始まった戦い
スマホのアラートが突然鳴った。
今までに聞いた事が無いメロディで、しかもかなりの爆音。心拍数が跳ね上がる。
電車内のたくさんの人達のスマホが次々にその爆音を轟かせた。
「なに?」「なにこのアラート?」乗客たちが騒然とする中
高利はスマホのニュースアプリを開いた、だがまだ何も上がってきていなかった。
一度鳴り止んだアラートが再び大きな音をたて、次に感情のない機械音声が流れてきた
「これは訓練ではありません、これは訓練ではありません。急いで建物の中に避難してください。地下に避難してください。繰り返します。これは……」
電車内が悲鳴で埋め尽くされた、誰かがレバーを引いたのか緊急ブレーキがかかり、ゆっくりと電車が止まった。
池袋と目白の間の高架橋の上、乗客たちは扉を手動で開けるために緊急開閉レバーを下げ、扉をこじ開けた
駅のホームと違って扉の外はかなり地面までの高さがあった。「押すな!」入り口付近にいる乗客が後ろから押され危うく地面に落下しそうになった。
「あれ何?」乗客の女性が遠くのビルの隙間を指差して叫んだ。
「うそ!」「UFOじゃん!」
500メートル先のビルの間にゆらゆらと浮かんでいるのは、まさしく典型的なUFOだった。
見ている間にUFOの周りの地面から土煙が上がっていく、そして悲鳴
高利もなんとか電車から降りて、その光景を食い入るように眺めた。
「なにが起こってるんだろう?」
今日は代々木にある美術予備校に授業を受けに行かなければならなかった、こんな状況でもそのことが心配になってしかたなかった。
ジャリジャリと線路脇を歩いていく乗客たち、もう少ししたら目白に着いたのに誰がブレーキなんかかけたんだろう
そんな事を思いながら高利はスマホのニュースアプリの更新ボタンを押した
「UFOの襲来!全世界で!」そんな嘘みたいな見出しがデカデカと画面を埋め尽くしていた。
「マジかよ」高利がスマホ画面をスクロールしようとした時、前方の方で何かが起こった
ドドドドドドドッ!
「何?なんだ?」
その音と同時に高利の20メートル先を歩いていた乗客たちが、次々と倒れていった。
「えっ?」
高利はいったい何が起こったのかわからずにいた
「危ない!」後ろからそう声がしたかと思うと、スーツ姿の女性が高利に覆い被さりながら前へと突き飛ばした。
ドドドドドドドッ!
さっきまで高利が立っていた場所に黒い穴がいくつも開いていた。
「痛っ、、」高利は前から砂利に飛び込んだので、肘を擦りむいていた
「大丈夫?」その人は高利の上に乗ったまま尋ねた
状況をやっと理解した彼はスーツ姿の彼女に頭を下げた「あ、ありがとうございます」
「逃げよう!」
二人は目白駅のホームの脇にある階段を降り、金属柵を乗り越えて一般道に出た。
「君はどこに行くの?」
女性は早歩きしながら高利に聞いた
「代々木です、あ、西島高利です」二人はキョロキョロしながら今起こっていることを確認しようとしていた。
「私は、黒田……黒田マリナ」
大通りでは車のクラクションが途切れなく鳴っていた
「代々木には何しに?」
「美術予備校の授業があって、でも遅刻しそうですこれじゃぁ」
黒田マリナが立ち止まって言った
「えっ!こんな状況で……授業に行くつもり?」
僕はキョトンと彼女の顔を見てしまった……と、
突然大きな影が二人を覆った
頭上を見上げると、直径30メートルはある円盤が音もなく動いていた
そして、さっき高利たちがいた線路の上まで滑るように進んでゆき止まった
高利は唾を飲み込んだ。
UFOはさっきの電車の乗客たち、そう、線路に倒れた人たちをマニュピレーター(マジックアームのようなもの)で次々とUFO内に回収していった。
「高利くんこっち!」
黒田マリナが高利の袖をひっぱり、ビルの影に隠れた。
「UFO……ですよね?」
「あれは、紛れもなくUFOだね」
変な会話だと高利は思った、そして「なにをしてるんでしょう?」
黒田マリナがiphoneを取り出しカメラでズーム撮影をした
マニュピレーターが器用に人を掴み、引き込んでいく様子が撮影できた
