二人の装備
内閣官房長官の会見が開かれて、UFOについての説明が語られたのだが
もはやネットも繋がらず、地上波、衛星放送ともに放送網の断絶があり(放送塔や基地局の破壊による)、唯一受信できたのがラジオの短波放送だけというのが現在の状況であった。
横浜港に寄港していたアメリカ海軍空母”ジェラルド・R・フォード”によって、日本に駐留していたアメリカ軍の兵隊の9割がアメリカ本国へと帰っていった。日米安保もこの状況では機能せず、日本を守ってくれるアメリカの兵隊はいなくなった。
本日の朝9時過ぎに始まったUFOの奇襲攻撃により現在夜20時までの間に世界は人口の3割を失った。
中東では一部の地対空兵器が功を奏し、UFO2機を撃墜することに成功したが、その後、その兵器ごと都市は壊滅させられた。
アメリカ軍も、新鋭戦闘機や対空制御ミサイルを用いてかなり善戦していたが、初期の報道によりUFOと同盟を結んでいるのがアメリカ軍の一部の人間だと言うことが知らされると、民衆からの突き上げや軍内部の心理的要素により段々と戦果は悪い方へと傾いていった。
何より世界的な通信の遮断により次第に最新鋭の武器が使えなくなったり、精度を削られ、上手く運用ができなくなっていた。
GPSやその他の通信のために必要な人工衛星は全てUFOにより取り除かれ、スターリンク衛星も宇宙の彼方へと葬られた。その代わりにUFOが地球の大気圏内にドローンを数十機飛ばし、新しいWi-Fiシステムを構築していった(これは人間が使用するためのものとして)
アメリカ、ロシア、中国、フランス、インド、日本、イギリスなどの主要国実務者協議が内内でスケジュールされていった。もはやネット会議ができないのだから、擦り合わせて現実に会って会合をするしかないので、その日程や場所などが吟味された。
高利と黒田は池袋に着いた。
別にここが目的地ではないのだが、普段運動もしない高利にとっては”かなり歩いた”という謎の達成感があった。
二人は、もちろんダメもとなのだが、東京から郊外へ行く電車はもしかしたらまだ動いているのかも、という淡い期待を持って池袋に来たのだ。
自分たちが感じた、東京はもうヤバいという体験から、関東以外だったらまだ安全なのではという妄想を抱いていた。が、池袋駅の中に入った途端その考えがどんなに甘かったかを思い知った。
駅というものが、もうその形をとどめていなかった。何か大きな、、例えばトンネルを掘るときの大きなドリル(シールドマシン)のようなものが通ったように、がっぽりと穴が貫いており、もはや交通の拠点という役目は果たせそうになかった。
「うわぁ、、ひでぇ」高利はその光景を見て青ざめた。
「こんななのに、誰もいない、倒れている人すらいない、不気味」黒田が絶望的な表情で目を伏せた。
崩壊した駅を後にして道路に出る二人、池袋にたどり着くまでに話してきたことは、黒田の実家は九州なので遠すぎる、とりあえず高利の実家である埼玉まで避難しようというものだった。
黒田は免許を持っているので、自動車さえあればなんとかなりそうだが、池袋でも道路の交通は機能していなかった。自動車を捨てて行ったのかドライバーのいない車が溢れ道路を埋め尽くしていた、それにしても相変わらず人がいない。どういう事だろう、あの黒い物体が人間を根こそぎネットで捕らえていったという事か。
「キーの付いている車があったら、拝借しちゃおうか?」黒田はそう言うと道路を埋め尽くす車たちの方へと歩いて行った。高利も後に続いて「ガソリンもたくさん入っている方がいいですよね?」そう言って車を調べて回った。
明らかに前後を車で塞がれて動き出せないようなやつは無視して、何台かの車を物色していく二人。
その時、黒田が何かの違和感を感じて警戒モードに入った。
「どうしたんですか?」高利が黒田に近づく。
「何か動いた気がした」黒田は一台のセダンを見つめてそう言った。
「逃げますか?」高利はひんやりとした汗を拭い、黒田の顔を覗き込んだ。
少しずつセダンに近づいてゆく黒田、後ろからついて行く高利。まさにセダンの後部座席に動く影があった。
