2-変な家
「おかえり。今日は早かったな」
玄関を開けると、兄の真澄がいつものようにキッチンから顔を出した。
白いエプロンに、木べらを片手にしたその姿は、もはや家庭的を通り越して主夫の域だ。
だけど、本人は元刑事。
ちょっとだけ怖い過去を持つ「優しすぎる義兄」だ。
「研究室、臨時休講だったの。教授が風邪引いちゃって」
「そうか。夕飯、ハンバーグでいいか?」
「やったー!最高すぎる!」
靴を脱ぎながら、詩織は荷物を置いてリビングへ向かう。
薄明かりの中、ふと、背中に視線を感じた。
振り返ると、兄がじっとこちらを見ている。
「……どうしたの?」
「いや、おまえ、あの変な家の前を通っただろ」
一瞬、心臓が跳ねた。
兄の勘の鋭さは、時々理不尽だ。
「うん。ちょっとだけ。昔から気になってたし」
「二度と行くな」
声に棘はないのに、なぜか怒鳴られるより怖かった。
「ただの古い家だよ? 幽霊でも出るっていうの?」
「詩織、おまえ……子どもの頃の記憶、どこまである?」
一拍おいて、詩織は首を傾げた。
そういえば、自分にはなぜか「七歳より前の記憶」がほとんどないのだ。
「昔の話は、思い出さなくていい」
真澄の目が、まるで“忘れさせよう”としているようで――
――詩織は、ただ黙って頷くしかなかった。