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難攻不落の子爵令嬢シリーズ

わらび劇団、開演!『身分差恋!幸せの花かんむり』

作者: 真央幸枝

お読み頂きありがとうございます!

クスリと笑って、楽しんで頂けたら、嬉しいです。

(^-^)/

《王都が南国のようにアツくなる夏!!》

新聞広告の熱気に合わせるかのように、王都に不思議な現象が起きている。


デュモン侯爵は妻の夫人と共に舞台を観に来ていた。

夫人のたっての希望である。

夫人はこの日とばかりに、新しいドレスをあつらえていた。夫妻の瞳の色に合わせたグリーンのロココスタイルのドレス。熟女妻の豊満な胸が眩しい。


今、王国中の子女たちを熱中させている一冊の恋愛小説。

『身分差恋!幸せの花かんむり』

その舞台版だ。


夜の部だというのに、王都中の店が開いていて、昼間のような賑わいを見せていた。

バーバーショップや花屋などの店先では、女の子たちが円陣を組んでいる。


「いい?夜の部が終わったら、お客様がなだれ込んでくるわよ!心してかかるようにね!」


「イエッサー!!」


狂気とも取れる熱量である。デュモン侯爵は汗が吹き出してきた。いや、これは決して歳のせいなどではない。断じて若いパワーに押されているのではない。

涼しいけど夏の夜の暑さのせいである。たぶん。


「父上、母上。お久しぶりです」


劇場の貴族席には、長男のアランがすでに到着していた。

長いこと王国の使節団の一員として、最近独立した隣国とその周辺諸国、そしてその独立を支援した帝国に滞在していたのだ。


「しばらく見ないうちに随分と逞しくなったのね」


デュモン夫人が言うと、アランは頷いた。


「帝国でも諸国でも、忙しくしていたので」


そして、妹そっくりな顔のアランは、緑の瞳に怒りをこめて、デュモン侯爵を睨みつける。


「マリアンや侍女のニナの話によると、父上は随分とセターレちゃんをいじめたようですね」


「セ、セターレちゃん!?」


デュモン侯爵が不快そうな声を出す。ちょっとトラウマになりそうな名前なのだ。

だって、その、朝、最近、ナニの勃ち・・・が、元気なくて・・・

いや、これは決して歳のせいでも、あの生意気な娘が斡旋した祈祷のせいでもない。

涼しい夏の朝だけど、暑さのせいである。ぜったい。


「父上世代は知らないでしょうけど、フェルナンデ兄妹は若者世代のカリスマ的存在なんですよ。

今時、北部は田舎だの言ってる父上世代なんて時代遅れですから。

父上の悪口(あっこう)を知ったら、若者たちは荒れるだろうなぁ。市中引きずり回される程度じゃ済まないかも知れません」


デュモン侯爵の背中に汗がタラリと流れる。


「まさか」


「フェルナンデ家と言えば、トイレと軟膏ってイメージですが、本当に力を入れているのは、妊産婦と小児の医療ですよ。まだ若いのに、そういうところに目をつけるなんてねぇ・・・

それに隣国の独立のきっかけとなった、集中豪雨災害の時なんて、自国の支援はロクになかったところへ、フェルナンデ子爵家は他の領主達と協力して支援していたという話です。

