基地
「お母さんーー!」地響きの振動と轟音で、はるかが目を覚ました。
すぐに黒田が駆け寄り「大丈夫。大丈夫よ!」はるかを抱きしめた。
天井がパラパラと崩れ落ちる、プシュー!一部のスプリンクラーが誤作動を起こして水を噴き出した。
「こわい」はるかが黒田の腕をキュッと強く握った。
「大丈夫だよ」
カップルの二人もはばからず抱き合っていた。
高利は聞き耳を立てて慎重に外の様子を伺っていた。
「止みました?」
3分間くらい無音状態が続いたので高利はそうつぶやいた。
実際、地響きと振動は6回で終わった。
それ以降は何かが近づいてくるような気配も音も感じられず、結局その地響きの正体は朝外に出るまでわからなかった。
時間が過ぎてゆき、みんなの緊張が解けたところで黒田がはるかにおにぎりと飲み物を与えた。
「少し寝た方がいい」黒田は高利とカップルにそう言った。
「なるべく奥の方でかたまって休みましょう」高利がそう言うと、全員で店の奥の方に移動した。
しかし、やはりカップルは高利たちと距離をおいたところに腰をおろして、体を楽にした。
はるかは黒田に抱えられるように横になった、高利はその二人を守るようしてすぐ横の、出入り口側に体を下ろした。「やっぱり男の子だね」黒田はそんな高利の男気を笑った。高利は恥ずかしそうに顔を伏せた。
よほど疲れていたのだろうか、こんな状況でもすぐに熟睡して、結局3時間半くらいそれぞれ休んだ。
ポポポポポン。高利のスマホのアラームが鳴り、朝5時を告げた。硬い椅子の上で寝たので身体がバキバキになっていた。気だるそうにしながらも身体をなんとか起こす。
「一応、夜は明けた時間ですが、外の様子を見に行ってみます?」伸びをしながら黒田に聞いた。
「歯を磨きたい、シャワー浴びたい、化粧を落としたい、コンタクト取りたい」黒田は急に駄々っ子のように、ふざけてそう言った。高利は笑うしかなかった。
「地下街にコンビニありましたよね、そこだったら歯ブラシセットとかコンタクトケア用品とか……」高利がそこまで言うと、黒田が続けて「メイク落としとか!あるよね!」
地下街に入ってきた時にまずこの場所に逃げ込んだのだが、初めからコンビニに避難すればよかったね、と二人は顔を見合わせた。
外からの光がどこからか入ってきているのか、地下街は昨晩ほどの暗さはなくうっすらと明るさを帯びていた。
「はるかちゃん、おはよ。大丈夫?これから歩くけど行けそう?」黒田ははるかに近づいて優しく言った。
「おしっこ、したい」
はるかの言葉に黒田と高利が反応した「私も」「僕もです」
少しだけ明るさを取り戻した地下街は、スマホのライトなしでも歩くことができた。
カップルたちは、もう少し店で休むと言ったので、高利、黒田、はるかの3人だけでトイレを目指した(あとコンビニ)。50メートルくらい歩くとトイレがあったので、男女に分かれて入っていった。
高利は用を足しながら『トイレに投げ込まれた超音波装置』のことをぼんやりと考えた。
『なんだかんだと、僕たちは運が良かったんだな』そう思った。
トイレから出ると、黒田とはるかがまだだったので、近くの階段を登ってチラッとだけ外の様子を見てみた。
「えっ」
「たかとしくーん」はるかがトイレから出てきて高利を探す。続いて黒田も出てきた。
「黒田さん!ちょっと来てください!」階段の踊り場まで降りてきた高利が顔を出して黒田に向かって叫んだ。
「たかとしくーん」はるかが高利の方にかけてゆく、黒田ももちろんついていった。
あたりを警戒しながら、3人は階段を上がりきり外を見た。
「何?あれ?」
池袋駅を中心にして周りに巨大な柱のような物が建っていた。全部で6本。
高利が近くにあるビルの階数を数えて「あの15階建てのビルとだいたい同じ高さだから40メートルくらいはありますよ」
直径15メートル高さ40メートル、円柱。表面は黒く、ところどころ構造色なのかタマムシのような色を発している部分もある。池袋駅を取り囲むように直径1kmくらいの円を描いて6本の柱が6角形の頂点位置に配置されている。
「昨日の地響きはこれを上空から地面に投下した音だったのかしら」
「そうだと思います」
「これは…………一体なんなの?」
その時、バチバチッ!と激しい音を立てて道路脇の街灯がスパークした。
「キャ!」びっくりしてはるかが身体をのけぞらす。
池袋前の道路を稲妻のようなものが幾重にも走る。
「何!?なんなの?」
3人の左後ろの方が明るく光った。
「あぁ!」
サンシャイン60(高層ビル)が異様に明るく光り、全体がスパークして稲光を放っていた!「何?眩しい!」
バリバリバリバリ!耳を貫くような轟音とともにサンシャイン60のスパークが上空に昇っていく。
ババババババ!巨大な太さの稲妻が天高く舞い上がると6つに分かれて、例の6本の円柱めがけて広がっていった。
まるでサンシャイン60から立ち上る電気エネルギーがそれぞれの円柱に流れ込んでいるようだった。
すると、今度は円柱の上部が明るく光を蓄えるように膨らんでいった。そしてMAX膨らんだ瞬間。
キュャン!
