迷子の使い魔は『トビネズミ』?
「ねぇ、何でこの子だけ何度も何度も、お使いに出されるの?
まとめて頼んだら、一度で済むよね?
それに、お茶もご飯も休憩時間も、何でちゃんと貰えないの?」
リディアの肩にぽんと手を置き、無邪気な顔で尋ねた新人メイド、ジャッキーの問いかけに、
「そいつが、ウソつきだからだよ! 使い魔を呼べなかった『落ちこぼれ聖女』なのに、『逃げただけ。学園のどこかに隠れている』って、しょーもない作り話してさ」
「『注文書を使えば、ミスが無くなります』とか言って、自分が楽したいだけの怠け者のくせに!」
「泥棒だって話も聞いたよ!」
料理長やベテランメイド達は、口々に答えた。
「そんな、作り話じゃ――それにわたし、泥棒なんてしてません!」
真っ青になったリディアの顔を、ちらりと見て、
「へぇっ……たかがそんな理由で、『貴族のお嬢様』をいじめてたんだ?
度胸あるね、あんたら!」
新人メイドは、きらめく金髪をかき上げて、にやりと笑った。
「貴族のお嬢様――? 嘘だろっ!?」
「ホントだよ。『リディア・バートン子爵令嬢』。貴族名鑑にも、ちゃんと載ってるし!」
「そんな……『行くあての無い孤児だ』って、聞いたよ!」
「『盗癖もあるから気を付けろ』って、先生が……」
料理長とベテランメイド達の顔は、みるみる青くなっていった。
◇◆◇◆◇
「それからは『注文書』を持って、朝ここにお使いに来る事だけが、わたしの仕事になったの。
学園長がそんな嘘まで吐いてたのは、ショックだったけど。
今は、ご飯もきちんと食べられるし。遅れていた勉強も、補修してくれる先生達のおかげで追いつけたし。
ジャッキーのおかげで、天国にいるみたいなのよ!」
嬉しそうな笑顔で、『ジャッキーの武勇伝』を話すリディアに、
「くそっ――俺がこの手で、助けたかったのに」
小声で悔しそうに呟く、ヴィンス兄様こと、ヴィンセント・ルイス。
「えっ、何か言った?」
「いや、何でも……ほらディア、冷めるよ?」
「ありがと」
ヴィンスが『何でも好きな物を』と聞いてオーダーしてくれた、クリームがたっぷり乗ったホットチョコレートのカップを、両手で持ってこくりと一口。
「美味しーっ!」
久しぶりに口にする甘い飲み物に、歓声を上げてから。
「あっ――メガネが曇っちゃった」
銀縁の丸メガネを外して、てへっと笑うリディア。
『なんて可愛いんだ――俺の天使!』
その無邪気な笑顔に、撃ち抜かれた心臓を押さえながら、ヴィンスは必死で『優しい兄様の笑顔』を保った。
「メガネ、前はしてなかったよね?」
「そうね、3年位前からかな? 消灯後に小さな灯りで、こっそり本を読んでたら、急に視力が落ちてしまったの。
本当は『召喚の儀式』の後に神殿で、視力回復の治療もして頂く予定だったけど――それ所じゃなくなって。
メガネかけてる顔、変でしょ?」
じっとヴィンスに見つめられて、恥ずかしそうに俯くリディア。
「いや、変じゃない! すっごく似合ってる!」
勢い込んで否定してから、こほんと咳払い。
「それで、と……逃げちゃった、その『使い魔』だけど――『ぴょんぴょん跳ねる、小さなネズミ』みたい、だったんだね?」
『召喚の儀式』からの状況を、一通り説明したリディアに、ヴィンスが確認する。
「そうよ」
「じゃあ、その子は――『トビネズミ』かな?」
「『トビネズミ』?」
首を傾げたリディアに、
「後ろ足がすっごく長い、小さな齧歯動物。長い尻尾でバランスを取って立ち、ぴょんぴょん跳ねて移動するんだ」
ヴィンスが説明しながら、跳ねる様子を手振りで、真似して見せる。
「そういえば――ちらりと見えたあの子の尻尾、とっても長かったわ!」
「じゃあ、間違いないかも! 大人になっても、この指より小さいサイズで。くりっとした大きな目が可愛い……どうかした?」
こちらを見て嬉しそうに、にこにこしているリディアに気が付いて。
どぎまぎしながら、ヴィンスは尋ねる。
「ううん――変わってないなって思って。
ほら昔っから、ヴィンス兄様は、動物が大好きだったでしょ?
迷子の子リスを保護したり、イヌやネコや馬を可愛がったり……『使い魔探偵』って、ぴったりのお仕事ね!」
今朝方に見た夢を思い出して、テーブルに置いたカップに手を添えながら、弾んだ声でリディアが話すと。
「大好きだったのは――『動物』だけじゃないけど?」
低い声で囁いた使い魔探偵は、落ちこぼれ聖女の手をカップごと、そっと伸ばした大きな両手で包んだ。