隣国の王女や王太子妃はセターレちゃんと歳が近いこともあるから、随分と仲良しですしね。

王太子妃がこの度ご懐妊されたのですが、『わらび商会』から、マタニティ用品や新生児用品を一部揃えるそうですよ。

そういう情報、全然入って来ないでしょう?」


最近独立した王国は、独立したばかりであまり正確な情報が入って来なかったし、とても小さな国なので、正直相手にしていなかった感は否めない。


それであの『隣国の王太子妃に懇意にしてもらってる』という話になるわけか・・・あの小娘、隣国の言語が理解できるのだろうか。


「僕がその場にいたら、速攻、宰相令息との縁談は解消して、子爵家との縁談を勧めていたのに・・・

何はともあれ良かったですよ。

あのエブラハム氏を射止めたマリアンは、デュモン侯爵家の誇りです」


「うむむ・・・」


面白くない。全くもって面白くない。

どいつもこいつも子爵、子爵、子爵。

どう足掻いたところで、低位貴族に変わりはないだろう。


「父上も爵位に甘んじて、おごり高ぶっていない方がいいですよ。爵位剥奪、王家転ピー、国家滅ピー、クーデターは、歴史や隣国が証明しているのですからね。

ああ、一応、王宮勤めなので、自主規制しました。

実際、子爵家は100年先を考えて、領地経営をしていると言いますよ」


「100年先!できるわけなかろう」


「それをやってしまうのが、セターレちゃん達なんだなぁ・・・」


アランはもう侯爵のことは無視して、


「王宮勤めなんかより、子爵領で働いている方が断然面白そうなんだけど・・・」


ひとりブツブツ言っていた。


「まあまあ、小難しい話はそのくらいにして。お芝居よ。お芝居。ヒーロー、ヒロインはトリプルキャストなのよね。今夜のヒーローはマリアンの話によると、以前、セターレさんに振られた伯爵家の息子が特別出演するそうよ。浮名が立って有名だったわよね。それに凄い美男子だし。楽しみだわ」


侯爵夫人がのんびりとした口調でたしなめてきたので、父子はそのまま話をやめてしまった。



開演の合図の鐘が鳴り響くー

緞帳(オペラカーテン)が開いた。



☆彡



学校制服を着た男女が向かい合っている。

男の傍らには、女子生徒がしなだれかかっている。


“・・・気安く、女性に触れない方が良いかと”


ヒロイン役の女性が苦言を呈する。


“嫉妬だなんて見苦しいな。君は顔と家柄が良いだけなんだ。嫉妬でその顔を醜くするのはやめたまえ。それともなにかい?婚約者の特権で僕に触れて欲しいのかな“


男子生徒でヒロインの婚約者役が高慢な態度で言う。


「何だって!?あいつ!マリアンに向かって!」


「これこれ、これはお芝居ですから」


イライラと貧乏ゆすりをする息子に、母が小さな声でたしなめた。


“僕が目立つよう、出世するよう、しっかり勉学と社交に励んでいればいいさ。大人しく、慎ましく。陰日向となっていろ”


男性は高笑いしながら、女子生徒の肩を抱いて、ヒロインをひとり残し、舞台袖にはけていく。


「んまあ!あのドラ息子!わたくしの娘にあんな振る舞いを・・・!」


「まあまあ、これはお芝居だから」


デュモン侯爵はハンカチーフで汗を拭いつつ、侯爵とアランの間に座った、怒り心頭に発した妻に囁く。

もう嫌な予感しかしなかった。

『身分差恋!幸せの花かんむり』は知る人ぞ知る、デュモン侯爵令嬢とフェルナンデ子爵嫡男をモデルにした純愛物語なのだ。小説版は割と事実に忠実らしいが、舞台版はかなりの脚色があると聞いている。

デュモン侯爵家の関係者は、デュモン侯爵とアラン以外、皆小説は読んでいた。


ヒロインがよよ、とその場に崩れ落ち、むせび泣く。

うまい。泣きの演技がうますぎる。


「・・・かわいそう」


ぐずぐずと鼻をすする音があちこちからして、デュモン侯爵はますます顔色を悪くした。

序盤でこれか!?



暗転ー。



舞台は豪華な執務室。

髭をたくわえた、いかつい強面(コワモテ)男性とヒロインが向かい合っている。


“令息との婚約を解消してください”


ヒロインの涙の嘆願に、いかつい男が怒鳴り声を上げた。


“お前に選択権はない!女は黙って男に従っておれ!仮にも侯爵令嬢だろう!男の浮気のひとつやふたつ気にするな!どうしても嫌なら、しっかりと令息の手綱を握っておくんだな!”


殺気だった視線を感じて、デュモン侯爵は妻と息子をチラと見て、苦い笑みを浮かべる。


「あなたって人は・・・」


「父上という人は・・・」


母子の声が揃った。


誰だ。マリアンか、ニナか。

セターレや出版社の社長夫人兼ライターにチクったのは!

大体、あそこまで酷いことは言っていない。

・・・似たようなことは言った気はするが。

それにしても、なんだ、あのコワモテ髭面オヤジは。悪徳大臣みたいではないか!儂はもっと男前だ!完全なミスキャストだろう!



