五分間だけ、君は僕に恋をする
「お願いがあるんだ。僕の婚約者に、恋の魔法をかけてくれないかな?」
* * *
魔導士見習いであるローズマリーに依頼をしてきたのは、姉姫マーガレットの婚約者であるジェレミーであった。
公爵令息でゆくゆくは爵位を継いで王家の姫君を迎え入れる予定のジェレミーは、上背こそあるものの線が細く儚げな金髪の美青年である。
元来、病弱であった。最近は寝込みがちで外出もままならないという。
ローズマリーが公爵邸に呼ばれたその日は、珍しく体調が良いとのことでクラバットまで締めた正装で顔色も良く出迎えてくれた。
緑の木々と灌木が茂り、光溢れる天井の高いコンサバトリーに自ら案内し、瀟洒なテーブルにケーキや焼き菓子を積んで、お茶を勧めながら依頼を口にしてきたのである。
恋の魔法を、と。
「マーガレット姉様にですか?」
聞き間違いではないかと、ローズマリーは注意深く確認をした。
青く血管の浮く骨ばった指を組み合わせて、ジェレミーは「そうだよ」と淡く笑って認めた。
「マーガレットは、僕の病を嫌ってこのところすっかり寄り付かなくなってしまった。それが僕には寂しいんだ。ただ一日……数時間でもいい。僕だけを見てくれる魔法をかけてほしいんだ」
ローズマリーは、王家の末の姫という絶妙に浮いた立場で、四年前に宮廷魔導士オーランドに弟子入りを許されてからは嬉々として世捨て人同然の暮らしを営んでいる。
ひきかえ、姉姫のマーガレットは生まれ育ちにふさわしく社交界の中心に君臨してきた絶世の美姫だ。
ジェレミーとマーガレットの婚約は、社交界デビュー前に早々と成立していた。
しかし、体の弱いジェレミーはマーガレットのデビューの日にも熱にうなされて寝込んでいて、ついにエスコートをすることが叶わなかった。その後も、ほとんど社交の場に姿を見せることができていない。
(マーガレット姉様は、待った……。そして待つのをやめてしまった)
このところ、まるで婚約者など存在していないかのように享楽的に生きているという。幾人もの恋人と浮名を流しており、その派手な放蕩ぶりはローズマリーの耳にも届くほどだ。
「恋の魔法……。婚約者だけしか見えなくなるような……?」
呟きながら、ローズマリーは木々の間に置かれたカウチソファで持て余し気味の長い足を組んで背もたれに背を預けて座っている「師匠」オーランドへと視線を向けた。
ずば抜けていて、いささか悪魔的な貫禄のある美貌の青年である。きらきらとした銀髪に、彫りの深いくっきりとした顔立ちで、長い睫毛と紫の瞳に漂うのは神秘的で物憂げな気配。弟子入り以来生活を共にしてきたローズマリーは、オーランドがべつにだいそれた思索にふけっているわけではなく、退屈しているだけだとわかった。
到着からまだ三十分も経っていないのに、すでに彼はこの会話に飽きている。
「お師匠様。恋の魔法についてご教授ください」
ローズマリーが声をかけると、ちらっと視線を流してきて無造作に「無い」と言い切った。
ゆったりとした仕草でオーランドの方へと向き直ったジェレミーは、穏やかな微笑を浮かべつつ「そういうわけにはいかないよ」と言った。譲れない、強い意志が垣間見えた。
「才気煥発で、魔導士の中の魔導士と言われているオーランド導師。無いなら作り給え」
「無茶を言う」
才気煥発とは程遠く、何もかも大儀そうな態度で、オーランドはそっけなく言い返した。
ジェレミーは、にこりと笑みを深めた。
「言うよ。権力者をなんだと思っている? お願いなんかしない、命令だ」
「たとえいくら積まれても無いものは無い」
「つまりオーランド導師には『できない』という意味か?」
「……」
うるせぇな。
(ぎりぎり、自制したみたいですけど、いまの口の動きは言ってしまったようなもの……!)