「誰かいますか?」黒田はセダンのドアノブに手をかけて尋ねた。
高利の顔を見て目線をくべると、ゆっくりとドアを開けた。「キャァー」中には8歳くらいの女の子がいて、怯えた顔で叫んだ。
「大丈夫!大丈夫」黒田は怖がらせないようにゆっくりと女の子に近づいてゆき、その手に触れた。
銀色のアメーバに全身を覆われていたので、女の子はかなりの恐怖を覚えていたに違いなかった。
2分くらい経つと、女の子も落ち着きをみせて車からゆっくりと降りてきた。
「お名前は?なんていうの?」黒田が目線をうんと下げて聞いた。
「はるか」
「はるかちゃん、お父さんとかお母さんは?どっか行っちゃったかな?」
女の子はうんと頷いた。
「そっか、怖かったね。もう大丈夫だよ!お姉ちゃんたちと一緒にお父さんとお母さんを探そっか?」
黒田がそう言って女の子の肩に手をやると、はるかは頷いた。
黒田がはるかと話している間に、高利は良さそうな車を1台見つけた。
「黒田さん、これ良さそうです!」高利が手招きすると、黒田ははるかの手を取って歩いてきた。
その後ろに急に音もなく黒い物体が現れた。
「うわぁ!またあいつだ!黒田さん!後ろ!」そう言うが早いか、高利の背負っているバックパックが起動してガンノズルが黒い物体目がけて金属球を発射する。ドッドッドッ!
黒い物体の表面がところどころ凹む。怒ったのか動揺したのか黒い物体は急に動きを早めジグザグにこちらへ向かって来た。
黒田があと少しで高利の元に辿り着く、その腕の中にははるかを抱えていた。真後ろには黒い物体が迫る。
高利は黒田と黒い物体の間に割り込みガンノズルからの攻撃を続ける!「わぁーーーー!」怖くて恐ろしくて彼の顔は泣きそうになっていた。
黒田は車の中にはるかをおろすと、振り返って黒い物体に向かい合った。
「高利くんこっちに逃げてきて!」その時、黒田には不思議な光景が見えていた。
黒い物体から発射された複数の金属球がハッキリと見えた。それがこちらに飛んでくる、まるでスローモーションのようだ。
高利の胸からは四角い金属が発射されるのも見えた。四角い金属は確実に敵の球とぶつかり相殺していった。すごい技術だと黒田は感心した。
何より全てがスローモーションに見えていることに驚いた。『これもアメーバの力なの?』
実際そうだった。アメーバは鼻から黒田の脳に侵入して、今この状況に必要な脳の部分を最大限に活動させ、それ以外の機能を低下させた。(交通事故などにあった時、物事がスローに感じるのと似ている)
黒田に向かってくる球もしっかりと見えていた。顔に向かってくるそれを右手の平で受け止める。手の平は硬質化されておりダメージなしで球を掴むことが出来た。
「ヤバい、すごい!」黒田は自らがまとっているアメーバの凄さを実感した。
高利もかなりの攻撃を黒い物体に喰らわせていた。黒い物体の表面はボコボコになっていた。
しかし高利の表情は恐怖におののいている。このような戦闘は初めてなのだから仕方ない。
黒い物体はたまらず上空へ一度避難した、そして例のネットを垂らしてきた。
「わぁ!」どういう原理かはわからないが、高利はなぜかネットに引き寄せられた。
このままだとネットに絡め取られてしまう。
「高利くん!」黒田が思わず助けに走る。早い!走るスピードが恐ろしく早かった。
『ねぇ、このアメーバって、自分を守るだけなの?攻撃する武器とかはないの?』黒田が一瞬そう考えると
右手のアメーバが伸びて剣のような形に変わった。見た瞬間に鋭利で切れそうだというのがわかった。
「すご!」そう言いながら黒田はネットに向かってその剣を振り下ろした。
見事にネットは粉々に切り裂かれ、高利は絡み取られずにすんだ。
黒い物体は一度上空に上がると、今度は勢いよく落下して体当たりをしてきた。
「危ない!」黒田がすごいスピードで高利を抱えて移動する。ドスン!黒い物体が高利のいた場所に激突する。
「ありがとうございます」高利は涙目になっていた。
黒い物体は再び上空へと舞い上がる、するとその上空には30メートルのUFOが待ち構えていた。
「えっ?いつの間に?」