そういう音を立てて、6本の柱は宇宙に向けて凄まじい光柱を発射した。ピカーッ!っと6本の光は大気圏を突き抜け彼方へと伸びていった。
「!!!」黒田と高利はもう、あっけに取られて言葉もなかった。池袋中が眩しく光りその只中に彼らはいた。
40秒ほど光の柱を宇宙へ照射したのち、この壮大な実験のような出来事は終わった。
池袋が、嘘のように静まり返った。
「一体、何が起こったの?」
高利と黒田はへたり込んだ。はるかは黒田の首に手を回してしがみついた。
「とりあえず、地下に戻りましょう」
警戒しながら3人は地下への階段を降りて行った。
地下街を歩きながら少しずつ落ち着いてきた3人、次の目的地コンビニまで歩く道中
何かを思い出した高利は、その事を黒田にポツリポツリと話し始めた。
「また、都市伝説みたいな話しをしてもいいですか」
「またYouTuberの話?」黒田は少し笑いながら言った。
「えー、まぁ、、」
高利の都市伝説話はこうだった。
池袋のサンシャイン60の地下には巨大な空間があり、そこには変電所があるのだそう。
東京が有事の際や何かの大災害に見舞われて電力が供給できなくなった時、その変電所は稼働して非常電源として東京中の電力を賄う。みたいな内容だった。
「じゃあ、さっきサンシャイン60が稲妻を発したのも?」
「はい、おそらくその変電所が強制稼働させられて、大量の電力が柱に吸い取られたんじゃないかと」
「どこからの情報だか相変わらず謎だけど、つじつまは合うんだよね、これが……。だって昨日の夜、一度電気が全部消えたもんね。もしその時、非常電源としてサンシャイン変電所が稼働して、その電力を奪うためにエイリアンが柱を置いたとしたら」
「つじつまが本当に合いますね」高利は相変わらず真面目な顔でそう言う。
黒田は高利の事を、ピュアというか、ほんとに純粋というかうらやましくもあった。すぐ信じちゃうのも危険と言えば危険だけどね。
3人はようやくコンビニに着き、それぞれ必要なものをいただいて、高利と黒田は財布を取り出しレジにお金を置いて、その場を離れた。
3人は、カップルのいる場所にはもう戻らず。地上に出ることを決めた。
そう、北に移動をしようと考えていたのだ。それに自分たちといるとカップルを戦闘に巻き込んでしまうと思ったからである。
高利はコンビニで入手したものを入れた大きめのレジ袋を左右に抱え、トントンと地上への階段を上がっていく。
黒田は片手にレジ袋、もう片方の手ははるかの手をしっかりと握って地上へと踏み出した。
幸い、辺りにエイリアンの気配は全くなかった。高利は車道をどんどん進み一台の車に近づいてゆく。
さっき稲光を見た後で、周りの様子を伺っていた。その時に目をつけていた車だった。
どうしてその車にしたかというと、窓が半分空いていたからだ。高利はレジ袋を一旦地面に置いて、その車の窓から手を差し込みドアを開けた。黒田はとりあえずその車の中にはるかを押し込んだ。あとはキーを探すだけなのだが。
「普通は運転手が持ってる場合が多いよね?でも最近のはキーレスエントリーだから運転席のこの辺に…………」
黒田がハンドルのそばを手探りすると、本当にキー置き場のような凹みのところにキーが置いてあった。
「やりましたね!」
「うん、ガソリンも半分ちょっと入ってるし!」
「おぉー!」
黒田が運転席に、高利は後部座席にはるかと一緒に座った。
「いくよ!」黒田はそう言うとイグニッションボタンを押した。ドルン!ドッドッド…………エンジンの小気味好い音が響く。その音を聞いて、全員が安全な場所に行けるチケットを手に入れたような気がした。
車は滑らかに走り出し、車がひしめき合っている大通りを避けて脇道に進入した。
「例のWi-Fiって、ナビも出来るのかな?」黒田が東京の道に慣れていないせいもあって高利に聞いた。
「やってみますね、ただGPSの衛星は破壊されてるって掲示板に書いてあったからなぁ…………あ、やっぱりナビはダメですね」
高利はうらめしそうに空を眺めた。
「あっ」
「ん?どうかした?」
「黒田さん、ちょっと車を止めて上を見てください!」
黒田はその場で車を止めて空を見た。
いわゆる青空に白い光のUFO、あのよく動画で見るタイプのUFOが空一面に、大量に飛んでいた。
ざっと数えただけでも500機はいると思う、というかほんとうに空を埋め尽くすほどの数。
