ライバル登場!?
「ヴィンス兄様……?」
ぽっと頬を染めながら、リディアが顔を上げる。
その澄み切った、青空の様な瞳を見下ろして、
「ディア……俺はずっと」
意を決して、ヴィンスが口を開いた時、
「あれーっ! そこにいるの、リディアちゃんだよね!? この前のチーズ、どうだった?」
すぐ傍にあるチーズ屋の屋台から、軽薄そうな男の声が届いた。
「あっ、クリフさんっ――!」
振り向いて、慌てて立ち上がるリディア。
自然と、振り払われた形になった自分の手を、『がーん!』とヴィンスは見つめた。
「この前は、チーズをたくさん、ありがとうございました!」
『ネズミの使い魔だったら、これでおびき寄せられるんじゃない?』と、
小さく削った色々なチーズを、無料で渡してくれた、優しい店主のクリフに駆け寄り、笑顔でお礼を言うリディア。
「あの位、お安いご用――どぉ? あのチーズで捕まえられた?」
にこにこと尋ねながら、緩くウェーブのかかった金色の前髪を、イケメン店主はかき上げた。
「それが、ダメでした……」
「そっかぁ、残念! じゃあさ、今度はこっちのチーズを試してみない?」
「えっ、そんな高級なチーズ――いけません!」
両手を振って断るリディアに、ばちーんとウィンク。
「いいのいいの、どうせ削りカスだし! 可愛いリディアちゃんの為だったら」
「『リディアの使い魔』は、チーズは食べない――!」
クリフとリディアの間に割って入った、地を這う様な低い声。
「なに、あんた?」
けげんそうな顔の店主に、
「ヴィンセント・ルイス。『使い魔探偵』だ!」
ヴィンスはぐるると、威嚇するような顔で、手にした新聞の広告を、ばっと広げてみせた。
「ネズミはチーズよりも、穀物やナッツが好きなんだ。
ほらこれを、階段とか廊下の隅に、少しずつ置いてみて?
食べた後があったらその周辺に、捜索範囲が絞れるから」
チーズの屋台から颯爽と、リディアを連れて移動した、穀物類を販売する店舗。
そこで買った、殻を剥いたクルミとアーモンド、小麦の粒が入った袋を、ヴィンスは差し出した。
「ありがとう、ヴィンス兄様! てっきりチーズが好物かと、思ってたわ」
前世で見たアニメから勘違いをしていたリディアは、尊敬の眼差しで兄の親友を見上げた。
「さすが、『使い魔探偵』さんね! 相談に乗って頂いて良かった」
「いっ、いや――初歩的な知識だよ!」
ゆるんだ口元をさり気なく片手で隠しながら、ヴィンスはためらいがちに告げる。
「その、良かったら……明日も同じ時間に、あのカフェにいるから」
「はいっ、結果を報告しに来ます!」
弾んだ声で、答えるリディア。
『よしっ――! 明日は、二回目のデートだ!』
恋する『使い魔探偵』は、こっそり右手をぐっと握った。
「ただいま、戻りました!」
ショールやカゴを廊下の棚に置いて、手を石鹸で良く洗ってから、リディアは厨房に入った。
「おかえり、ご苦労だったね!」
「寒かったろ? 朝ごはん、取ってあるよ!」
以前とはうって変わって、優しい声がかけられる。
温かな野菜スープと、リンゴジャムを乗せた、焼き立てパンの朝食を、隅っこのテーブルで堪能していると
「ディア、どうだった? 『使い魔探偵』には会えた?」
ジャガイモで一杯のボウルを抱えたジャッキーが、隣に座った。
「えぇ、ちゃんと会えたわ!」
ポケットから出した、折りたたみ式のナイフを片手に、シャリシャリと手早く皮を剥きながら、心配そうに尋ねる新人メイド。
「大丈夫? 変なヤツじゃなかった? えっと例えば挙動不審だったり、早口でまくし立てたり……」
「そんな事――優しい方だったわ! 色々教えてくれたし!」
『ディア、俺はずっと……』
あの後何て、続けるつもりだったのかしら?
幼い頃からちっとも変わらない、動物にもわたしにも、優しいヴィンス兄様。
「会えてよかったわ……」
まだぬくもりが残っているかのような、両手をきゅっと握り締めて、幸せそうに呟くリディアに。
「そう? それは良かった――!」
あっという間に、全部の皮を剥き終わったジャッキーが、にかっと笑いかける。
『仕事も出来るし、頭も切れて話上手……なのに何で、キッチンメイドなんて? 不思議なひとだわ、ジャッキー』
リディアはことりと、首を傾げた。
翌朝いつもより30分早く、リディアは、ぱちりと目を覚ました。
ぱっと起き上がり、昨夜洗った髪を、丁寧にとかす。
いつもは慌ただしく首の横で、2つにしばるだけだったベージュ色の髪を、編んで耳の後ろでくるりと纏めた。
黒いリボンを付けてから、手鏡で何度もチェック。
「これで少しは、大人っぽくみえるかしら?」
いつもの黒い制服も、ぴしっとアイロンの掛かった、洗濯したばかりのに着替えて。
エプロンを付けて、手帚と塵取りを手に部屋を出る。
隣の部屋のドアを、コンコンとノックしながら。
「ジャッキー、おはよう! 朝よーっ!」
いつものお返しに、モーニングコール。
「ふぁいっ――えっ、ディア!?」
寝ぼけた声がひっくり返るのを聞いて、ふふっと笑いながら。
リディアは、昨夜置いたエサの成果をチェックしに、弾む足取りで裏階段を降りて行った。
トビネズミは実在する、世界最小のネズミです。
立ち上がって、ぴょんぴょん跳ねる動きが、本当に不思議で可愛いので。
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