「人間を回収してるみたい」
「あれは、何にやられたんでしょう?レーザービームとかじゃなくって音もなくドドドって何か飛んできた」
「そうね」
UFOはひとしきり回収し終わると、あっという間に上空に消え去った。
「私は新宿に行く。タクシー……は、つかまらないか」黒田マリナはおろしていた髪を後ろで一つにまとめながらそう言った
「はい」
高利はそう答えると地図アプリで方向を確認する。
「電車、もう使えませんよね」
「無理だと思う」
黒田マリナは自分の足元を気にしながら高利に聞いてみた
「ねぇ、代々木までけっこう距離あるよ。途中の新宿まで一緒に行く?」
「あ、はい!ありがとうございます」
「一人だと心細いもんね」
「……はい」
黒田マリナはキョロキョロと辺りを伺ってから大通りの方に歩き出した
「ごめん、出発する前にちょっと寄り道させて!これさ、低いとはいえヒールがあるんだよね。どこかでスニーカーを買いたい」
「わかりました」
クラクションがどんどん大きく聞こえる『こんな時にクラクション鳴らしても仕方ないんじゃ……』そう高利が思いながら大通りに出てみると
そういうことか、と状況がわかった。
大通りの手前側の車線には20台くらいの車が玉突き状態で煙を上げていた。
横転している車もあって、へしゃげた車からクラクションが響いていたのだ。
「ひどい」
黒田マリナが思わず声を上げた。
事故に巻き込まれた車の搭乗者たちが道路に佇んでいたり、うずくまったり、逃げ出したりしている。
うんと遠くで救急車のサイレンが聞こえるが、ここにくる感じではない。つまり他の場所でも同じような光景が広がっているのだろう。
黒田マリナが近くにあった無印良品に入って行ったが、どうやら店員さんもいなく、シャッターも半分閉じかけていた。
ササっと自分のサイズのスリッポンを選ぶと、一応誰もいないレジに行き3,000円を置いてきた。
「お釣りはもらえないけど、まぁ仕方ない、よね」
黒田マリナは道路脇のコンクリートブロックの上に腰をおろし、ヒールのついた靴を脱ぐとスリッポンに履き替えた。
「本当は紐靴の方が良かったんだけどなぁ」
脱いだ靴をバックに詰め込みながら高利の方を向いて
「ねぇ、これ、かなりやばい状況じゃない?」
「そうですね」
そういうと黒田はスマホを取り出し、どこかへ電話した。
それを見て高利も思い出したように自分も実家の両親に電話をかけた
「現在、回線がつながりません、後ほどおかけください」
父の携帯、母の携帯に2回ずつかけたが同じだった。
黒田も何ヶ所かにかけてみたようだったが不発に終わったらしい。
「ダメだね」
「さっきからネットにも繋がらなくなっちゃってます」
高利もコンクリートブロックに腰を下ろした
「日本絶滅するんですかね」
「ヤバいね」
遠くに新宿のNTT docomoタワーが見える、その横をUFOが5機通り過ぎていく
「宇宙人、ってことですよね?」
高利はそれを動画におさめながら黒田に聞いた
「わかんないけど、そうかもね」
高利は動画を保存し終わると「新宿の方、やばそうじゃないですか?」
「だね、やられるね絶対」
高利が今撮った動画をアップにして見ながら「お仕事だったんですか?新宿」
「うん、仕事。今日プレゼンだったんだー!初めて任されたプロジェクトでね!うまく行きそうだったのになぁー。でも日本が壊滅したら、そんなの吹っ飛んじゃうよね。あーあ。」
どちらともなく立ち上がった。
「これからどうします?」
「とにかく、情報が欲しいよね」
「そうですね」
二人の耳にジェット機の音が聞こえた。しかも1機2機ではなさそうだ
と見る間に上空をジェット戦闘機が複数機通過していった
「自衛隊!」新宿の方に飛んでゆく戦闘機
「UFOを撃ち落とせるのかな?」高利がそう言った時、猛スピードで戦闘機を追いかける機体が上空を横切った
「何?あれ、早い!、ドローン?」
あまりにも早くて機体の形状はよくわからなかったが、確かに言われてみれば飛行機タイプのドローンだったような。
