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前編

 商人Bが茶屋で団子を食ってる斜め前で、その修羅場は唐突に勃発した。

 商人Bは先代村長の隠し子である、その存在が隠された理由は二つ。

 村長に一子相伝で受け継がれる唄の力を持っていなかったこと、そして村では不吉だと言われる双子だったことだ。

 双子の姉の方だけが村長の正当な後継として村中から祝福され、妹の方はその存在すら村の人々に知られることはなかった。

 本来なら生まれた直後に心の臓を貫かれて死ぬはずだったそうだ、随分前からそうすべきだとしきたりで決まっていたらしい。

 けれどもこんなご時世に生まれたばかりの赤子を殺すのはまずかろうと、ただその存在を隠されることになった。

 そんな双子の妹は隠されたままスクスク成長し、隠れたまま自由気ままに生き、そして顔を隠した謎の商人Bになることによって、村の賑やかし要因としての地位をちゃっかり手に入れた。

 フードで髪を隠し、顔の上半分だけを隠す狐の面に口元だけ覆うバンダナを合わせた今の自分の格好を商人Bは「良デザだよね」と密かに思っている、だってバンダナを下ろすだけで顔を隠したまま飲み食いができるのだから。

 そんなふうに回想しながら商人Bは呑気に団子を食べていた。

 そんな商人Bの斜め前では相変わらず修羅場が続いている。

 修羅場の中心人物はそろそろ祝言をあげるらしいと村中で噂になっている現村長である少女と、その村長と祝言をあげるらしい彼女の忠実な従者の少年、そして最近この村に敵意を向けているらしい謎の組織に所属する謎仮面Xだった。

 謎仮面Xの仮面は商人Bの仮面と違って顔全体が隠れるタイプのものだった、あれだとご飯食べる時面倒臭そうだなと商人Bは彼の姿を見かけるたびにそう思っている。

 商人B以外の村の人々は心配そうな顔で彼らを遠目に見ている、謎仮面Xに暴れられでもしたら被害甚大なので当然だろうと、自分だけは一人逃げ切る自信のある商人Bは呑気にそう思った。

 詳しい話はわからないが、どうやら謎仮面Xは村長に恋情的な感情を抱いているらしかった、それでどうやら村長を攫おうと目論んでいるらしい。

 村長は当然のように抵抗、村長の思い人である従者が恋人を奪われぬよう謎仮面Xを鋭い視線を向けている、少しでも謎仮面Xが怪しい動きを見せようものなら即座に噛みつきにかかるような、そういうピリリとした嫌な空気が茶屋で寛ぐ商人Bの元にまで流れてきている。

 商人Bは一応よそから村に商売に来ている商人なので基本的に村で起こることは他人事だった、というか何年か前に村を出て隣町に拠点を移しているので、本当に他人事だった。

 どう転んでもこの村で商売が続けられればそれでいいと商人Bは思っていた、自分の顔どころか存在すら知らない姉の幸福や不幸を望むほど、商人Bはこの村や自分の家族に執着心を持っていなかったからだった。

 それでも、と商人Bは村長の従者の顔を見た、実は商人B、この従者にだけは少しだけ執着というか未練を抱いていた。

 商人Bは商人をやりつつ旧文明のことを興味本位で調べている変わり者である、そんな彼女にとって村の近所にある旧文明の遺跡地帯は宝の山であると同時に、庭代わりだった。

 村の者は旧文明のものを不吉なもの、穢れたものとして扱うため、村の者が遺跡地帯に立ち入ることは滅多にない。

 だから商人Bはその日も一人で遺跡地帯で調べ物をしていた、誰もいないからと顔を隠すことなく、村長と全く同じ顔を呑気に晒していた。

 そうして一人で好き勝手やっていた商人Bは大きなボロクズを発見した。

 それはただのボロクズではなくまだかろうじて息のある人間、村長の従者である少年だった。

 村のことなどどうでもいいが、目の前で死にかけている人間を見捨てて美味しくご飯が食べられるほど商人Bは心が冷たくなかったので、商人Bは仕方なく村長のふりをして従者の少年を助けた。

