3.ラエルロット、今年も第八級冒険者試験を落ちる
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
3.ラエルロット、今年も第八級冒険者試験を落ちる
『それでは冒険者見習い採用試験の結果を発表する。今年度は一人を除いて皆合格だ。みんな合格おめでとう。ただしラエルロットくん……君はまた一人だけ不合格だ!』
その話を聞いたラエルロットは自信があっただけに訳が分からずひたすら動揺する。
「な、なぜ俺だけ落ちたんですか……分かるように説明して下さい!」
「話は以上だ。私は職員室に戻るが、後は各々自習をする用に」
「先生、ちょっと待って下さい!」
「……。」
ラエルロットの必死な訴えを無視しながら結果を告げに来た教師は、結果だけを冷たく言い放つと教室を黙って出て行く。
その残念な試験の結果に深く肩を落としたラエルロットはまた今年も落ちてしまったと頭を抱えながら酷く項垂れる。何せこの冒険者採用試験に挑むのは今回で四回目だからだ。普通に体力と知識の平均値がそれなりにある人なら何の苦労も無く受かるはずの八級の試験なのだが、ラエルロットは今回で四度も落ちている。
確かに普通の人より体力や知識はおろか何の技能や特技も無いラエルロットには冒険者という職業は少し不向きにすら感じる。だが、だからと言って四年に渡り四度も落ちてしまうとは当のラエルロットも予想だにしていない事だった。
しかも難関の一級冒険者試験を受けたのならいざ知らず、誰でも受かるとされる八級冒険者試験を今回も落としたのだからそのショックはかなり大きいだろう。
絶望の中、机から顔を上げたラエルロットは周りで騒いでいる合格者達を何気に見る。今回の合格者達を見てみると屈強そうな男達はともかくとして、うら若き女性や自分よりも明らかに小柄でひ弱そうな人達が目立つ。その者達が皆歓喜の声を上げながら互いに喜びあっているのを見ると、自分の不甲斐なさと恥ずかしさが心を絞めつけ一層情けない気持ちになる。
(今回も落ちてしまったか……なぜだ、一体何がいけなかったんだ。筆記試験が合格点に至らなかったのか。それとも戦闘やレンジャー技術の面で何か失態をやらかしていたのか? それとも朝に会った黒神子のせいじゃないだろうな……いいや人のせいにするのは良くないな。そもそも彼女に近づいたのは俺の方からだし、彼女は何も悪くないだろう)
ラエルロットはしきりに考えいろいろと悩んだが、当然答えは出ない。今回こそはと思いひたすらに剣の修業に励み、そして知識向上のために町の図書館にも一通り通ったが、その努力が何一つとして報われず全てが徒労に終わる。
*
放課後になっても教室にいるみんなの話題は合格発表の事だけだっだ。何せ『ラエルロットを除いて』皆が試験に受かったのだからその嬉しさも誰はばかる事はないだろう。でも一人だけここに報われない不幸な脱落者がいるのだから少しくらいは気を使ってくれても良さそうな物なのだが……そう思うのは負けた者の勝手なわがままだろうか。
そんな事を思いながら未だに椅子から立ち上がる事が出来ないラエルロットはボツリと独り言を言い始める。
「ははは……周りの同期の奴らは皆この町を出てそれぞれの冒険の地へと赴き大活躍をしていると言うのに、俺はここで一体何をしているんだ。ここから一向に前へ進めないとは……やっぱり俺は何をやっても駄目な人間だな」
乾いた笑いを浮かべながら涙をこらえるラエルロットは、すっかり自信を失う。
その時、ラエルロットの背後から馬鹿にしたような荒い声が飛ぶ。
「ようラエルロット、また今年も試験を落ちたんだってな。老人子供でも受かるとされる初級でもある第八級の冒険者試験を四度も落ちるだなんてある意味才能だよな。そうそう出来る事じゃ無いぜ」
「ははは、全くだ。そもそもあんた、やっぱり冒険者にはむいてないんじゃないのか。とっとと家へ帰って田畑で野良仕事でもしていた方がお似合いだぜ」
「最弱のクズはこの場にいるだけで迷惑だし目障りなんだよ。だからさっさとこの場から消えろ。この無能力者が!」
