メイドに落ちこぼれた理由
リディアがメイドに落ちこぼれた原因。
それは新学期の初めに行われた、『使い魔召喚の儀式』。
最上級生になった生徒が学園付属の神殿で、『使い魔』と呼ばれる聖獣を呼び出す儀式だった。
『使い魔』は、自分の手足となって動くと同時に、生涯の友として寄り添ってくれる大事な存在。
白魔法だけでなく、全ての魔法使いが18歳になると、使い魔を召喚し契約をする。
それぞれに相応しい生き物の形を取り、ウサギやイヌにネコ。
小さな物は小鳥やリスにハムスター、大きな物は馬や鹿まで、種々様々。
何等かの理由で、『使い魔』がいない魔法使いは、半人前として見下されてしまう。
『白魔法使いのお母様の使い魔は、オコジョのリザベル――ふわふわ真っ白な毛とくりくりした目がとっても可愛くて、羨ましかったな。
わたしの使い魔は、どんな子だろ!?』
わくわくと臨んだその儀式で、過去に無い失態――『使い魔が現れない』事件――を巻き起こしたのが、リディアだった。
3ヶ月半前、床に天井、柱や壁、全てが清らかな、真っ白な石で建てられた神殿で。
ステンドグラスから、淡い光が差し込む祭壇の前で、たった一人。
ドキドキしながらリディアは、膝を折り両手を組んで、『初代聖女』に祈りを捧げた。
「聖ブランカ様、リディア・バートンにございます。
どうか、わたくしだけの『使い魔』とお引き合わせください……!」
ぎゅっと目を閉じたリディアの耳に届く、微かな扉が開く音。
そしてタッ、タッ、と飛び跳ねる様な、小さな足音が近づいて来た時。
「リディア、終わりましたか?」
祭壇の横のドアがいきなり開き、副学園長でもある担当教師が顔を覗かせた。
その途端、おびえたように遠ざかる、小さな足音。
慌てて開いたリディアの目に、ドアからぴょんぴょん飛び跳ねて出て行く、とても小さな生き物の後ろ姿が見えた。
「リディア……?」
「ネルソン先生、わたしの『使い魔』――逃げちゃいました!」
その事態に怒り狂ったのが、秋から新しく学園長に赴任した、ジョアンナ・モリスだった。
「『使い魔が逃げた』!? そんな話、聞いた事もないっ! どうせ召喚に失敗して、嘘をついてるんでしょう!?」
「そんな――確かに見たんです、学園長! ぴょんぴょん跳ねる、小さな後ろ姿を! この学園のどこかに隠れているはず――早く探させてください!」
「自分の非を認めず、さらに嘘を重ねるなんて、恥知らずな――! 母親そっくりだわ!」
リディアの弁明も聞き入れず、その場で『退学処分』を決定。
「『退学』なんて――それだけは、許してください!」
そんな事態になったら、お父様やお母様たちが嘆き悲しむ。
わたしの病気のせいで、いつも泣いていた、前世の家族みたいに。
何より、この学園のどこかにいる、『わたしの使い魔』――あの子を探さないと!
「お願いします! この学園にいさせてください! 何でもします――!」
必死の覚悟で、リディアは訴えたが、願いは聞き届けられず。
寮の部屋で泣きながら、荷物をバッグに詰めていた時、
「リディア、学園長が『厨房で「メイド」として働くなら、この学園に残る事を、特別に許可してあげます』って、仰ってるけど……?」
副学園長がおどおどと、『学園長の提案』を持ってきた。
酷薄そうな薄い唇でにんまりと、笑う姿を思い浮かべながら。
「分かりました。やります……!」
リディアに残された道は、ただひとつ。
その提案に頷くしかなかった。
◇◆◇◆◇
「……という訳でわたしは、『聖女見習い』から『キッチンメイド』に、落ちこぼれてしまったの」
目の前の『使い魔探偵』こと、幼なじみの『ヴィンス兄様』に、カフェのテーブルを挟んで座ったリディアが、3ヶ月半前に急展開した事情を説明し終えた。
話を聞いている間に、ヴィンスの整った顔が真っ青を通り越して真っ白に。
「まさかそんな、辛い目に会ってたなんて――ごめん、ディアッ! すぐに気付いてあげられなくて!」
下げた額をガンッと、テーブルに打ち付けて謝罪する青年に
「そんな――ヴィンス兄様のせいじゃ! 心配かけたくなくて、家族にも話さなかった、わたしが悪いの!」
リディアが慌てて説明する。
「きみの兄、ダニエルは?」
「ダン兄様は今、隣国に留学中でしょ? めったにお手紙も来ないわ」
「あいつ――ほんっと役立たずだな!」
ぐるると大型犬のように唸りながら、顔を上げた兄の親友を見て、
「大変、おでこが真っ赤よ! 『サナーレ』! さぁ、これで冷やして?」
リディアは、『治癒』の呪文を込めたハンカチを、急いで手渡す。
「ありがとう!」
嬉しそうにヴィンスが、ハンカチを額に当てると、すうっと赤みが消えて行った。
実際は、家族に手紙を書くことも、禁止されたのだけど。
寄宿舎の居心地の良い部屋から、ぼろぼろの屋根裏部屋に移されて。
『キッチンメイド』として働き出した時は、暴風雨の真ん中に突き落とされた様だった。
来る日も来る日も、一日中休む間もなく、買い物や使いに出されて。
食事も満足に貰えずに、嘲りや怒鳴り声を容赦なく、浴びせられる日々。
「ディア、何があったの?」
「良かったら、相談乗るよ?」
心配してくれる友達にも、ただ首を振って、距離を置く事しか出来ずに。
使い魔を探す時間も気力も、リディアには残ってなかった。
半月前に、ジャッキーが現れるまでは。