UFOはサッチ合金の球を大量に打ち出す。ドドドドドドド!そこらじゅうのアスファルトに穴があき土埃が舞い上がる。
黒田は身体中を硬質化して球を弾き、高利はバンパーから発射された四角い金属に守られていた。
「あっ!」黒田が思い出したように声を上げた。
「はるかちゃん!」
UFOのサッチ弾は、はるかの乗った車をも貫いていた。
「ヤバい!」高利が車に近づく。
ドドドドドドド!第2波のサッチ弾攻撃が容赦なく降り注いだ!はるかの乗った車は文字通り蜂の巣になっていた。
「はるかちゃん!」黒田は高速移動して車に近づきドアを開けた。
車内にはるかはいなかった、いや、正確に言えば車内にいるのだが誰の目にも見えなかった。
「はるかちゃん?」あっけに取られていると、黒田の脳内に侵入しているアメーバが黒田に話しかけてきた。
『この女の子はRRTLからある錠剤を受け取ったのだ、危険な時に飲むようにと。今その錠剤を飲んでいるのだ』
黒田と高利に装備をくれたように、RRTLははるかにもある薬剤を与えていた。
その薬剤を飲むと、身体中の原子の存在があやふやになり、人という実体をとどめなくなる。
他のどの物質も体を通り抜け(もちろんサッチ弾も)何にも影響を受けなくなるのだ。
しかし、不思議なことにはるかは言葉を話せるし、考えることや動くことも出来た。
「お姉ちゃん」はるかは少しかすれるような、幾つもの音が重なるような声でそう発した。
「はるかちゃん!よかった!」黒田ははるかを抱き寄せようとしたが空間を素通りしただけだった。
30メートルUFOは一旦黒い物体を回収すると、黒田に向かって急加速してきた。
「黒田さん逃げて!」髙利が叫んだ。
黒田は瞬時に全身を硬質化したが、UFOに正面から突っ込まれ20メートルは弾き飛ばされた。
「うっ!」全身をアメーバに守られているとはいえ、激しく地面に叩きつけられたショックは黒田の脳を揺さぶった。一瞬、意識が揺らぐ。
フラフラと立ち上がったが、UFOの2回目の突撃がすぐに襲ってきた。
「このぉー!」髙利のガンノズルがUFOを横から撃ちつける。ドドドドド!しかしUFOはそのまま黒田へ突っ込んでゆく。
「黒田さん!」
その時、ユラユラとした人影がUFOの前に飛び出した。
「やめて」身体がモヤのように透けているはるかだった。はるかは一瞬実体化するとUFOの突撃をモロに受け止めた。
その時、はるかに触れたUFOはその勢いのまま溶けるように粉々になっていった。
はるかに触れる前のUFOはその形をとどめているのに、はるかに触れた後は細粒のようになって通り過ぎる、まるでそういうCGを見ているようだった。
黒田の目の前に届くころには全てが微粒子のように散り散りになって、風に乗って舞散っていった。
「は、はるかちゃん?」
はるかの物質を原子まで戻して曖昧にする力が、UFOに直接注がれたのだろう。黒田はそう理解した。
髙利がはるかの元に駆け寄った時には、はるかは完全に実体化してその場にバタンと倒れた。
「はるかちゃん!」髙利がはるかの身体を抱き起こす、もう揺らぎはなくきちんと触れた。
そこに、ヨロヨロと黒田も近づいてくる。
「黒田さん、大丈夫ですか?」はるかを抱き起こしながら黒田の心配もする忙しい高利。
二人のそばでへたり込む黒田。
「はるかちゃんは、、大丈夫?」
「はい。ものすごい事をやったので消耗して眠ってしまったんだと思います。呼吸は落ち着いています」
「そう、、」黒田はなんとか四つん這いで近づくとはるかの手をそっと撫でた。
「はるかちゃん、すごいよ、、あんなの、やっつけちゃうんだか、、ら」黒田は息も絶え絶えにそうつぶやいた。
3人の初戦は辛くも勝利。そんな感じだった。
いつの間にか辺りはすっかり暗くなっており、街灯は点いているものが2割、点かなくなったものが8割といった感じで。
だから、いつもの東京の夜よりもかなり暗かった。
髙利は、はるかを抱え、ようやくしっかりしてきた黒田と共に池袋の地下へと潜っていった。
もし、夜攻撃を受ける可能性があるのだったら、地下の方が何となく有利だと考えたからである。