使い魔探偵登場
学園から15分程歩いた所にある市場。
肉屋に魚屋、野菜に果物店。
パン屋に花屋、チーズの店などが、広場にぎっしりと並び。
焼き立ての良い香りを振りまく、スコーン等の軽食を売る屋台も。
まだ朝の7時前だというのに、貴族や裕福な商人に仕える料理人やメイド、食材を探しに来たパブやレストランの店主、朝食を取りに来た勤め人など、たくさんの客で賑わっていた。
「おはよう、ディア! 今日は何だい?」
「えっと、キャベツ10個と人参20本、それから玉ねぎとジャガイモを各1袋とリンゴを一箱、午後に配達をお願いします!」
肉屋とスパイス店を回ってから訪ねた、新鮮な野菜や果物が並ぶ、馴染みの青果店。
読み上げた注文書を渡すと、
「はいよ。代金はいつも通り、まとめて月末に請求と――ほらっ、こいつはオマケだ!」
口髭を生やした年配の店主が、小ぶりなオレンジを一つ、ウィンクと一緒に投げて来た。
「わぁっ、ありがとうおじさん!」
両手で受け取り、笑顔を向けると
「いいって事よ。この『注文書』、ディアが考えたんだろ? 良く出来てて見やすいし、こっちも助かるよ!」
感心した顔で、店主が答えた。
「ホントに? 嬉しいわ!」
市場での買い物の際、口頭で聞くだけ注文するだけでは、どうしてもミスが出る。
おかげで何度も怒られながら、訂正や追加注文に通うはめに。
それを何とか改善したくて、考えた『注文書』。
参考にしたのは転生前、『これを書くことで「○○ちゃんが今日はどのくらい元気かな?」って、病院のみんなが分かるんだよ』と、入院先の看護師さんが教えてくれた『経過記録』。
「そうだ。料理長と店主が、『同じもの』を見れるようにすれば……!」
最初、料理長に見せた時は『自分が使いに行くのを、さぼろうとしてんだろ!?』と、てんで相手にされなかったけど。
良く注文する商品は、品名を書いておいて、個数だけ記入するようにしたり。
パッと見て分かりやすいよう、簡単なイラストも添えたり。
『書きやすく、見やすい様』改良した物を、ジャッキーの口添えもあって、1週間程前から使って貰える様になった。
「昨日料理長も、『たしかに近頃、注文ミスが減ったようだね』って、しぶしぶ認めてくれたのよ!」
弾んだ声で店主に伝えると、
「そいつは凄い! あんたも良く頑張ってるな。前は学園の生徒さん、だったんだろ?」
しんみりと、思わぬ言葉を返された。
「おじさん……その話、誰から?」
「うん、ちょっとウワサでな――大丈夫! 『使い魔』なんて呼べなくても、こうして生活してくには、何にも困らないからな?」
「……ありがと」
震える足で店から離れて、手にしたオレンジを頬に寄せた。
柑橘系の爽やかな香りが、ざわついた心を、優しく撫でてくれる。
リディアがメイドに格下げされたのは、3ヶ月と少し前。
9月に新学期が始まって、すぐの事。
その原因となったのが、最上級生になった生徒が行う、『使い魔召喚の儀式』だった。
「あっ――忘れてた!」
買物を済ませてぼんやりと、学園に戻りかけた足を慌てて止めて。
カゴの底から取り出した物。
それは出かけるときに渡された、1週間前の古新聞。
小さく掲載された広告に気が付いて、教えてくれたのもジャッキーだった。
「ディア――ほらこれ、見てごらんよ!」
「なぁに? 『使い魔探偵』……!?」
「『迷子になった使い魔を、捜索のプロがお探しします。ぜひ一度、ご相談ください』だって!
ディアもこの人に、探してもらえば? ほら、『迷子の使い魔』!」
『使い魔探偵』なんて……前世で読んだ原作でも、こちらに転生してからも、見た事も聞いた事もない。
「いたずらに、決まってるわ!」
と最初は、相手にしなかったけど。
「でもほら、『相談は無料』って書いてあるし――会ってみて、もし怪しそうだったら、頼まなければいいじゃない!
何ならわたしが、連絡取ってみてあげるよ?」
と再度、ジャッキーに勧められて。
『そういえば、前世にも『ペット探偵』ってあったっけ。テレビやネットでも、良く見かけたし。あれと同じかな?』
だんだんとその気になって、とりあえず一度だけ、会ってみる事に。
「『今日の朝、6時45分。市場の端にあるカフェの前。目印は、広告が載った新聞』
――で、間違いないよね?」
折り畳んだ古新聞を握りしめて、きょろきょろとカフェの周りを見渡すと。
石畳に並べられたテーブル席に座る、一人の男性に目が留まった。
サイドが少し跳ねた、くせのある黒い髪。
どこか少年ぽさを残した、整った顔。
スラリとした長身に良く似合う、オーダーメイドの黒いスーツと、襟にファーの付いた黒いコート。
新聞に目を落としながら、右手の親指で唇を撫でる仕草が……女性の客や店員達の熱い視線を、引き寄せている。
そんな彼の手元にあるのは、リディアが手にしているのと、全く同じ新聞だった。
「あの人が、『使い魔探偵』?……まるで、前世のアイドルみたいだけど?」
恐る恐る歩み寄ったリディアが、テーブルの前に立ったとき。
黒づくめの男性が、伏せていた目をふいに上げた。
長い睫毛に隠されていた、まるでお日様みたいな、琥珀色の瞳。
その目が軽く見開かれ、形の良い唇が、ゆっくりと弧を描く。
そして、さっと立ち上がり、片手を差し出して。
「久しぶりだね――ディア?」
良く通る低い声が、嬉しそうに呼んだのは、『落ちこぼれ聖女』の名前。
「えっ、その瞳の色……ヴィンス兄様!?」
今朝方の夢で会ったばかり、現実では久しぶりに会う初恋の相手を、リディアは目を丸くして見つめた。
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