オーランドの紫の瞳に物騒な光が宿る。悪魔的な美しさが際立つ。
不可能を可能にしてしまいそうな強気な顔で、オーランドはすくっと立ち上がった。
鋭い眼光をローズマリーへと向けてきた。
いまにも「この権力者とやらに目にものを見せてる」と言わんばかりの剣呑な表情で、惚れ惚れとするような美声で命じてきた。
「弟子の出番だ」
「……はい?」
くすっと笑い声たをたてたジェレミーは、あっけからんとした口ぶりで言う。
「僕はどっちでもいい、頼んだよ」
どっちでもいいわけないですよと口をぱくぱくさせたものの、ローズマリーはその言葉を飲み込んだ。
無いとは存在しないという意味で、不可能はできないという意味だ。
しかしそれをわかっていてなお断れなかったのは、依頼内容が「姉の不始末」に起因しているからである。
(婚約者への不義。姉様の心はわからないけれど……ジェレミー様を裏切っているのは姉様なのだから、どうにかしてジェレミー様の望みを叶えてあげたい……)
魔導士の元へ弟子に入る前、ローズマリーがまだ末の姫として姉たちとも親しく過ごしていた頃。
マーガレットとジェレミーは、それはそれは仲良く見えたのである。たとえひとときのことであっても、二人にはまたあの時のように幸せそうに寄り添ってほしい。それはローズマリーの願望でもあった。
* * *
「無理。絶対無理。適当にそれらしいことをして、できなかったと言って依頼終了にしておけ」
公爵邸を辞し、宮殿の敷地の一角にある研究室兼住処に戻ったオーランドは、ローズマリーに対して無責任にもそう命じてきた。
ローズマリーは眉をひそめて、少しばかり憐憫を滲ませた目でオーランドを見て言い返す。
「弟子の不出来は師匠の怠慢ですよ。俺の失敗じゃないって言い逃れようとしているのかもしれませんが、そういうわけにはいかないでしょう」
「うるせぇよ、弟子。煽るな。何が恋の魔法だ、仮にそんなものがこの世に存在していてもお前のような未熟者に教えるものか。人間の精神を操作する魔法なんて発想が危険過ぎる。魔導士の歴史においては、開発されたそばから埋め立てて封印されてきたんだぞ。術師の命ごと」
「……あるんですか?」
隠し事の気配を感じて、ローズマリーは問い質した。
オーランドは視線を泳がせた。狼狽が感じられた。
「あっても、教えないと言った」
「あるんだ! うわっ、あるんだ。しかも知ってるんですね!? それなら教えてくださいよ!! 一回限りで、悪用しませんから!!」
食いつくと、オーランドは明らかにむっとした顔つきになる。
「何が一回限りだ。魔法っていうのは失敗だってあり得るんだぞ。成功するかどうかもわからない魔法を自分の姉で試すつもりか? 冗談も休み休み言え」
「わかりました。それではまず自分で試してみます。これなら絶対大丈夫って確信ができたら姉にかけます」
はああああああああああああああああああっとオーランドは特大のため息をついた。
「アホか。アホつまりアホ。『恋の魔法』ってなんだと思っているんだよ? ひとりで成立するものじゃないだろ。自分にかけてどうするんだ。どうやって効いたかどうか確認するんだ」
ローズマリーは「んなー(ごはーん)」と鳴きながら足元にすり寄ってきた猫のマーリーンをすばやく抱き上げた。
「こちらの方にお付き合いいただきます」「んにゃ(なんですにゃ?)」
「アホ。猫を巻き込むな」「んな(ごはん……)」
「マーリーンなら協力してくれますぅ!」「にゃ(ごはんしだいで)」
「だめでえええええす!!マーリーンに禁呪かけるなんて絶対認めませえええん!!」
大人気なく目をひん剥いて、それでも崩れない迫力の美貌で言い切ってから、オーランドはマーリーンをローズマリーの手から奪い去った。
すかっと空振りした両腕で自分を抱きしめて、ローズマリーは「他にどうしろと」と恨みがましく呟く。
次の瞬間、顔を上げて背の高いオーランドを食い入るように見つめた。
「人間いた」
「……は?」
「人間ここにいる!!試す!!」
「…………俺?」
まさかなハハっとオーランドは乾いた笑い声を立てた。動揺を隠すようにマーリーンを指の長い大きな手でなでなでする。
ローズマリーはいたって真面目な顔で「何を笑っています?」を尋ねた。
「まずはお手本です。お師匠様がわたしに『恋の魔法』をかけます。どういうものか、わたしにとくと味わわせてください」
「にゃにゃ(それなんですにゃ?)」