 村長の自分がこんなところに入り浸っていることが知られたらうるさく言われるから、ここで自分と遭遇したことは誰にも言わないでほしいと従者の少年を言いくるめ、商人Bは少年を見送った。

 それで終いになるはずだったのだが、その日以降、少年はたびたび遺跡地帯を訪れた。

 商人Bは仕方なく村長のふりをしたまま彼と会うようになった、すぐに矛盾が生じて破綻するだろうと思っていたのに、少年は随分と鈍感なのか、商人Bが村長であると完全に信じきっているようだった。

 少年が村長に惚れているのであろうことに商人Bはすぐに気付いた、そして彼が『惚れた女』と二人きりで会うために遺跡地帯に訪れているのだろうことも。

 可哀想にと商人Bは思った。

 少年は美しい顔をしていた、その顔を時に赤らめながら、恋する者の顔で商人Bの顔を見る。

 何かが違えばこれは自分のものだったのだろうと商人Bは思った、そう思ったその日に初めて商人Bは自分の運命を少しだけ呪った。

 それからどの程度経った頃だったか、村で商売をしていた商人Bのもとにあの少年がやってきた。

 その時に扱っていた美しい簪を少年は一度手に取りかけ、何やら悲しげな顔で手を引っ込めた。

 そのまま立ち去ったと思ったら数分後に何か考えが変わったのか彼は再び商人Bの元にやってきて、簪を手に取った。

 簪を売った後、商人Bはこれ以上はもう無理だろうと思った。

 あの美しい簪はおそらく村長の手に渡る。

 ならば、嘘偽りが気付かれぬようにと、その日から商人Bは遺跡地帯でも仮面をつけるようになった。

 その後、二回ほど商人Bは遺跡地帯であの少年に遭遇した。

 しかし彼は商人Bの正体に気付くことなく、二回とも「ここで誰か見かけなかったか」と聞いてきた。

 商人Bは誰にも会わなかったし、こんな場所に来るような変わり者はあんまりいないと答えた。

 気付けばいいとも思ったし、気付かないでくれとも思った。

 結局気付かれることはなく、あの簪は村長の手に渡った。


 そんな失恋の思い出を回想してしまったのはあの少年の顔を見たからだろうと商人Bは団子を食べながらそう思った、その少年の隣にはあの簪を髪にさした村長が当然のように存在している。

 未練はある、どうしてと思う瞬間は確かにあった。

 それでも商人Bはそこで立ち止まれた、恨みや憎しみを抱くことはなかった。

 これは商人Bが真人間であるからではない、商人が基本的に自分を含めあらゆる人間をどうでもいいと思っていたからであった。

 だから斜め前で起こっている修羅場の行方もどうでもよかった、自分が団子を食べ切るまで暴れないでいてくれると嬉しいなと思っていただけだった。

 だから会話もろくに聞いていなかった、荒れてんな、くらいにしか思っていなかった。

 だからその時もどういった会話の流れだったのか商人Bは把握していなかった、急に暴れ出されたら嫌なので動きだけは追っていたが、何を話していたのかまでは把握していなかった。

 どういう流れだったのか商人Bにはよくわかっていなかったが、その時謎仮面Xがその仮面を外した。

 その顔があらわになった瞬間、商人Bは茶を飲んでいた。

 そして、その顔を見た商人Bは、盛大にその茶を噴いた。

 団子を口にしていたらおそらく喉に詰まらせていただろうと、商人Bは妙な冷静さを保ちながら茶で汚れた自分の服その他を魔法で手早く綺麗にしながらそう思った。

 謎仮面Xの顔は、従者の少年と全く同じ顔をしていた。

 その顔を見た村長や従者の少年、それから商人B以外に修羅場を見守っていた村の人々がそれぞれ反応を見せる。

 村長と従者の少年は目を見開き唖然とし、いつの間にか駆けつけていたのか村長の世話係と村の用心棒が「は?」と口をあんぐりと開け、村の人々は「ねえ、あの顔……」とヒソヒソと囁き出す。