「これって……あの、例のエイリアンの大量移民って、年末じゃなくて。……やってきたんだよ!もう。こんなにたくさん、あの6本の柱から放たれた光は、この大量のUFOに向けた合図とかエネルギー供給とかそういうものだったんだよきっと」高利は誰に対してとかではなく”絶望”に向かってその言葉を発しているかの様だった。
「こ、このまま走ってると空から見たらきっと目立って見えるよね」黒田はブルブルと振るわせながらハンドルからそっと手を離した。
3人は車を放棄して、ビルの陰つたいに移動しながら空の様子を伺った。
高利と黒田はこの光景を見て瞬間的に思った、この大量のUFO全てがもし敵というならば自分たちが持っている装備なんかでは到底太刀打ちなんかできやしないと。
南の地平線から何か数本の白い煙の様なものが上空に昇っていく。「ミサイルだ!」
自衛隊のパック3の様な地対空誘導弾がUFOに向かって放たれたのだろう、遠くの空でそれらが爆発する音が聞こえた。UFOに被害を与えられたのかどうかまでは、ここからでは見えなかった。
「これは、日本全土から見えている光景なの?東京だけ?」
黒田がそう言うのを聞いて、高利が例の掲示板を検索した。
世紀末おじさんのサイトは、人々の絶望的な阿鼻叫喚メッセージで埋め尽くされていた。
「あぁ、ヤバい。いろんな地域の人がUFO大量飛来の事を書き込んでいます。長野の入笠山に避難している人も今見ているそうです。北海道の人も、この人は香川、熊本、長崎……あぁ、沖縄もありました、千葉では巨大UFOと大量のUFOがランデブーしているという書き込みもあります」
それを聞いて、何かが心の塊を溶かしていく。黒田はしゃがみ込んだ、そして小さなはるかの体にすがりついてしまった。「も、もう、無理じゃん」黒田の頬を涙が伝って落ちる。
「だいじょうぶ」そんな黒田をはるかの手が優しく撫でる「だいじょうぶ」
黒田ははるかに撫でてもらいながら、ひとしきり泣いた。
北に逃げるという線はなくなってしまった。
もう日本に逃げる場所などないのだ。そう確信する。ビルのロビーのようなところに逃げ込んで座り込む3人。
外ではまたパック3の攻撃の音が続いている。
「今の私たちの望みは、RRTLが敵の戦力を上回る力を得て、この状況をひっくり返してくれる。っていう事くらいよね」
それに頷きながら高利はスマホの掲示板情報をどんどん更新して見ていた。
「今、英語圏の掲示板を翻訳しているサイトを見ていたのですが、アメリカ軍の第7艦隊がインド洋沖でUFOをかなり撃墜したとか、ハワイの太平洋空軍も20機以上の敵を撃墜したとか」
「ほんと?それはすごいね!」黒田も自分のスマホに目をやった。はるかもそれを覗き込んだ。
「高利くんが今見てるサイトのURLもらえる?」
「わかりました、エアドロで送ります」
高利がサイトのアドレス情報をエアドロップで黒田に送った。
「ほんとだ、英語圏の方が当たり前だけど情報が多いね!」そのサイトではアメリカやイギリスなどから発せられた情報が、リアルタイムで翻訳されていた。
「ねえおねえちゃん、このマークってなあに?」はるかが黒田のスマホの画面を覗きながらそう言って指差した。
「ん?」黒田も高利もまったく気づいていなかったが確かにどのページを開いても、画面右下にうっすらと何かロゴマークのようなものが、本当にうっすらと表示してある。言われないと気づかないほどだ。
「なんだろうね?」黒田が何気なくそのマークをタップしてみる。
一瞬マークは押されたアクションをしたが、特に新しいページが開くわけでもなく、何も変化がなかった。
「なんだろうね?こういうデザインなのかな?」
特に気にせず、英語圏の掲示板をスクロールして閲覧していた。
10秒後、ある書き込みを見て黒田は心臓を握りつぶされた。
「ページの右下のマークには絶対に触れるな!今の場所を特定されるぞ!」
「えっ」
ビルの外が一瞬暗くなる。30メートルUFOが音もなく降りてきた。
「きゃあ!」はるかが悲鳴をあげて黒田の背中にしがみつく。
ドドドドドドド!サッチ弾がロビーに撃ち込まれる。高利のバンパーが球を弾く。
黒田は体を硬質化して、背中にいるはるかを守った。
UFOは、下部のハッチのようなところから水色の何かを投下した。
ドサッ!地面に着地するとそれはグネグネとよじりながら形を変えていった。そして水色の物体は5メートルくらいのイモムシのような形態となって真っ直ぐ3人に向かってきた。