遠くの方でドローンが何かを発射した、それらは前方を飛ぶ自衛隊の戦闘機向かっていく
わずか数秒で自衛隊の戦闘機は粉々になって吹き飛んだ
「えっ!あのドローンも敵?」ドローンが飛行機をさらに追尾していく
それ以上はビルの向こうに消えていって見えなかったが、爆発音だけが何回か轟いた。
「高利くん、とりあえず逃げよう!」
「はい」
「たぶんだけど、東京を離れた方がいいのかも!」
「そ、そうですね」
二人はとりあえず新宿とは真反対の方角へと走り出した。
走っていく前方の上、何かが降り注いできた、いや、至る所に上空から雪のようにたくさん降り落ちてきた。
「えっ?触ると死んじゃう、とか?」
二人のところにも雪のように舞い落ちてくる白い破片。それは紙だった、肩に当たり、頭に当たり、でも死ぬわけではなかった。
4㎝角のその紙には何かが書いてあった Wi-Fi DOMOGarus
「Wi-Fi?」
高利が不思議に思ってスマホの画面をみるとWi-Fiの候補の一つに”Wi-Fi DOMOGarus”が表示されている
「何、これ?このWi-Fiを使えってこと?」
「そうみたいですね」
「怖いよこんなの」
「でも、今唯一の情報かも」
高利は震える指で、そのWi-Fiにスマホを繋いでみた
”現在地情報を取得しています”「日本語だ」
その後も画面には全て日本語で表示されたコンテンツが出てきた
『ZASSLより日本の皆さんへ』ページの表題はそれで始まった。
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1947年アメリカニューメキシコ州ロズウェルにUFOが不時着した。
それは我々の同志たちがこの地球にやってきた最初のステップだ。
アメリカ軍はこれを回収したのち、第2、第3のUFOを受け入れた
それは1950年までに行われた。
その頃までには地球人は同志たち『これ以降はニュートリートメントと呼ぶ』とコミュニケーションが取れるようになり、彼らが地球に来られるような環境を整えていくと約束した。
1960年代までに第12のUFOを受け入れ、彼らのために月面基地を作る援助をすることを決めた。
ニュートリートメントたちは1965年には月面裏に中継基地を建造。アメリカもその約束の一つとして
月への有人飛行計画を行い1969年にそれを成功させた。
ニュートリートメントたちはその後、母国星より第36UFOまでを月に送って、月面のニュートリートメントの人口は2,500人にのぼった。
アメリカは彼らのUFO製造の技術をわずかばかり享受させてはもらったが、肝心の推進機関の部分までは
2,000年になってもニュートリートメントから教えてもらうことはできなかった。その技術があれば
人類も惑星間飛行が可能になるのだ。
そんな中、軍の一部の派閥が極秘にニュートリートメントと密約
ある条件と引き換えにUFOの推進機関情報を共有することとなった。
その軍の一部の人間とニュートリートメントが共同で作り上げた機関が”DOMOG”
ある条件というのが……
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「というのが、2年前に”都市伝説YouTube”で囁かれていた噂です。」
自動販売機で高利はオレンジジュース、黒田はカフェオレを買うと、腰を下ろして喉を潤した。
「で、その軍の一部の人間が出した条件が……」黒田は少し茶化し気味に言った。
「はい、人間を狩ってもいいという」高利は意外と真面目に答えた。
「人間を狩って、どうするの?」
「YouTuberの話では、ニュートリートメントの食事は本来合成されたタブレットのようなもので良かったらしいんですが、地球や月で暮らすようになるとタブレットだけでは体を維持できなくなってきたらしくて」
「人肉が必要になったって?牛とか豚じゃなくて?」
「はい、それはどうしてかというと、人類が食べるだけじゃなくニュートリートメントにまで家畜を差し出すと、数年で地球上から食べる肉がなくなってしまうという計算があって。それで人間の肉を」
