1-3 屋根裏部屋
「……」
はしごの上、軋み音と共に跳ね上げ扉が開くと、フィオナが顔を出した。無言のまま、屋根裏部屋に上ってくる。
「……」
食堂で軽く診察を受けたフィオナは、そのままコレットに拉致された。酒場二階の宿部屋へと。……といってもここは無法区。まともな宿じゃない。酒場に出入りするクズと娼婦に使わせている、つまりは「そういう部屋」だ。それでも当然、風呂がある。汚れ切ったフィオナを風呂に入れなくては治療もクソもないと、コレットが判断したからだ。
コレットに体を洗われ清潔になったフィオナは手当てを受け、こうして俺の部屋に落ち着いたってわけだ。
「……」
いつまでも突っ立っているので、座れと手で促した。
コレットの服じゃ小さすぎるし、もちろん他の服なんかない。オルクスは独り身だからな。なので適当に俺のシャツを渡してあって、今はそれを身にまとっている。小柄だからシャツがちょうど冒険者のワンピースのようだ。ちょこんと女座りしたフィオナは、普通にエルフの巫女のように見える。包帯でも隠しきれない、むごたらしい傷と、魂の抜けたような表情を除けば……だが。
「しばらくは置いてやる」
こっくりと、フィオナは頷いた。喜んではいない。怖がっても。世話好きのコレットにあれやこれやされて、少しは安心したようだ。ただ……感情は感じられない。
──まるで俺と同じだな。魂が死んで、ただ……体だけが生きている。醜いアンデッドのように。
心の奥が痛んだ。
「だが、厄介事を抱え込むのはごめんだ。……なにがあった」
「……」
無言のままフィオナは、瞳を逸らした。
「攫われたのか」
「……」
「里と家族は」
「……」
「……そうか」
どうしようもない。
「ならいい。もう寝ろ。……怖かっただろ」
コウモリの糞が落ちてこない場所に、藁で寝床が作ってある。そこを示した。
「俺も寝る。徹夜明けでクソ仕事押し付けられたからな」
窓の木枠を閉じると、暗くなった。……といってもボロ家屋の屋根裏であちこち隙間があるから、そこそこ陽が漏れてはくるが。洗濯物のシャツをそこらに放ると、その上に横になる。別に構わん。こんなのは慣れてる。
「夜になると階下が賑やかになる。けんかの怒鳴り声もあるし、二階からはあの声もな。うるさいが数日で慣れる。からすと猫が騒いでるくらいに思っとけ。そもそも──」
突然、背中が温かくなった。なにか柔らかなもので。饐えたようなネズミやコウモリの糞の悪臭ではない、エルフ特有の香りがする。
「……」
フィオナだった。俺の背中にしがみついて、震えている。
「……怖かったんだな。なにか……あって」
「……」
返事はなかった。ただ、俺の腹へと回された手が、ぎゅっとしてきた。
「……もう寝ろ」
手の上に、俺の手を重ねてやる。しばらくは背中に震えを感じたがそのうち、静かになった。微かな寝息が聞こえてくる。あの真っ暗な廃棄物処理場の地下で、傷の痛みと恐怖に、まともな睡眠など取れてなかったに違いない。
起こさないよう注意しながら、俺はそっと溜息を漏らした。と──。
「ベル……ナル……ド」
フィオナの寝言だった。ベルナルド……それは、王都の裏を仕切る闇組織「嘆きの塔」の塔主。王都に同名はいない。なぜなら「帝王唯一の名」として、同名の男は全員、裏で殺されたからだ。誰も捕まらなかった殺人は公然の秘密であって、男児にその名を付ける親は、もはや誰もいない。