しかし、である。



コワモテ男優が下手(しもて)に消えると、観客からブーイングが起きた。


「クズおやじー!二度と出てくんなー!」


「男尊女卑、はんたーい!!」


「さいてー!!クソじじいー!!」


観劇マナーとしてどうなのか?はさておき、デュモン侯爵は立腹した。


「誰がクソじじいだって!?」


「「まぁまぁ、これはお芝居ですから」」


またまた母子の声が揃った。



暗転ー。



すっかり元気をなくしたヒロインを、彼女の専属侍女が、北部のすてきな『わらびガーデン』に療養へと誘い出す。


『17歳、初夏の大冒険』の歌が挿入される。


“♪孤独〜孤独な淑女よ〜

その真珠のような〜涙を拭って〜

今日はひとり、旅立つぅ〜♪”


北部の美しいガーデンで少し元気を取り戻すヒロイン。

花畑をのんびり歩いていたとき、躓いて転びそうなところへー


「「「きゃーーーーー!!!」」」


観客席の方々から女性たちの悲鳴がした。


「「「ジュールさまぁーーー!!!」」」


ふわりとサラサラの金髪をなびかせて、ヒロインに手を差し伸べる。イケメン男優・役名、ジュール。

今回、芝居の出演者の中で、唯一の高位貴族だ。


ポスン!とジュールの胸の中へ飛び込む格好になるヒロイン。

その瞬間、カミナリに打たれたような衝撃を受ける。

スポットライトがヒロインに当たり、チカチカと点滅。ドドーンと効果音が響く。


“わたしはこの時、恋に落ちたの―“


そして挿入歌。

『恋に落ちる日は突然に・恋に落ちてもカミナリは落ちるな』

後々まで歌い継がれる恋愛ソングとなる。



療養期間中、遠目にジュールを見つめるだけのヒロイン。

ジュールが領民たちと和やかに触れ合うシーン。

村娘からリンゴを受け取り、ニッコリ微笑むジュール。


「はあっ!」


女性観客たちが感嘆の息をもらす。


村の子どもたちと戯れるジュール。捲り上げたシャツから、上腕二頭筋と腹筋がチラリと見えて、色気がダダ漏れている。


「はあああっ!!」


オペラグラスでガン見していたご令嬢は今にも鼻血を出しそうなくらい、頬を真っ赤にしている。


そこに、ヒロインに気づいたジュールが白い花を一輪、小刀で切ると、ヒロインに差し出した。


「はああ〜ん!!」


ドキュ〜ン!である。ジュールを演じてる伯爵令息の一挙一動がカッコ良すぎるのだ。

『今、私と目が合ったよね?』とほとんどの女性観客が勘違いしていた。


その後、会うたびに挨拶を交わし、白い花を一輪ずつ、差し出すヒーロー・ジュールと、それをはにかみながら、受け取るヒロイン令嬢。

じれじれしたシーンが続く。



そして暗転ー。



ヒロインが元気になり、北部を去る日が来る。

わらびガーデンで向き合う。ジュールとヒロイン。


“元気になって良かったです“


“今日でお別れなのですね・・・”


最後の花が差し出されるが、最終日はシロツメクサの花かんむり。ジュールがヒロインの頭にそっと載せる。


“誰よりも美しく、賢く、素敵なあなたに幸多からんことを“


ヒロインも花かんむりを差し出す。今まで貰っていた夏咲きの白バラを集めておいて、昨日、侍女が花かんむりにしておいてくれたのだと言う。


“すっかり枯れてしまった花も混ざっていますが、侍女がうまく花かんむりにしてくれました“


かがむジュールの美しい金髪の頭に、白バラの花かんむりを載せるヒロイン。この王都中、これほど花かんむりが似合う男性がいるだろうか。いや、いない。


“枯れた白バラの花言葉は・・・生涯を誓う。24本のバラの花言葉は・・・いつも貴方を想っている、です・・・”


ヒロインの愛の告白に、言葉を失うジュール。


“・・・ジュール様っ!“


ヒロインがジュールに抱きつく。ジュールは抱き返そうとして、やめる。その腕が宙を泳ぐ。



暗転ー。



「「「「「「ぎゃーーーー!!!!!」」」」」


劇場が揺れて崩壊するのではないかと錯覚するほどの、女性たちの割れんばかりの大悲鳴が上がった。


「ニナが好きなシーンはここなのね、ほんとステキだわ」


デュモン夫人がうっとりとした表情をしているが、デュモン侯爵は当然、憮然としている。なぜなら・・・



場面はまた豪華な執務室。

ヒロインが再度、令息との侯爵解消を訴えるも、断固拒否する侯爵。


“くどい!何度言っても婚約解消は有り得ん!!貴族の結婚は政略結婚なのだ!お前は黙って儂に従っておれ!勝手に北部の田舎へ行った罰として、自室での謹慎を命じる!!誰か!こいつを部屋に閉じ込めておけ!“