「だめだ。俺が天才だってことは弟子のお前だってわかっているだろう。俺がお前に『恋の魔法』なんてかけた日には、お前は服を脱ぎ捨てて貧相な裸をさらして俺に襲いかかってきかねない」
「見たこともないくせに? どの口がわたしの体を品評します?」
「んにゃー(ごはんですにゃ)」
「とにかくだめだ。 ひとの心を操作しても虚しいだけだ。俺は発情期の猫みたいになった弟子なんて見たくもない」
「んにゃ(ねこに喧嘩売ってるですにゃ?)」
「マーリーン、いま真面目な話をしているんだ。頼むから会話に入ってくるな。よしよし、美味しいごはんをあげるから」
最終的に、オーランドはローズマリーを無視してマーリーンをなでなでしながら背を向けた。会話終了、と言わんばかりの態度であった。
ここで逃げられてなるものかと、ローズマリーはオーランドの肩に掴みかかる。それでは足りないと正面に回り込み、熱意を込めて告げた。
「それなら、わたし『が』お師匠様にかけます。『恋の魔法』を」
「一億年修行しても効かねえよ、その魔法。この俺が修行中の自分の弟子に恋をすることなんて」
「だからですよ」
オーランドの強弁をさらなる強引さで遮って、ローズマリーは自分の考えを主張する。
「世界がひっくり返ってもお師匠様はわたしには恋をしない。そのお師匠様に恋の魔法をかける。魔法が効く。お師匠様がわたしに恋をする。これができたら、わたしは姉様にジェレミー様を思い出す魔法をかけていい」
「…… Quod Erat Demonstrandum 言ってやったぞみたいな顔しているけど何から何まで筋が通ってねえよ。お前の魔法は一億年修行しても俺には効かない。俺は魔法で弟子に恋をしない……」
腕の中で暴れたマーリーンを優しく床に下ろしながら、オーランドは「思い出す魔法?」と呟いた。
「はい。姉様にかけたい魔法は『婚約者への恋心を思い出す魔法』です。たぶん、それだけで十分なんです。以前の姉様は、ジェレミー様に恋をしていたと思いますので」
物言いたげな目で、オーランドはローズマリーを見つめてくる。
やがて、ため息とともに瞼を伏せて呟いた。
「終わった恋なら、そっとしておけばいいものを」
「恋は終わっても、婚約はまだ続いているんです。それに……たぶんジェレミー様のご病気は……それで最後の思い出に」
オーランドは「んにゃ(ごはんは?)」と足元にまとわりついていたマーリーンを拾い上げて、ローズマリーの顔にぐいぐいと押し付けてきた。両方の前足で額に肉球スタンプをばしっと押されてローズマリーは口をつぐむ。
(もうご病気からの回復が見込めないから、せめて最後に姉様と以前のように過ごしたいのでは、なんて)
あの場にいたローズマリーが気づいたことに、オーランドが思い至っていないはずがない。
額で肉球のむにむにという感触を受け止めながら、ローズマリーは切ないため息をつく。
義兄になるはずで、ならずに終わるかも知れないジェレミーの願い。どうにか叶える方法はないものだろうか、と。
ひとしきりマーリーン越しにローズマリーを攻め立てたオーランドは、マーリーンを抱き直してつまらなそうにぼそりと言った。
「『恋に落ちる』という変化を起こす魔法ではなく『かつてあった恋心を思い出す』という内容で、一回限りの使用ってことなら教えてやらんでもないこともない。ただし、本当に一回限りだぞ。『変化』ではなく『記憶の操作』とはいえ、禁忌であることに変わりない。お前がそれを使えると他の魔導士に知られたら、命の保証はできなくなる。人の心に関わる魔法というのは……」
「ありがとうございます!! 禁断の魔法もなんなくこなす、それでこそ悪魔的なお師匠様!!」
「うるせぇ。それは褒めてねえし、大きな声で言うことでもない」
面倒くさそうに言ったオーランドの腕の中で、マーリーンが「んなー(ごはーん)」と鳴いた。
* * *
それから数日後のこと。オーランドに魔法を伝授されたローズマリーは、姉姫へ面会を申し込んだ。
「なによ」
真っ赤な紅を引いた唇をつんととがらせて、マーガレットはローズマリーを睨みつけてきた。瞼には濃い鱗粉のような紫色の化粧粉がのっていて、マーガレットの華やかな顔を艶やかに彩っている。
「姉様に魔法をかけたくてですね」
「あらそうなの? じゃあ、寝不足に効く魔法がいいわ。夜ふかししても飲みすぎても翌日に響かず肌もぴかぴかになる魔法でお願い。そのくらいできるでしょ? オーランド導師」