「そんなに食べるの?彼らは」
「今は2,500人くらいしかニュートリートメントがいないからそんな事にはならないらしいんですが、今年の末にニュートリートメントの大移民団がやってくるらしくて」
「どこ情報なのよ?そのYouTuber!」
「その、軍の一部の人間とニュートリートメントが一緒に新しい国家を築いていくっていう話らしいです」
「その国家の名前がさっきWi-Fi繋げたら出てきたページの?」
「はい『ZASSL』だと」
「なんかつじつまは合ってるね」
二人の横を通っている国道は、もはや機能していなかった。おそらくあちこちで事故が起こりすぎてまともに車が通れないのだろう。
しかし、新宿の方からエンジン音が近づいてくる、バイクだ
バイクは車の間をスイスイとすり抜け、二人から10メートル離れた場所に止まった。乗っていた男性がヘルメットを外し降りて歩き出した
どうやら自動販売機で飲み物を買いたいらしいのだが、IC決済ができずに困っている。
高利が近づいていって200円を差し出して「どうぞ」と言った。
「ありがとう、めちゃくちゃ喉が渇いて!」
男性はライダーズグローブを口で器用につかみ取ると、小銭を自動販売機に流し込みビタミン系のドリンクを購入した。
律儀にお釣りの20円を高利に渡すと一気に飲み干した。
「あのぅ、新宿の方から来たんですか?」
「ん?ああ、ちょっと迂回してきたけどね」
「どんな感じなんですか?新宿」
「うん、あぁ。俺も、誰か助けられたらよかったんだけど、逃げてくるのが精一杯で」
黒田が後ろから話に入ってきて男性に尋ねた
「東宝の、ゴジラの映画館の方はどうでした?」
「ごめん、そっち側は通ってないんだ」
「そうですか」
男性はバイクに戻ろうとする、その動きについていきながら高利はもう一つ質問をした
「みんな、どうやってやられてるんですか?」
男性はぴたりと足を止めて
「静かなんだよ、きみが悪いくらい。UFOだって音がしない、レーザービームとかを打ってくるわけじゃない。音もなくこれを発射してくるんだ」
男性は胸ポケットから直径1㎝くらいの黒い球を取り出して見せた
「鉄なのかな?なにかの金属でできたこの球を撃ってくるんだ」
「人肉を壊さないで食べるため?」黒田がそう言った
男性は何のことかわからない感じで球をポケットに戻すとバイクにまたがった
「君たちも早く何か乗り物に乗って逃げた方がいい」
そう言うと、ライダーはエンジンをふかして走り去っていった。
高利はバイクが小さくなるまで見つめていたが、ふとあることを思った。
黒田とともに歩いてきたこの国道沿いの道、ほとんど人に会わなかった。車の事故で右往左往している運転手くらいしか、なぜだろうか?
その答えは5分後にわかる事になる。
黒田とともに何か乗り物がないものか探していた高利、そして二人同時にあるものを見つけた。
シェアサイクルの電動キックボード。顔を見合わせた二人
「利用してる?」「使ってますか?」お互いが目を合わせて聞いた
3台の電動キックボードが停まっているステーションを見つけて走った。
しかし、高利がスマホをポケットから取り出した瞬間に気づいた。「スマホがネットに繋がってない、キックボード使えないか……」(先ほどの”Wi-Fi DOMOGarus”には一瞬繋いだものの、個人情報を抜かれそうなのですぐに解除したのだ)
案の定、ネット上のID確認をしないと電動キックボードは使えなかった。
「そっか」黒田も肩を落とした。
その時、正面のビルの影から黒くて大きな何かが出てきた。
音もなく動くその物体は明らかに地球のものではなかった。
「黒田さん……」なぜか分からないが、恐怖のあまり高利の動きがゆっくりになった。
「高利くん、こっち、この中に隠れよう」黒田が目の前の自転車屋さんの店舗を指差す。
二人でそろりそろりと店に隠れようとした時、ビルの向こうで動きがあった。
ガリガリガリ。アスファルトを削るようにして走ってくる装甲車。
「自衛隊だ!」高利が何か希望を見つけたような声を上げた!
