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1-プロローグ
秋の風が乾いた音を連れてくるころ、あの家の前を通るのは、なんとなく避けたくなる。
木々の間を縫うように建てられた小さな住宅街。
その一角、地図にも載らない小道の奥に、ぽつんと古びた家がある。
誰が住んでいるのかもわからない。
昼でもカーテンが閉じられたままで、夜になると灯りはひとつも点かない。
それなのに、毎年秋分の日の朝、その玄関には名前を書いた白札が一枚、静かに貼られている。
誰の名前なのか。
誰が貼っているのか。
なぜ「その人」の名前なのか――
誰も口に出さない。
ただ子どもの頃から、あの家の前では、しゃべってはいけないと教えられてきた。
「『母さま』が聞いてるからね」
そう言って、祖母は口をつぐんだ。