表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/59

第28話 周防美由紀 その3

 澪たち四人と学園への登校中。ファミレスやドラッグストアの並ぶ国道沿いを、なんということもない会話をしながら進む。


 振り返ると、俺たちの十メートルあとを歩いている美由紀と目が合った。口元に不敵な笑みを浮かべる美由紀。俺は、再び正面を向いてから、澪たちとの会話に戻る。


「美由紀さん。もう一週間もじゃない。晴斗からなんとかいったらどうなの?」


 ナナミが、会話途中で不満を漏らしてきた。


「別に気にしなければいいだけかもだけど、さすがにストーカーされると、いい気しないってのが本当のとこね。実際、マンションの隣の部屋にまで越してきての話だから」


 俺はそのナナミを落ち着かせようと、言葉を返す。


「ただ後ろを歩いてるだけだろ。俺が無視してればいいだけの話だ。何か無茶なことをやってきたら学園に報告するなり、最悪警察に相談するなりすればいいだけのことだ」

「気になるのはどうしようもありませんが、ナナミさんは意識し過ぎかと。晴斗さまに近づこうとしていたときの私たちだって、はたから見れば今の美由紀さんと同じようなものだったかもしれません。美由紀さんに悪意があれば別ですが、純粋に晴斗さまをお慕いしての行動なら、非難一辺倒というわけにもいかないでしょう」


 そんな会話が続いて、丘上の校舎にたどり着き、俺たちは昇降口で別れてクラスに入る。


「おはよう」


 席に座ると、美由紀が横に来てあいさつをしてきたが、もう返答しないと言い渡しているので無視をした。



 ◇◇◇◇◇◇



「晴斗。食堂に行きましょう」


 昼休みになって、開口一番、美由紀が声をかけてきた。最初、一週間前に初めてクラスで食事に誘われたときには、教室内が騒然とした。噂は瞬く間に学園中に広がり、また三河かよ……と半ばあきらめの声が方々から聞こえてきたんだが、噂話も何日とやらで、俺と美由紀の仲が進展しないとなるとその噂も徐々に霧散していった。


 とうぜん俺は、美由紀を無視する。申し訳ないが、四人がいる以上、美由紀の好意に答えるわけにはいかない。さすがにここまでの無視は美由紀に悪いか……と思いながらも、放置する日々が続く。



 ◇◇◇◇◇◇



 そんな中、朝から雨が降り続いていた日、たまたま一人で自宅マンションにまで帰ってくると、おれの部屋の玄関に体育座りでうずくまっている美由紀を見て驚いた。


 全身水浸しで、トレードマークの長いストレートロングが、雨に濡れて身体に張り付いていた。その美由紀が顔を上げる。


「晴斗。待っていたんだけど、やっと帰ってきたわね」

「ずぶぬれ……じゃないか……」

「傘、忘れたから」


 自分が滑稽だという様子の笑みを浮かべた美由紀。思わず無視しないで返答してしまった俺だったのだが……。やむを得ないなと、自分で自分に言い訳した。


「入ってくれ。シャワーを浴びないと」

「私の家に来てくれる? 着替えとか、あるから」

「…………」


 美由紀に他意はないんだろうが、一度、強引に唇を奪われてはいる。だが今の美由紀は弱々しくて、はかなくて。俺は、抗いきれずに、美由紀の部屋におじゃましますと足を踏み入れた。


 ブラウン調のフローリングが敷かれた、シックな室内だった。間取りは俺たちの部屋と同じだが、壁には絵画や風景写真がいくつも飾られていて、方々に観葉植物が置かれている。落ち着いてリラックスできる室内だった。


 俺は、LDKのリビング部に案内された。クラシックなソファに座ると、美由紀はちょっと待っててとその場を後にしてから、二十分ほど。バスタオル姿の美由紀が長い黒髪をタオルで拭いながら、いいお湯だったと戻ってきた。


その美由紀が、キッチンから湯気を立てているマグカップを二つ持ってきた。俺に、その一つを渡す。ミルクの香りが鼻にやさしい。美由紀自身も、そのホットミルクをすする。


「温まるわね」

「…………」


 素肌から湯気を立てている、その美由紀を一瞥して、俺もそのカップに口をつけた。


「誘ってるのかもしれないが、誘惑には乗らないからな」

「ここでは何だから、二人だけで話ができる場所に移動しましょう。隣の、澪さんたちの部屋からも離れたいし」

「移動……?」

「そう。晴斗が一人で帰ってくるところに待ち伏せしていたのはたまたまじゃなくて……」


 その美由紀の姿が、ぶれた。徐々に視界がぼやけ、意識がうつろになる。


「わざと雨に濡れた姿で、晴斗の同情を引いて警戒を解いて……」


 その先は聞こえなかった。俺の意識は、電球のフィラメントが切れるように、そこでぱったりと途絶えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