装甲車は走りながら激しい発射音を立てて機銃を放った、ダダダダダダ!連続した破裂音とともに弾丸が黒い物体目がけて飛んでゆく。
曳光弾が光りながら黒い物体に弾かれて消えていくのが見える。
黒い物体は少しも動かず、機銃の弾丸を弾き返しているのだ。
装甲車と並列するように、自衛隊の隊員が10人ほどロケットランチャーや、機銃を装備して黒い物体に近づいてゆく。
黒い物体はゆっくりと彼らに向かって動き始めた。
「てーー!」発令とともに、隊員たちは攻撃を開始した。
黒い物体はどんどん自衛隊に近づきながら5メートルほど上昇して何かを垂らした。
高利のところからは遠くて細かい部分は見えなかったが、何かネットのようなものが黒い物体の下から出てきたようにみえた。
10人ほどの自衛隊員たちは、みるみるとそのネットに絡め取られてゆく。そして、そのまま引き上げられると黒い物体の中に吸い込まれていった。
隊員たちを撃ってしまう恐れがあるためか、装甲車は攻撃をピタリとやめて黒い物体から距離をとった。
「あの黒いやつも人間を捕まえるのか!」
「この辺の人たちはみんなあいつに捕まった?」
自転車屋さんの中から様子を伺っていた黒田と高利は何かに気づく。
すぐ目の前の上空に、また30メートルのUFOが来ていたのだ。
UFOは少し高度を下げると、黒い物体に近づき、それを回収した。
「やっぱり仲間だったんだ」
高利が身を乗り出してUFOを見ようとした時、不意に自転車のベルに触れてしまった
「チリン!」
「あっ!」
二人は思わず「ヤバい!」と冷や汗を垂らしたが、このくらいの音で気づかれるものか?そうも思っていた。
150メートルは離れていたUFOだったが、確実に動きを変えてこちらに向かってきた。
「ヤバい!逃げよう!」
黒田と高利は自転車屋さんの奥に入ってゆき、裏口から逃げようと思ったがドアの向こうに何かが置いてあって開かない。
「ドアの向こうは廃棄自転車置き場みたいで、ドアが開かない!」高利が焦ってそう言う。
「使っていないドアなのね!別の出口を探しましょう!」
そう言っている間にUFOはみるみる近づいてきた。そして音もなくそれが発射される。
カンカンカン!ドドド!カカン!また、人殺しの金属球が大量に撃ち込まれ、店内に置いてある自転車たちを破壊していった。
「きゃあ!」幸い、自転車たちが盾となってくれたおかげで、二人のところまでは球は届いていないが、UFOが更に近づいてくるので時間の問題だ。
「高利くん!奥に入って!」
「黒田さんもこっちに!」
UFOがわずか10メートル先まできた。
その瞬間
UFOが音もなく粉々になって地面にバラバラと崩れ落ちていった。
「えっ?」「なに?」
黒田と高利は目を丸くした。
粉々になったUFOの上から二回り小さい別のUFOが降りてきた。
音もなく地面に降り立つと、その小さいUFOからゆっくりと人影が出てきた。
明らかに人間とは身長も体格も着ているものも違うその人影は、誰が見てもエイリアンだった。
背丈は2メートルくらい。流線型のヘルメットのようなものを頭に着け、身体には水色のスーツ(おそらく戦闘服)をまとい、右の腕には武器のようなバッグのようなものが取り付けられている。
足先にはジェット噴射できそうなごっつい靴を装着していた。
そのエイリアンは、少し周りを見渡すとゆっくり黒田たちの方に近づいてきた。
「逃げよう!」黒田は高利の手を取って自転車屋を飛び出そうとしたが、エイリアンがもう出入り口付近まできていたので二の足を踏んでその場から動けなくなった。
エイリアンは胸につけている小さな装置に手を伸ばした。その装置は鉄琴を叩くような音を出し、その後まるでラジオのチューニングをしているように、ノイズや他言語、英語などを行き来しながら最後には日本語を発し始めた
「ジジ……、たしたちは、危険ではない。私たちは貴様たちの友である。私たちは……」
黒田と高利は肩を寄せ合い震え上がっていた。
装置が繰り返す声が何度も何度も自転車屋の中にこだました。