 一番オーバーなリアクションをしてしまったのは商人Bだった、誰か自分以上にもっとものすごいリアクションをしてくれりゃよかったのにな、と商人Bは思った。

 思いながら商人Bは熱々の茶をさりげなく魔法で冷やして、一気に飲み干した。

 残っていた団子も詰まらせぬように気をつけながら、残っていた二玉を一気に口の中に詰め込む。

 商人Bにはオチが半分読めていた。

 あの日商人Bが遺跡地帯で発見したボロクズは村長の従者ではなく、おそらくあちらの謎仮面Xの方だったのだろう、と。

 通りで会話が矛盾しないわけである、何度かではなく何度もあの逢瀬が続いていたことに商人Bはもっと考えを及ばせなければならなかったと一人反省した。

 普通だったらあんなに続くわけがない、破綻しないほうがおかしかった。

 鈍感だからで済ませていい問題ではなかった、その理由をもう少し考えるべきだったと商人Bは後悔する。

 商人Bが村長のふりをして彼と会い続けていたように、あの謎仮面も村長の従者のふりをして商人Bに会い続けていたのだろう。

 互いにいつか訪れるであろう矛盾や破綻に怯えながら、それでもその時まではと。

 随分と滑稽な話だ、と商人Bは思いつつ必死に口の中の団子を咀嚼する。

 会話の流れは把握していないが、おそらく謎仮面Xは彼らにあの遺跡地帯での逢瀬の話をするだろう。

 そして遠からず彼もまた商人Bと同じ答えに辿り着く。

 自分が村長だと思ってあっていた人物が、偽物であったことに。

 そこから先の答えに彼が辿り着くかは商人Bにはわからなかった。

 ただ商人Bはすでに二回、商人Bとしてあの少年とあの遺跡地帯で遭遇している。

『村長』と入れ替わるように現れた謎の狐面の女商人の正体に彼が気付く可能性は高い。

 なので、勘付かれる前に商人Bは逃げることにした。

 団子をどうにか飲み込んだ商人Bはバンダナを上げつつ立ち上がる、デカいのが取り柄だという茶屋の名物団子を飲み込むまでに思いの外時間がかかってしまった。

 その間に謎仮面Xはあの二人にあの遺跡地帯での逢瀬を話し終えていた、あの二人というか村長はちんぷんかんぷんな顔をしている。

 商人Bは茶屋の主人に「お会計」と小銭を渡す、お会計どころじゃなさそうな野次馬顔の主人になんとか小銭を握らせることに成功した商人Bはその場から早急に立ち去ろうとした。

 そんな商人Bの顔面スレスレの位置に何かが飛来し、勢いよく茶屋の壁に突き刺さった。

 それは何やら禍々しい気配を感じる短刀だった。

 悲鳴すら上げられずに商人Bは短刀が飛んできた方向に顔を向ける。

 そこには何もわかってなさそうな村長とその仲間達、そして短刀をぶん投げたと思しき謎仮面Xの姿があった。

「動くな」

 謎仮面Xが低い声で商人Bに言う、彼は敬語キャラだったはずだが、あれは村長の従者のふりをするための演技だったのかもしれないと商人Bは思った。

 動けない商人Bの真ん前に謎仮面Xがさっと近付いてくる、この距離を魔法無しで即座に詰められるの怖いなと商人Bは冷や汗をかく。

 謎仮面Xの手が商人Bの狐面に触れる、その瞬間に硬直状態から抜け出すことに成功した商人Bは大きくのけぞったが、逃げきれなかった。

 あっさりと狐面は取り上げられた、村長と全く同じ商人Bの顔を見て、謎仮面Xは性格の悪そうな笑みを浮かべた。

 商人Bは咄嗟に懐から煙玉を取り出して地面に向かって投げつけた。

 ぼふりと煙が視界を覆う、どれだけの人に自分の顔を見られたか商人Bには把握できなかったが、顔が晒されたのはほんの一瞬だった。

 見られていたとしても気のせいだろうで済まされるといいなと商人Bは現実逃避をした。

 煙の中で商人Bは予備の仮面を取り出し即座に装着する、そのまま逃亡を図ろうとしたが、右肩を何者かに掴まれ、視界が暗転した。

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