つい先程まで合格の通知に浮かれていた三人の男達がラエルロットの前に現れると好き放題嘲りの言葉を言い始める。
さっきまで自分と同じ立場だった者が合格を確信した瞬間から上下の格差ががらりと開く。そうこの三人の男達の態度がそれを物語っていた。
(この一年この男達とは関わった事はおろか口も聞いたことすらなかったが、最初にして最後に交わした会話が俺を蔑む罵声の言葉になろうとは夢にも思わなかった。それにしてもこいつら、以前からこちらに視線を向けていたように感じてはいたが、まさか俺のことをそんな風に思っていたとはな。ちくしょう。いくら勝利の余韻に浸りたいとはいえ、弱った者を馬鹿にしてそれにたかるだなんて、最低の勘違い野郎達だぜ。見た所相手は俺よりも年下だし、ここは目上の者として一発ガツンと言ってやるか。)
そんな事を思いながらラエルロットは、目の前にいる三人の男達をまじまじと見る。
ラエルロットが現在着ている薄汚れた厚手の練習着とは違い、三人の来ている装備はどれも新品の練習着で、更にその上から重装甲のフルメタルアーマーを着用した正に完璧な物だ。
(腰に下げているのは鋼で作られた新品の長剣か。くっそ~う、やっぱり格好いいな。今俺が喉から手が出るくらいに欲しい物をこれ見よがしに見せつけやがって)
そう思いながらラエルロットは手に大事そうに持つ刃の無い練習用の銅剣を腰に下げる。その剣の柄に出来たへこみや鞘についた汚れが今までその剣をどれだけ酷使し大事に使ってきたかが見て直ぐに想像出来る。
だからこそ家庭の事情により金銭的に余裕が全く無いラエルロットに取って、目の前に立つ八級冒険者となった三人の男達がむしろ嫌みにすら感じてしまう。しかもラエルロットより二~三歳年下だと言うのに彼らのその鎧の下にはよく鍛えられた分厚い腕や胸板が目立ち、その強靱さを誇示しているかの用だ。
ラエルロット自身もそれなりに体を鍛えてはいるが、それを上回る体の出来に正直諦めにも似た嫉妬すら感じてしまう。
そんな彼らが喧嘩をふっかけて来た理由は、あわよくばその恵まれた身体能力を使って周りにいる人達に己の力を見せつけてやろうと言う打算から来る物だろう。そんな思いがこの三人からはヒシヒシと感じられた。
つまり八級冒険者となった彼らの力を見せつける為のその生け贄として、このクラスの中で一番弱いと見下されたラエルロットが不幸にも選ばれてしまったのだ。
だがそんな屈強そうな三人の若者達と果敢にも戦うためにラエルロットは仕方なく立ち上がる。
(あ、相手は三人か……何だかかなり強そうだな。でもここまで馬鹿にされたからには言うだけの事は言っておかないとな)
そんな事を思いながらラエルロットは(内心ビクビクしながらも)堂々と相手の方に歩み寄る。
突発的な衝突に回りが緊迫する中、ラエルロットと三人の男達は互いに睨み合う。
「そこまで言うのならお前らの冒険者としての力は当然本物なんだろうな。今から俺が確かめてやる。表へでろや!」
「ははは、やっぱりそうこなくてはな。いいぜ!」
「冒険者八級試験の合格の門出にラエルロット、お前でこの新品の剣と鎧の性能を試してやるぜ!」
「今にも折れそうな練習用のボロい銅剣を未だに後生大事に使っている貧乏人が俺達に勝てるわけが無いだろ。勿論実力も俺達の方が段違いに上だが、それ以前にその装備に置いても話にならないくらいに差があるから、この勝負戦う前から結果は見えているんだがな」
そう言いながら重そうなフルメタルアーマーに身を固めた三人は、所々補修した厚手の布の練習着を着たラエルロットを引き連れて外にある練習闘技場へと足を向ける。その後ろから教室で見ていた野次馬達が興味半分に彼らの後を追う。
その情報は他の各教室にも伝わり、周りはちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。
貧乏人の落ちこぼれ、ラエルロット VS お金持ちのフルメタル三人衆こと、アカイ・オジエル・キイオとの己の尊厳と誇りを賭けた戦いが今まさに始まろうとしていた。
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