「私たちは危険ではない。私たちは貴様たちの友である。私たちは貴様たちを捕まえない。私たちの言葉を聞け」
エイリアンは自転車屋の中に入ってくると
胸の装置をオフにして、ヘルメット越しに直接会話をしてきた
「怖がらなくて大丈夫。私たちは君たちを襲った者ではない。」
高利は体を一歩前に出し、少しでも黒田を守ろうとしていた、もちろんエイリアンの言葉は信じられないという感じで。
「ピーー」
外の小さなUFOからもう一人エイリアンが降りてきて、店舗内のエイリアンに何か話しかけていた
高利の目の前に迫ったエイリアンはそれに対して手を振って答えた。そして高利と黒田に向かって話を続ける。
「さっきの巨大UFOをやっつけたのは私たちだ、安心して話を聞いてほしい」
外にいたもう一人のエイリアンはもうUFO内に戻っていた。
黒田にはこう見えていた
エイリアンたちのやりとり(黒田の想像)『手伝おうか?』『いや、俺一人で大丈夫だ!』『そうか、わかった』もう一人はUFOに戻る、的な。
黒田は何を思ったのか、高利より一歩前に出てエイリアンと1メートルの距離に近づいた。
「黒田さん!」高利は焦ったが、黒田は更に近づく。
「あなたたちは誰なの?言葉はわかる?」
エイリアンが黒田に向かって話し始める。
「私は、君たちの言うところのニュートリートメントだ。名前はRRTL。正しく翻訳されているといいのだが、日本語はまだ1万5千語程度しか登録されていない。君たちの言葉もわずか分からない単語もある」
エイリアンはRRTLと名乗った。
「あなたたちの目的は人間を狩って食べる事なの?」
RRTLは、どう説明しようか悩んでいるような動きをしながらこう言った。
「君たちを襲った連中の目的はそうだ、だが我々はそうではない」
「どう言うこと?」黒田は聞いた
「地球人も、考え方はそれぞれだと思う。肉を食べる者もいれば食べない者もいると思う」
それを聞いて黒田は「襲ってきた連中は人間を食べて、あなたたちは人間の肉を食べない派閥ってことね」
RRTLは翻訳機の調整をしているのか、耳の辺りの機械をいじってから答えた。
「あぁ、そう考えてもらって正しい」
それを聞いて高利も声を出した「ヴィーガンみたいなもの?」
RRTLは答えなかったので、黒田が「そういう感じかもね」と言った。
「我々ニュートリートメントは元来肉などを食べなくても生命を維持できるのです。それなのにDOMOGarusたちは人間の肉や家畜の肉を食べるようになった、おぞましいことです」
「人間も家畜と一緒ってことなのね」語気を強める黒田。
「はい、彼らは人類80億人を家畜にしようとしているのです」
耳の辺りをいじってからRRTLが丁寧な言葉を使うようになった、と黒田はちょっと思った。
「そいつらのUFOは今、全世界に攻撃をしているの?」
「はい」RRTLが答える。
「人類絶滅」高利が力無くつぶやいた。
「どこにも逃げようがないね」黒田も腰が抜けたようにしゃがみ込んだ。
ザッザッ。RRTLが黒田のわずか30㎝に近づき
「こんなことは間違っています、他の星の人間を家畜化して支配するなんてあってはならないことです。私の星にも反対派は多くて、その力に後押しされて我々は地球に来たのです。奴らの侵攻を止めるために!」
黒田がRRTLを見上げて聞いた「できるの?止めることが?」
RRTLは一、二歩後に下がって、「私たちの戦力は奴らの100分の1足らずです、すぐに止めると言うのは不可能です」
エイリアンは真正直で、こっちに気を使って言葉を選ぶなんて事はしないんだなと黒田は思った。
「じゃあ、やっぱりダメじゃん」高利がそう言い放った。
そんな二人の様子を見て、RRTLは提案するように言葉を発した。
「とりあえず身を守れるような装備を君たちに提供することは出来ます」
「装備?」高利が身を乗り出して聞いた。
「はい」そういうとRRTLは一度UFOに戻り、金属光沢のボックスを抱えて戻ってきた。
