を、レイヴンは進んだ。道とは名ばかりなので、かなり揺れる。鞍なしでも落ちないのは、さすがエルフのバランス感覚と思われた。
「降りるぞ」
無法区と旧市街の境目で、旧市街内でも行政担当が変わる境界線上。どちらの行政担当からも疎ましがられる「都合のいい場所」に、闇ギルド「影の天秤」はある。俺はそこで「掃除屋」として登録されている。
「グレン」
「……」
暗い室内。逆光で影になった俺を、帳場の親父は、目を細めて睨んだ。
「なんだ、ゼノじゃねえか。袖の下をむしりにきた役人かと思ったぜ」
グレンは、キイキイ声のハゲ親父だ。ここ「影の天秤」で仕事を仕切る仲介役。早い話、悪の手配師だ。でっぷり太った野郎だが、目つきだけは鋭い。
「おい、見ろよあのエルフ」
ギルド内にいたチンピラふたりが、ひそひそとフィオナを指差した。
「すげえ美少女じゃねえか」
「ああ。でも傷物だ。それに瞳も表情も死んでやがる。どこかの金持ちに壊された人形だろ」
「……」
俺が睨むと、そそくさと店から消える。
「どうにも最近のガキは礼儀知らずでな。他人の持ち物にケチつけるアホが多くていかん。悪党の風上にも置けねえ」
グレンが苦笑いしている。
「で、ゼノ。何の用だ」
「仕事は終えた。金だ」
「……ふん」
大げさに溜息をつくと、ドラクマ銀貨を投げてよこした。
「……金貨の約束では」
「鉱山からの馬車がこの間襲われ、金貨が大量に奪われた。ドラクマ金貨は高騰し、たかが掃除一回程度には払えねえ」
じろっと睨む。
「文句は山賊に言え。嫌ならもう、おめえには仕事を紹介しねえ」
「……」
黙ったまま、俺は銀貨を懐に収めた。どうせのたれ死ぬまでの糊口しのぎだ。小悪党に搾取されたって、構やしない。
「そのエルフの小娘……」
フィオナを顎で示す。
「攫って売りに来たのか。なら五ドラクマ金貨で、売れるまで預かりだ。かわいいし若いが、どうせ訳ありだろ。おまけにガキが言ってたように傷物だ。もし……どうしてもすぐ金にしてえなら、俺が四ドラクマで愛人にしてやる。どうだ」
早口だ。話とは裏腹に、自分のものにしたくて仕方ないと見える。
「俺の奴隷だ。だから奴隷の服をくれ。誰も手を出せない、ギルド認証の奴を」
もちろん、フィオナを奴隷にする気なんかない。危険な連中から守るためには、「手を出せばヤバい」というわかりやすい目印が必要だ。認証付きの奴隷服は、その意味で最適だ。フィオナが奴隷服を嫌がるとは思えない。そのような感情が戻ってないからな。他人からちょっかい出されない立場に置かれたほうが、本人のためだ。少なくとも精神状態が安定するまでは。
「……ちっ」
舌打ちすると、腕を組んだ。
「傷だらけじゃねえか。売っちまえ」
「早くしろ」
「くそっ」
首を振ると、帳場の奥に向かって怒鳴った。
「クソ奴隷服持って来い。認証だけしっかりしてる奴。……ああ、それでいい」
丁稚小僧が持ってきた服には、血の跡がべったり着いていた。
「わけあって死んじまった奴隷の奴だ。たしかにちょっと汚れてはいるがなに、その分安い。それにギルドの奴隷認証が付いている。手を出してくる間抜けは、王都にはいやしねえ。……ただおめえが『嘆きの塔』と揉めたら、話は別だ」
「……わかってる」
「よし、さっきの銀貨全部よこせ」
「お前……」
俺に睨まれると、苦笑いした。
「わかったわかった。そいつは裸足だ。靴も付けてやる。ちょうど死体から剥ぎ取った奴があるし」
「あと……指輪も」
初めて、フィオナが口を開いた。
「ここに……あるはず。祖霊の……指輪。……感じる」
「……」
グレンのギョロ目が、フィオナを見つめた。そのまましばらく黙っている。つと視線を逸らすと立ち上がり、奥に消えた。丁稚に命じることもなく。
「……」
しばらくして戻ってきた。手に革のずだ袋を下げて。
「ほらよ」
中身を俺に投げてよこす。見ると、ミスリル製と思しき、シルバーの見事な指輪だ。細かな彫金が施され、中央には魔力を感じる小さな宝玉が嵌め込まれている。首から提げられるよう、銀のチェーンに通されている。
「どうにもこいつは験が悪くてな。ある筋から持ち込まれたが、魔導士の見立てでは一族以外が所持すると徐々に運気が下がり、最終的には呪われるらしい」
「なら俺の奴隷が処分してくれるってよ。こいつの一族の指輪だそうだからな。お前の呪いを解いてくれるんだ。感謝してさっきの銀貨を戻せ」
「……強欲な掃除野郎だぜ」
忌々《いまいま》しげに、投げてよこした。この銀貨、今日三回も行ったり来たりしてるな。
「まあいい。どうだゼノ。割のいいゴトが入ってる。やってみるか」
「内容は」
「借金を返せねえ親父の右腕を叩き切って、カタとして娘を攫ってくるだけ。なに相手は素人だ。脅すだけで簡単な仕事よ」
「断る」
即答した。
「俺がやるのは悪党だけだ。……あと、悪党の後始末と。知ってるだろ」
「掃除屋……ねえ」
つくづくと俺を見て、溜息をつく。
「まあ……おめえの『掃除』、なんだか知らねえが丁寧で完璧だ。岩場の現場でもちゃんと穴を掘って死体を深く埋め、痕跡すら残さないからな」
「そういう話」にしてあるからな。もちろん、穴なんか掘ったことはない。死体は跡形も残さず分解し、完璧に「掃除」するから。
「ゼノ、おめえが安っすい掃除仕事で満足だってんなら、それでいいさ。俺の知ったことじゃねえ。そっちもひとくちあるから、紹介してやろう」
◇ ◇ ◇
「ゼノ……でしょ、あなた」
闇ギルドを出たところで、呼び止められた。見知らぬ女だ。二十歳になったかならないかくらい。仕立てのいい技師服で、胸に王立鑑定士のギルドバッヂを留めている。
「あんたは」
「ルナ。ルナ・アルベール」
そう、女は名乗った。検分するかのように、俺を見つめながら。
王立鑑定士は最上級ギルドのひとつ。王家や貴族、豪商のために、高価で貴重なマジックアイテムの鑑定を手掛けている。それに……頼まれて幻のアイテムを探すことも、稀にある。




