前世と今世
『前世と今世』
ここエバーランド王国では、およそ100人に1人の割合で、魔力を持った子供が生まれて来る。
その能力は遺伝で引き継がれるため、婚姻や養子縁組で囲い込んだ結果、今ではほとんどが貴族の子供の特権になっていた。
その子供たち、いわゆる『魔法使い』の魔力には、それぞれ『魔法属性』がある。
火・水・風・土。それに、光と闇。
なかでも光は『聖なる白魔法』と呼ばれ、『癒しや浄化の魔法』が使える、特別な存在。
リディアも『白魔法使い』の一人で、聖女育成の専門学校、『聖ヴェリティ女学園』に13歳で入学。
以来5年の間、『聖女』になる為の勉強に励んで来た。
でも今は……学園の教師や寮生、およそ50人分の朝食の準備に追われる、戦場と化した厨房に降りた途端、
「ディア! 『これを午後3時までに、必ず届けてくれ』って、いつもの店に!」
みっちり筋肉質な50代の女性――料理長から、びしっと注文書を手渡される。
「はいっ」
すばやく内容を確認しながら、リディアはエプロンを外した。
「余計な食材が届いたら、また学園長が怒り狂うよーっ!」
「モリス学園長、メニューチェック、かかさないからね――ったく、細かいったら!」
「こーらっ、脅かさないの! ディア、これ……寒いから気をつけてね?」
口々にからかってくる、他のキッチンメイド達を押しのけて。
新人メイドのジャッキーが、自分のショールをふわりと肩にかけてくれる。
いつも優しく気遣ってくれる、緑の瞳の金髪美人。
3歳年上の、優しいお姉さんみたいなジャッキー。
半月前に彼女が、新人メイドとして現れてから……それまで地獄の様だった日々が、天国に変わった。
「ありがと、ジャッキー……行ってきます!」
「行ってらっしゃい! そうだディア――これ、忘れないでね?」
にかっと返してくる明るい笑顔と一緒に、小声で手渡された『古新聞』。
小さく頷きながら、リディアはそれを、カゴの底にそっと入れた。
裏口から出た所で、さり気なく見上げた学園。
その2階の窓に今朝も、暗い人影が見える。
黒髪に黒い瞳、『漆黒の聖女』……ジョアンナ・モリス学園長。
彼女の鋭い視線に気付かないふりで、リディアは足を速めた。
冷たい風が落ち葉を巻き上げる、12月の始め。
足早に市場に向かう途中、通り沿いにある仕立て屋の、ショーウィンドウに映った自分の姿を見て、リディアはふと足を止めた。
ベージュ色の髪を耳の下で簡単に二つに縛り、少しくたびれた黒い制服とシンプルな上着の上にショールをかけて、丸いメガネの奥から水色の瞳でぼんやり見返し来る、痩せたさえない少女。
18歳という年齢よりも、幼く見える。
「どこから見ても、生まれつきのメイド。とても『貴族のご令嬢』にも、『聖女見習い』にも見えないわ」
今の自分の姿に、ため息をひとつ。そして、
「でもまぁ、『元気に歩いて、学校や買い物に行ってみたい』って前世の夢は、叶ったけど?」
ぐっと片手を空にかざして、太陽の光に目を細めながら呟いた。
ディアことリディア・バートンは、いわゆる『転生者』。
前世は生まれつき重い疾患があり、短い人生のほとんどを、病院のベッドで過ごしていた。
楽しみは、体調の良い時に許される読書だけ。
中でも大好きだったのが、魔法ファンタジー小説、『エバーランド物語』。
「こんな、自由に魔法が使える世界に生まれたら、私の人生だって変わってたのに!」
やっかいな病気は、魔法でぱぱっと治して。
家族みんなで、旅行したり遊んだり、美味しい料理やお菓子を食べたり。
今まで心配かけた分、お父さんお母さん達にも、幸せになってもらうんだ!
叶う事のない夢を追いかけるように、何度も読み返した物語。
中でも主人公の、『聖女』に憧れた。
もし聖女になれたら、病気やケガを治したり、魔物を退治したり――もっとたくさんの人を、幸せに出来る!
「聖女になりたい!」
という前世の願いは、リディアに転生して、叶えられたかに思えた。
病気の悪化で短い生涯が終わった時、神様か誰かが、この世界に転生させてくれて。
地方の小さな領地に建つ、小さなお屋敷の『子爵令嬢』に生まれ変わった。
両親と兄様、そして兄様の親友。
優しい家族に囲まれて、元気に遊んだり家庭教師と勉強したり……穏やかで幸せな日々。
13歳の時に、『聖ヴェリティ女学園』から入学通知が届いて。
それを見た瞬間、自分が『転生者』である事を思い出した。
「これって――『エバーランド物語』の!?
えっ……わたし今、お話の中にいるの!?」
しばらくは混乱したけど、
「前世からの夢を叶える、チャンス来たーっ!」
わくわくと、学園に旅立った。
楽しい夢と希望だけをバッグに詰めて。
「まさか5年後に、メイドに転落した『落ちこぼれ聖女』になるなんて……まったくの予想外だったけど!」
平和な学園が、悪意に満ちた場所になるなんて――前世も含めて、世間知らずの令嬢には、想像することすら出来なかった。