暗転ー。



「ひどい!!ひどすぎる!」


「あいつは鬼だ!畜生だ!悪魔だ!!」


「あいつこそ、閉じ込めておけー!!」


「うんコ侯爵め!」


先程の黄色い声と一転しての、大怒号とヤジ。なぜか男性の声の方が多かった。高位貴族に対する日頃の鬱憤でもたまっているのだろうか。


・・・・・・。


なぜだ。儂のシーンだけ、間が長いような気がするのだが。誰の演出だ。あの生意気セターレか。ライターか。間が長い分、ヤジも多い。

しかも、あのコワモテ髭男優、さっきよりも悪徳大臣ぶりが増している。嫌がらせか。嬉々として悪役を演じているではないか。



暗闇にぼうっと浮かぶベッド。舞台の下手。

ベッドの上でひどくやつれているヒロイン。

見事なメイキャップである。


照明が落ちる。

舞台上手(かみて)に、スポットライトが当たる。白バラの花かんむりを手に立ち尽くすジュール。


挿入歌。ジュール自らが歌う。


『君を想う僕はここにいるよ』

この両片思いソングは不朽の作品となり、100年後も歌われたとか、ないとか。


しっとりと歌い上げるジュールに、失神しかける女性観客多数。がしかし、ここからがクライマックスだ。



暗転ー。



侍女がジュールの妹、アンジェルに助けを求める。

下手に侯爵役、中央にヒロイン、舞台上手にアンジェルが並んでいる。

アンジェル役の娘は金髪の中性的顔立ちで、すごい美少女であった。


「「「きゃー!!!アンジェルさまぁ!!!」」」


「「「アンジェルぅーーー!!!」」」


女性観客と男性観客の声が響く。アンジェル役の女優には、男女問わずファンがいるようである。


「詐欺だっ!!」


デュモン侯爵が思わず叫んで、妻と息子にシッ!とたしなめられた。

儂の役が、コワモテ髭男優で、なぜあのセターレ役が絶世の中性的美少女なのだ。あの小娘はあんな美少女ではない。ツンケンしているし、可愛げなど皆無であった。儂が悪魔なら、あの娘は魔女だろうが!

あとで劇団にクレーム入れてやる!完全なミスキャストだっ!



“田舎の下級貴族なぞ、高貴な儂らとは釣り合わん!!

二度と侯爵家の敷居をまたぐな!!帰れ、帰れ!!“


コワモテ男優が腹の底から声を上げる。


“奇遇ですね。わたしも全く同じことを思っておりましたわ“


アンジェル役が言う。


“空のように広く、海のように深い、思いやりと愛をもった村人たちは、世のため、人のため、自分の幸せのために学び、働いているのです。

家柄だけ高貴な貴方たちと、人格が高潔なわたしたちとは精神レベルが違います。釣り合わない、全くその通りです!二度と我が村には出入りしないで下さい!“


打ちひしがれるヒロインに、アンジェルが声を上げる。


“その体たらくはなんですか!ボロ雑巾のように汚くて、臭いですよ!

美しい髪には神が宿り、清潔な服には福が来るのです!今すぐ髪を整え、ドレスに着替えて下さい!そうして戦うのです!

誰かに何とかしてもらおう、助けてもらおう、程度の気持ちは本物ではありません!

本当に欲しい殿方がいるのなら、真実の愛があるのなら、自分自身で奪いにいくのです!”


“・・・奪えないときは?”


ヒロインが尋ねる。


“相手に愛がないということです”


シロツメクサの花かんむりを見つめるヒロインが覚醒する感動的なシーン。ジャーン!と効果音と共にベッドに立ち上がり、両手を広げて叫ぶ。


“わたしの心はジュール様の元にあります!!

そしてジュール様の心はわたしの元に!

わたし、真実の愛のために戦います!”