ローズマリーを飛び越えて、マーガレットの目はその背後に立っているオーランドに向けられる。
珍しく怠惰を押し隠し、厳粛な表情をのせたオーランドは、マーリーンを抱きかかえて静かに控えていた。
「今日も悪魔みたいに美しい。悪魔に会ったことはないけれど。その猫はなに? 使い魔?」
歌うような声音を耳にして、ローズマリーはハッと息を呑む。肘で背後のオーランドを軽く打ち、焦って声をかけた。
「姉様に魔法をかけましたか? 恋をする相手はお師匠様ではないですよ」
声をひそめたつもりであったが、マーガレットの耳にもしっかり聞こえてしまったらしい。
「恋? なんの話?」
アホ、とオーランドの唇が動いた。ローズマリーの軽挙妄動をいさめる罵倒であったが、マーガレットは「アホですって? 誰が?」とそこにも食いついた。とても注意力がある。
これ以上姉の前でボロを出すまいと思ったローズマリーは、腹のさぐりあいを放棄して手の内を明かした。
「わたしが姉様にかけたい魔法は『恋に落ちる魔法』です」
瞼の化粧粉がくっきりと見えるほど、マーガレットはゆっくりと瞬きをした。
「よくわからないわ。それはわたくしに必要なの魔法?」
「はい! ……といっても、わたしの魔力ではあまり持続性が無くてですね。五分くらいしか持たないと思うんですけど」
「五分の恋? 興味深いわ。それをかけられると、わたくしはどうなってしまうのかしら」
うふふ、と余裕いっぱいに笑われてローズマリーは気圧されかけた。しかしここで弱気になってはいけないと身を乗り出して言う。
「とある方に恋に落ちてしまいます。……五分だけです。興味深いと思ったら協力いただけませんでしょうか。たくさん練習してきましたし、もし失敗しそうなときはここにいるお師匠様が補助に入ってくださるそうで」
「いいわよ」
あっさりと言って、マーガレットは片目を瞑って唇に笑みを浮かべた。享楽的で退廃的、自分自身の心の移ろいにさえ本当の意味では興味がなさそうな態度であった。
(刹那の恋に生きているうちに、姉様は変わってしまいましたか……?)
オーランドには約束通り魔法を教えてもらったけれど、ジェレミーへの思いは遠い記憶に埋もれてしまってもう見つからないかもしれない。
一瞬の気の迷いを払い、ローズマリーは意を決して告げた。
「では、まず目を瞑ってください。わたしが呪文を唱えます。目を開けたとき、姉様の前にはひとりの男性が立っています。姉様はその方に恋をします」
マーガレットは、かすかに眉をひそめた。
「五分間とはいえ、完全に男性と二人きりになるのはいけないわ。あなたたちも部屋に残りなさい」
「魔法が失敗しない限りは出ていきますよ。お邪魔になりますから」
「何を言っているのよ。わたくしは王女で、婚約者もいる身なのよ。男性と二人きりになるわけにはいけないでしょう」
ん? とローズマリーは首を傾げそうになった。
噂に聞く放蕩姫マーガレットのイメージとは少しばかりずれていたためだ。浮名を流しても、本人の中ではその一線を守っていたのだとしたら……。
(もしかして、お姉様は本当のところあまり変わっていないのでは……?)
戸惑うローズマリーの背後から、オーランドが「早くしろ」と急かしてきた。時間をかけている場合ではないというのはローズマリーもわかっていたので「わかりました」と素早く答える。
「それでは、姉様、目を瞑ってください」
一人掛けのソファに座ったマーガレットは目を閉ざした。
ローズマリーは、オーランドに習った呪文を唱える。
音もなく、オーランドが動いた。手に抱えていたマーリーンをマーガレットの前で床に下ろす。低い声で口の中で呪文を唱えながらその背を撫でると、変化の魔法が解けてまたたく間に線の細い美青年ジェレミーの姿になった。
瞳を輝かせ、唇の端を釣り上げてジェレミーはにこりと笑った。声に出さずに「ありがとう」と言っていた。
オーランドの目配せを受けて、ローズマリーは頷き返し、二人で数歩下がる。カーテンの影にでも隠れたかったが、その前にマーガレットが「もういいのかしら?」と言って目を開いてしまった。
厳かな沈黙があった。
「……ジェレミー」
「久しぶり。最近君が僕に会いに来てくれないから、来てしまった」
ゆっくりとした口ぶりで、ジェレミーがマーガレットへ語りかける。ローズマリーの位置からはその表情は見えなかったが、笑っているのではないかと思える声だった。