自転車屋内の少し広いスペースに移動してRRTLはボックスを開いた。高利と黒田もそれを覗き込む。
見たこともない流線型の四角いバックパックのようなものを取り出すと
「まずはAの装置がこれだ、君背負ってみろ。」
RRTLはそう言いながら高利の背中にランドセルのように背負わせた。そしてもう一つ四角い箱の様なものを取り出して高利の胸に固定した。更にベルトを腰に巻く。
RRTLが手早く説明を始めた。床に転がっていた1㎝の球(人間を撃ち殺した例の球)を拾って
「これはサッチ合金という金属で出来た球だ、きみの背中のバックパックの中でこの球を合成しながら、こっちのガンノズルから発射する。」
RRTLは次に腰のベルトについている150mlボトルの様なものを差し示して「このボトルに入っている液とこっちの容器の粉を合成してサッチ合金を作っている、この残りの量に気をつけろ。」
高利は脂汗が吹き出してきた『これを装着させて、俺に何かやらせようとしているのか?』
RRTLは構わず説明を続けた「基本的に君は何もしなくていい、バックパックのガンノズルは自動的に人間以外の敵をサーチして勝手に撃ってくれる、それに……」RRTLは高利の胸の装置を起動した。
「この胸のバンパーは敵の攻撃を感知すると、自動でサッチ合金のブロックを発射して、敵の球などの攻撃を相殺してくれる。ただし、正面からの攻撃に限るが」
『後ろは守ってくれないってことか』高利は唾をのみこんだ。
「君は基本的にこの装備に身を委ねて、ボトルの量だけ心配していればいい」
高利はRRTLから替えのボトルを3個受け取ると、バッグの中にしまった。
さて、黒田の方を向いたRRTLは
「Bの装備を君に」金属光沢のボックスの中に手を伸ばしたRRTLは
黒田に2ℓくらいの透明ボトルを手渡した。中には銀色のドロドロとした何かが入っている。
「フタを開けて、それを体にかけるんだ」RRTLが言う。
「かけるの?何なのこれ?」
RRTLは黒田の手のボトルを取り上げると、フタを開け黒田の体に銀のスライムのようなものをぶちまけた。
「きゃあ、なに?これ、気持ち悪い!なんかまとわりつく!」
黒田はジタバタと身体をねじるが、スライムは離れようともせず黒田の身体中に均一に広がっていった。
「あっ、いや!キモい!」全身を覆った銀色のスライムは首をのぼって黒田の顔や頭にへばりついてゆく、そして
耳の中、鼻の中から体内にも侵入していった。「いやぁーー!」
しばらくするとスライムたちは安定を見せ、黒田の目と鼻、口を露出させ、彼女の視界と呼吸を回復した。
「はぁ、はぁ、、ん、で、何なのこれ?」
これは、パッティミディアと呼ばれる合成アメーバだ
「アメーバ?」
RRTLは解説を始めた「このアメーバは君の全身を覆い、敵の攻撃を感じると硬質化して敵の攻撃から君の身体を守ってくれる。そしてハイジャンプや早く動きたい時には軟質化して君の運動能力を増幅してくれる」
「強化スーツみたいなものか」黒田はいまだ馴染まない肌触りに戸惑いながらも、だんだんそれを頭で理解しようとしていた。
「ただ、この地球の環境下ではこのパッティミディアアメーバは70時間しか機能できない。70時間経ったら次のボトルを開けて、また身体にかけるんだ」
RRTLは黒田にボトル2個手渡した。
「これらの装備の力を使って、なんとか生き延びるんだ。我々の仲間が地球人を救う手立てを必ず考える。それまでなんとか生き延びて、待っていてくれ!」
RRTLはそう言うと金属光沢のボックスを閉じて、自転車屋さんを出ていく
黒田と高利は、先ほどまでとは違う装いでそれを眺めていた。
RRTLは一度だけ振り向き手を振ると、UFOに乗り込んだ
小さいUFOは虹色の光を放つと、あっという間に上空に消えていった。
ポツンと取り残される二人。
「黒田さん」
「高利くん」
「なんかとんでもない事になっちゃいましたね」
「うん」
二人はゆっくりと自転車屋さんから外に出ると、池袋方面へ歩きはじめた。