暗転ー。



「ブラボー!」


「頑張ってーー!」


観客から応援の声がこだまする。



舞台照明が明るくなり、白装束姿のアンジェルを中央に、左右に白タキシード姿のジュールと白いドレスに身を包んだ美しいヒロインが並んでいる。


アンジェルの左右の手にはシロツメクサと、白バラの花かんむりがそれぞれ握られている。


そして花かんむりで指揮するアンジェル。


常連の観客たちも立ち上がり、手を胸に当てる。


ラストソング『若者の恋路を邪魔する者は不能になれ』


ジュール、ヒロイン、観客が一体となって歌う。


“♪ふとした瞬間に生まれた恋〜

真実の愛に目覚めたふたり〜

だけど身分や格差がふたりを阻む〜

誰にも引き裂くことはできない愛なのに〜


嗚呼〜若者の恋路を邪魔する〜

不届き、不届き者はぁ〜


馬に、馬に、蹴られて、蹴られて

不能、不能になってしまえ〜♪“


サビはうまい具合に合唱となっている。

美しい混声合唱がオーケストラに合わせて、劇場中に響き渡った。


デュモン侯爵が思わず内股に力を込めた。

何となく両手が太ももあたりに置かれる。


一見、聖女に扮したような衣装のアンジェル役だが、

関係者には分かる。あれは祈祷師だ。


聖女いや、ホントは祈祷師役のアンジェルが、シロツメクサの花かんむりをヒロインに、白バラの花かんむりをジュールに渡したところで、緞帳が徐々に閉じていく。


常連の観客たちは歌いながら、一見さんたちはスタンディングオベーションで拍手している。


すると頭上から、ヒラヒラと五色のリボンが落ちてきた。


「きゃー!私は白を取るわ!」


「わたしは今日は黄色!」


五色のリボンには意味がある。

青色は始まり、新緑の色。

赤色はエネルギー、情熱の色。

黄色は休息、癒しの色。

白色は純潔、誓いの色。

紫色は浄化、穢れを祓う色。


その五色を全て手に入れると祈願成就すると、まことしやかな噂が流れている。

そして、そのリボンは1公演につき、1本しか取ってはいけないと暗黙のルールまである。


さらに通になると、何度も観劇することを『おかわり3本目』などと、リボンの本数で例えるそうだ。



デュモン侯爵は舞台の出来栄えに唸った。

芝居に歌を混ぜ込む手法。オペラとも違う。

歌入り芝居、音楽劇とも言うらしい。

観客も一体となれるサービス精神。

主役をトリプルキャストにして、観客に何回も足を運ばせるしたたかさ。

実際、ヒロインは今回の金髪の女優より、赤毛の女優の方が人気が高いようだ。

何より特別出演の伯爵令息の存在感が大きい。

出演回数も少ないとのこと。

本日はレアな回に来られたのだ。

それに彼の場合、この舞台によって、悪いイメージが一掃された。あちこちの女性に手をつけるプレイボーイ。おまけに性病なのでは、などと上流社会では噂されていたが見事に覆したといえよう。


カーテンコールに応じた俳優たちが手をつないで、横に並んでいる。

観客たちは推しの名前を呼びながら、拍手したり、リボンを振ったりしている。

コワモテ髭男優がガハガハと笑っていて、デュモン侯爵はちょっとイラッとした。あいつは嫌いだ。



しばらく後、席までシャンパンと軽食が運ばれてきた。今頃、貴族たちはホワイエで歓談しながら、軽食を摂っているのだろう。ここは原作の関係者なので配慮してくれたようである。


「花屋や理髪店(バーバー)は客で溢れているでしょうね」


アランがグラスを手に呑気に言った。


「あら、わたくしはドレスを注文しますわ」


夫人の言葉に、デュモン侯爵は目をパチパチさせた。

このグリーンのドレスもあつらえたばかりではなかったか。


(ドレス)は福を呼びますからね。最高のドレスを作らなくては」


「僕もそうしましょう。マリアンの婚約も無事に決まって、僕も結婚の準備を始めようと思います」


アランは由緒ある伯爵家の令嬢と、幼い頃から婚約関係にあるのだ。


「わたくし、またマリアンと観劇に来ようかしら」


「僕も婚約者と2本目しようと思います」


母子の談笑に、侯爵は眉をひそめる。一度来れば充分だ。

あ、ミスキャストのクレームを入れなくては。


・・・まあ、良い。儂の空のように広く、海のように深い慈悲の心に免じて許してやろう。


劇場関係者に尋ねられ、侯爵がもらったリボンは青色。リボンを眺めながら、シャンパンをゴクリと飲んだ。



☆彡



ずっと後になってセターレから、


「奇遇ですね。わたくしも1本目は青色にしました」


などと言われ、デュモン侯爵とセターレが、ビジネスシーンにおいて最強タッグを組むことを、今はまだ誰も知らない。

いつもありがとうございます!

応援に感謝です。

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m(_ _)m


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