オーランドが「こっちに来い」と口の動きで言っている。ローズマリーが近づくと、腕の中にローズマリーを抱え込んで、耳元で囁いてきた。「俺から離れるな。向こうからは見えない」姿が、透明になっているという。
「出歩いて大丈夫なの? だめよ、ここに座って」
マーガレットは焦って立ち上がって、自分の座っていたソファを手で示した。
向き合ったジェレミーは軽く咳き込んでから「大丈夫」と言って両手を差し伸べた。その手でマーガレットの頬を優しく包み込む仕草をし、ややかすれた声で言った。
「ローズマリーに恋の魔法をお願いした甲斐があったな。目を開けたときに目の前に立っていた僕に、君は恋をした。そうだね?」
目に涙を溜めたマーガレットは、自分の頬に触れているジェレミーの手に手を重ねて、涙声で答える。
「これは魔法なの?」
「そうだよ。五分間だけ。この時間が終わったら、君は僕への思いを忘れる。忘れてこれから先の人生を生きて行くんだ」
「どうして……っ。どうして、やめてよ。忘れようとしていたのに、思い出させないでよ。あなたは私を置いて、勝手に、先に行ってしまうのに……。恋に落ちる魔法ですって? 冗談じゃないわ。死なない魔法とか、病気が治る魔法にしてよ……っ」
緩慢な仕草でジェレミーはマーガレットを抱きしめて「そうだね」と呟いた。そして「君は僕が死ぬのが怖かったんだよね。苦しめてごめんね」と囁きながら、マーガレットの唇に口づけを落とした。
離脱するぞ、言ってオーランドはローズマリーを抱き上げる。
マーガレットが「死なないでよ」と泣きじゃくる声が響く中、そっとドアを開けて部屋を後にした。
* * *
「死なない魔法を開発しましょう」
廊下を進むオーランドに運ばれたまま、ローズマリーは提案をした。
「天をも恐れぬことを言う。いくら俺が天才でもそれは無理な相談だ」
「違います、私メインで進めます。あれほど完璧に『恋心を思い出させる魔法』を使えたんですよ、私に天才の片鱗が見えませんか?」
「天才~~~~~~?」
実におかしなことを聞いたとばかりに首を傾げ、オーランドはローズマリーからぱっと手を離した。ローズマリーは、危なげなく床に足をつけてすくっと立つ。無造作に見えて、立ちやすいように気遣いながら解放されたことに気づいている。
顔を合わせると、オーランドは悪魔的な美貌で首を傾げ、笑った。
「お前に教えたのは適当な呪文で、そんな効力は無ぇよ。あの二人は最初から何も必要がなかった。しいて言えば、会う勇気だけが必要だった」
「その勇気を燃やして病に立ち向かえです! ジェレミー様はもっともっと生きてわたしのお義兄様になるべきです。生かそう。生かせ。お師匠様の出番です!」
「ほら。結局最後は俺なんだろ。天才は辛いぜ」
嘯いて、オーランドは歩きだす。本物のマーリーンにごはんを用意しなければと言いながら。
「お願いします! 天才のお師匠様!」
「そうだなぁ」
口元に笑みを浮かべ、オーランドはふと遠くを見て呟いた。
「不肖の弟子が『恋に落ちる魔法』を独自開発して俺にかけて効力を発揮できるくらい先なら、何か思いついているかも? つまり一億年先って意味だ」
「わかりました。お師匠様はでたらめって言いますけど、わたしはあの魔法結構効いたような気がしますので、これからお師匠様を実験台にさらに研究して深めます。きっとすぐにお師匠様はわたしに恋に落ちて虜になってお願いはなんでも叶えたくなりますね。効率よく利用してなんだかすみませんね」
「なんだその自信となぞの謝罪は」
早速、オーランドが教えた「でたらめな呪文」を唱え始めたローズマリーを見て、オーランドは「無駄な努力を」とふきだした。
その横で、ローズマリーはふと「でも今日のジェレミー様、本当に前より顔色が良くなった気がしましたよね?」と首を傾げながら呟く。
オーランドは「猫化の魔法のおかげだな。あれは体に良いんだ。毎日少しだけ猫になっていると、この先結構いけるんじゃないかな」と嘘か真かわからぬことを言って会話を終えた。
ひとの命に関与する魔法が完成することはなかったが、その後ジェレミーは医者の見立てよりも長く生き、無事にローズマリーの「お義兄様」となった。
マーガレットと寄り添って、義妹とその師匠の結婚式に参列するまでに回復し「たぶんその結婚は自分のおかげだと思う」とオーランドに耳打ちをし「関係ない」と言い返されるのだった。
*最後までお読みいただきましてありがとうございました。




