1. 運命の出会い
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
https://37636.mitemin.net/i853989/
1.運命の出会い
『巡礼者には施しを、神に仕える者には供物を、さすれば死後汝の魂は救われるでしょう!』
空はうっすらと暗い雲がかかり、まだ肌寒い周りの風景が遅い春を印象づける。
険しい山々が見える小さな田舎町には煉瓦や材木で作られた家々が犇めくように立ち並び、そこで暮らす人達の生活感を滲み出す。
そんな人々が暮らす町に何やら黒い者が訪れる。
時刻は八時三十分。
手には木の杖を持ち、黒いローブを纏ったその者が静かに玄関の前に立つ。その声を聞いたこの家の男亭主はまるでやっかいごとから逃げる用にその者にわずかばかりの金銭を渡すと、直ぐに玄関の鍵を掛ける。
その光景がいつもと変わらない現実とばかりに、黒いローブを被った人物は貰ったばかりの僅かな小銭を大事そうに革袋に入れると、また直ぐに近くの家へと足を向ける。
何やら申し訳なさそうに歩くその黒いローブの者はその可愛らしい声質からしてどうやら若い女性の様だ。
黒いローブを着た女性は、隣にある少し離れたレンガ造りの家まで来ると、また同じ言葉を繰り返す。
「すいません、巡礼者の者ですが。巡礼者には施しを。神に仕える者には供物を。さすれば汝の魂は救われるでしょう。万病によく効く薬草も持参しましたので、どうか施しの程を」
うやうやしく頭を下げた黒いローブの女性に向けて、荒々しく扉を開けた女亭主が悲鳴に近い声を上げると怯えた声で叫ぶ。
「ひいいぃーぃぃぃ、く、黒神子。まさか黒神子の巡礼者がついにこの町にも来ただなんて、不吉だわ。もう施しでも何でもくれてやるから、早くこの町から出て行って頂戴!」
女亭主は、黒いローブを着た女性に小さな革袋を押し付けると
「もうここには二度と来ないで!」と言いながら豪快に扉を閉める。
バッタン!
「きゃぁぁ!」
扉を閉めた反動で後ろにのけぞった黒神子と呼ばれし女性は小さな悲鳴を上げると、石段から足を踏み外したのか地面へと崩れ落ちる。
地面に落ちたせいか貰ったばかりの銅貨が数枚地面へと転がり、黒神子もまた地面の泥にまみれてしまう。
「うぅぅ……い、痛いです……」
土で汚れた銅貨をしばらく眺めていた黒神子は、ゆっくりと体を起こすとローブについた埃を手で叩きながら静かに立ち上がる。
そんないたたまれない光景を見ていた町の住人達も幾人かはいたが、誰も関わりたくはないとばかりに皆がわざと見ないふりをする。
だがそれも仕方が無い事だ。嫌われ、恐れられ、畏怖されし存在……旅をし各地を回りながら終わりのない巡礼の旅をその終焉が訪れるまで永遠に繰り返す者。それが闇の神子、黒神子と呼ばれる者の宿命なのだ。
そんな哀愁漂う黒神子の姿を見ていた町の人達はまるで汚らわしい物でも見るかのようにヒソヒソと話をする。
「あれって黒神子じゃない。もうこの町に来ていたのね。不吉ね、なにか悪いことが起きないといいけど。後で塩でもまいておきましょう」
「でも黒神子って、全ての災いや悪意や不幸を受け止め吸い取ってくれる、とても有難い存在なんだろ。万病にも良く効く薬だって安く売ってくれるし、ならそう邪険にしなくてもいいんじゃないのか」
「あんた知らないの。何でも噂だと黒神子と呼ばれし存在は全ての災いを他者から吸い取ってくれる有難い存在とされているけど、その他者から貰った不運なる力を内に溜に溜めている為か、黒神子の傍にいるだけで不幸を間接的に貰う時もあるという話よ。だからああやってわずかばかりの施しを与えて早々に追い返すの。迷信とは違いその力は本物だし、くれる薬草は病気に良く効くから重宝するけど、不幸を貰いたくないのなら余り関わらないことね」
「そうだな。あの者には悪いが、黒神子に関わるのはなるべく避けた方がいいようだ。なんでも噂だと黒神子に直接その手で触られた者は不運や病だけでは無く、幸運や生命力すらも吸い取られるとの話だ。まさに歩く災いだな」
「マジですか。そ、それって超怖いじゃ無いですか!」
「しかもあの黒神子と言う魔女は千年前からその姿を変えずに生きていて、ある人の噂ではどうやら不老不死だと言う話だ」
「不老不死だって本当かよ、もし本当にそうなら本物の化け物じゃないか。人々に幸運を与える聖女様達とは違い、まさに対極の存在だな」
遠巻きに好き勝手に言う村人達の声が、深々とフードを被る黒神子の耳へと届く。だが黒神子はまるで気にしないと言うような様子で白魚のような白い手を地面へとかざす。
「お、お金を、拾わないと。せっかく頂いた施しを大事にしないと」
黒神子は周りの冷たい空気にさらされながらも目の前に落ちている銅貨を拾う。その姿は余りにも惨めで情けなく、そして同情を誘う姿だ。
懸命にお金を拾う黒神子だったが、心なしか体が震えだし、顔を覆うフードからは小さな呻き声が漏れる。どうやら静かに泣いているようだ。
「……う……うぅ……」
地面に落ちる涙を隠しながらお金を拾う黒神子の前に、生気溢れる明るい声が飛ぶ。
https://37636.mitemin.net/i890880/
黒神子レスフィナです。
ご愛読ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
気に入った、もっと読みたい、続きが気になると思ったら、評価をください。
少しでも、★、ブックマーク、いいね、レビューをくれたら、今後の励みになります。
この小説は毎日夜の19時に公開します。ストックの続く限り公開しますので、お見逃しなく。