両片思いの行方
「クリフさん……!? わぁっ、お久しぶりです!
最近お見かけしないし、屋台もずっと閉まったままだし――心配してたんですよ!」
使い魔たちを椅子の上に、そっと置いて立ち上がり。
チーズ屋のイケメン店主に、嬉しそうに駆け寄るリディア。
「ほんとにぃ? リディアちゃんに心配して、もらえてたなんて嬉しいなぁ!
実は隣町で『チーズの専門店』を開かないかって、話を貰って。
そっちの開店準備で、忙しかったんだ」
にっこり答える店主のクリフ。
「えっ、お店を!? 凄いわ――おめでとうございます!」
「ありがとー! 資金援助してくれる人がいて。こっちの屋台はもう閉めるから、片付けに来たんだよ。
そしたら、こんな綺麗なリディアちゃんと会えるなんて、ほんとラッキー!
ねぇねぇこの後、時間ある? 良かったら隣町の店を案内」
「残念! リディアは、先約がある……!」
地を這う様な低い声が、デートのお誘いを遮った。
「あれっ、またあんた――? えっと、『使い魔探偵』だっけ?」
ぐるぐると威嚇して来るヴィンスと、いつの間にかしゅっと、ジャーマンシェパードに変わったディッキーを見て、
「番犬が二匹に……はいはい、今日は退散しますって。
じゃあまた、良かったらお店に来てね!」
リディアにすばやくショップカードを渡して、逃げるように店主は去って行った。
「今のが――ディアが前話してた、『優しいチーズ屋さん』?」
ぴょんと飛び乗って来たヴィクターを、抱っこして見送っていると。
手にしたショップカードを、ジャッキーが覗き込んだ。
「そうなの! とっても親切な人で、この子を探してる時も色々、相談に乗ってくれたのよ!」
嬉しそうに答えるリディア。
「へぇーっ! イケメンで優しくて、気も利くんだ?」
「チーズの事にもとっても詳しくて、皆から『チーズ・ドクター』って呼ばれてたわ」
「『チーズ・ドクター』? あだ名までかっこいいじゃん……ね、ヴィンス! って――どした?」
からうようにジャッキ―が肘で、ぐりぐりつついたヴィンセント・ルイス少佐。
その整った顔から、一気に血の気が引いていた。
「ディアの使い魔、『ヴィクター』って名前――ひょっとして、その『ドクター』から、なのか?」
青ざめた顔のヴィンスが、かすれた声でジャッキーに尋ねる。
「はぁっ……? 違うと思うけどー?」
『誰がどう見たって明らかに、「ヴィンス」からじゃん?』
心の中で呟きながら、呆れ顔で返すジャッキー。
「くっそ! 隣町に追い払ったのに、まだディアの周りをうろつくなんて――あのハゲタカ野郎!」
「うーわっ、『ハゲタカ』とまで言う?」
しかもその、『愛しいリディアに纏わりつく、危険人物の排除計画』。
急いで隣町に店舗を調達して、店主が疑わない様、間に人を挟んで、慎重に話を進めて……
「『これホントに、今の事件と関係あるんすか?』って、段取り組んだメンバーが泣いてたっけ。
ほんっとMIFは、慢性人手不足……あっ! いい事閃いちゃった!」
ジャッキ―の緑の瞳が、しゅっと仔犬に戻ったヴィンスの使い魔に、自分のトビネズミを紹介しているリディアを、きらーんと捕らえた。
「ちょっと、ボス!」
こそこそっと耳元で囁かれた提案に、顔をしかめて首を振るヴィンスと、不満げな顔のジャッキー。
それを見かけて、またツキンと痛む胸を抱えているリディアに、
「おっと――もうこんな時間? じゃあ、わたしはこれで! ディア、近いうちにまたね!」
ジャッキーは笑顔で、右手を上げた。
「あ、待って! ジャッキーにその、聞きたい事が……!」
「何?」
首を傾げた元キッチンメイドの耳に、ためらいながら告げられた質問。
「ヴィンス兄様の使い魔の名前。「ディッキー」って、「ジャッキー」から付けたの?」
緑の瞳を見開いたジャッキーは、
「それだけは、絶対ないから! あのねディア? わたし婚約者がいるの、ラブラブな!」
瞬時に、きっぱりと否定した。
さっきの
『「ヴィクター」って、ひょっとして――その「ドクター」から、なのか?』
といい……
「何でお互いがかたくなに、自分の事だって思わないかなーっ!?」
市場の出口に向かいながらジャッキーこと、ジャクリーヌ・コリンズ中尉が、やれやれと金髪をかきあげる。
まぁ、似た物カップル……になれたらいいね?
「頑張れ、ボス!」
振り向いてグッと、握った右手を挙げた先。
リディア・バートン子爵令嬢に向かって真剣な顔で、何事かを告げている、ヴィンセント・ルイス少佐の姿が見えた。