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第42話 女王陛下 その1

「わりといいところだったジャン。空気、おいしいし」


 俺の隣を歩いているサリーがそう話しかけてきた。場所は、ホワイトリリー宮殿内の廊下。大理石の石畳がしかれ、左右には荘厳な支柱が並んでいて、俺とサリーは前後に侍従を従えて歩いていた。


 俺たちが住んでいる、人口三十万人の中核市である港南市。そこから車で県境にまで分け入って、そこに広がる別荘地をさらに奥に進んだ山林地帯に、この宮殿施設は建てられていた。温泉旅行を終えてすぐに近江さんに連絡をとり、組織に入ることを受け入れた俺たち。その実、ホワイトリリーに屈したわけではなく、内部からの突破を図るという意図なのだが……。


 勇んで飛び込んでみたのはいいものの、女王陛下の御成り待ち。この一週間、サリーとともに迎賓館とやらで待ちぼうけで、その間、ボディチェックやら健康診断やら思想チェックまでされて、てんてこまい。そして、やっとその女王陛下に謁見できるというところまでこぎつけたのだ。


「この役目、アタシはやりたくなかったんだけど、沙夜が『お願い』を使ってきたからしたかなく」

「『お願い』ってアレか? サリーが俺のハーレムに入るときに沙夜ちゃんに頼んだ見返りの」

「そう。それ!」


 サリーによると、そのときの様子が、これらしい。



 ◇◇◇◇◇◇



『サリーさん。お義兄さまの従者として、ついていってください。実家との連絡係として、一人、許可されています。内部の様子を逐一連絡しください』

『アタシにスパイになれってこと? アタシ、そういうの、すごいニガテなんだけど』

『私からの『お願い』です。前に、約束したはずです。好きなときに好きなことを一個だけと』

『沙夜の方が向いてるって思うんだけど』

『私や澪さんには市中でやるべきことがあります。サリーさんにしか頼めません』

『わーったわよ。晴斗センパイの為ならしょーがないか』



 ◇◇◇◇◇◇



 サリーから聞いた二人の会話を思い出していると、 前を歩くホワイトリリーの侍従が、たしなめるように口にしてきた。


「お静かに願います、晴斗さま、サリーさま。女王陛下の前では、くれぐれも粗相のないように。ハーレムなどと絶対に口にしないようにお願いいたします」


 ちなみに、この宮殿中で働いているのはみな女性。そして彼女らは、一様にローブのような白装束を身にまとっている。


「まあ、アタシは連絡係みたいなものだし、謁見が終わったら家に戻るから。晴斗センパイをよろしくね、ホワイトリリーのお姉さん」

「承知いたしました」


 静かにしろと言われたのにつつしまなかったサリーだったが、侍従もしかたなしという様子で、うなずいてきた。


「え? サリー、ずっといっしょにいるんじゃないのか?」

「ザンネンだけど学園にも通わないといけないし。晴斗センパイと会えるから、沙夜のお願いを受けたんだけどね」

「そう……なのか……」


 サリーがいなくなのは心細いなと少し不安になったところで、見上げるほどの大きさの両開きの扉の前にたどり着いた。その両脇に立っていた侍従が、その扉をギィと開き……。


「晴斗さま。ご到着になります」


 高らかな声が響いて、俺たちは中に案内されたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇



 謁見の間は、部屋というにはとてつもなく広く高かった。重厚な石造りの柱が立ち並び、繊細な彫刻がほどこされたはりが空へとそびえ立つように広がっていて。


 光がステンドグラスを通して差し込み、神秘的な模様に彩られた大理石の床が、壮麗さを際立たせている。


 さらには、中央に敷かれた緋色の絨毯がひときわ大きな王座へと続き、その道の左右にずらっと白装束姿の女性たちが整列している。


 空間全体が威厳に満ち、ホワイトリリーの繁栄と権威を象徴しているようで、訪れた俺は圧倒されていた。


 その女性たちが一斉に腰を折って頭を垂れた。後ろにいる侍従にうながされ、俺たちは玉座に向かって歩き出す。やがて、巨大な椅子前にたどり着き、そこに鎮座している少女――女王陛下――に、俺たちは膝をついて、頭を下げたのだ。


「三河晴斗です。お初にお目にかかります」

「和泉サリーです。初めまして」


 俺たちが、あいさつを述べると……。


「遠路はるばるご苦労さまでした。顔を上げてください」


 女王陛下の声が響き、俺は顔を上げたのだった。


 玉座に座る若き女王陛下は、堂々たる気品と威厳に満ちていた。流れるような銀髪が肩から背にかけて滑り、頭上には緻密な装飾が施された王冠が輝いている。深紅のマントが後ろに広がり、金糸で刺繍された紋章が威厳を際立たせていた。


 彼女の姿勢も崩れることはない。まっすぐに腰を落ち着け、細長い指で王笏を軽く握り締めている。そのたたずまいからは、若さに秘められた強い決意と、すべてを見通すような知性を感じさせ、ホワイトリリーの女王にふさわしい風格を余すところなく体現していると思えた。


 ただ年だけは……。年齢だけはおそらく、義妹の沙夜ちゃんとかわりないくらいじゃないだろうか。そんなことを考えていると、女王陛下が俺に声をかけてきた。


「ここはいかがですか? 不自由はありませんか?」

「歓迎してもらっています。不自由はありません」

「晴斗にはここに住んでもらうことになりますが、何かありましたら気兼ねなく」

「は。ありがとうございます」


 女王の声が、静まった部屋に響きわたる。声音は少女のものなのだが、響きは威厳に満ちていて、その御身に触れるどころか会話を交わすのも恐れ多いと感じてしまう。


 サリーがここにくる前に、『わからせ』ちゃえばいいのよとか言っていたが、女王の威光を前にして、こちらが『わからせ』られてしまいそうだ。


「三河晴斗には、一ヵ月後の婚姻の儀までに、ホワイトリリーのしきたりを私じきじきに指導いたします。他の者は手出し無用です」

「はい。女王陛下」


 整列している侍従たちが声をそろえ、響きとなって、謁見室に響き渡ったのであった。



 ◇◇◇◇◇◇



 わずか十分ほどの謁見が終わり、サリーは一人帰された。俺だけが、再びのボディチェックのあと、応接室に案内された。


 ここは真っ白な謁見室とは違って、西洋風の赤と茶色の室内で、暖炉には火がともっていた。案内してくれた侍従が去り、給仕された紅茶を飲みながらソファで休んでいると……。女王陛下がお連れを連れてやってきて、その従者がうやうやしく去っていった。


 閉められた扉の前に立っている女王。見ると、玉座に座っていたときの貫禄十分な様子ではなく、白い頬を染め、もれる吐息とともに目に熱さをたたえて俺を見つめている。俺は何をいったらよいのか、わからない。失礼のないようにと、座っていたソファから立ち上がり、あたりさわりのないことを口にする。


「あ。休ませてもらってます。ここ、普通の応接室で落ち着きま……」


 と、女王が、いきなりととと……と走り寄ってきて、俺の胸に飛び込んできたのだ。そのまま俺にしがみつきながら、顔を深く胸にうずめて声を響かせてきた。


「晴斗さま。お会いしとうございました」

「え?」


 先ほどとは全く違う様子。今の女王は、威厳に満ちたホワイトリリーの長などではなく、魂のこもった生身の美少女のようで……。俺は反応できない。


「お慕い申し上げておりました」

「…………」


 もう一度いおう。俺は反応できない。

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