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キッチンメイドから令嬢に

 翌朝の厨房で、

「ちょっと、誰か! 市場までこれ、届けとくれ――!」

 大鍋のスープをかき回しながら料理長が、注文書を片手に叫んだ。


「そんなの、ディアに――あっ!」

「そっか、もういないんだっけ……」

 しょんぼりとつぶやく、キッチンメイド達。


「あの子……いい子だったよね?」

「うん。貴族様のご令嬢なのに、全然気取ってなくて」

「メイドのあたしらにまで、『ありがとう』とか『すみません』とか、言ってくれたし」

「あんな悪口、最初に信じなきゃ良かった!」

「ホントだよ! そもそもあの『ネルソン先生』が、嘘吐きとか孤児とか泥棒とか、散々吹き込んだから――!」


「何だい今更――あたしだってもう少しだけ、優しくしてあげればって……ったく、この玉ねぎ染みるったら!」

 思わずほろりとした料理長まで、『反省会』に参加した所で

「あのーっ……でしたら、お願いがあるんですけど?」

 聞き覚えのある声が、厨房スタッフ達の耳に飛び込んで来た。



 いつもと変わらず賑わっている、早朝の市場。

「いらっしゃい――ませ、お嬢様! えっと、何か御用でしょうか?」

 店の前に立った人影に、顔を上げた青果店の店主が、かちんと固まった。


「おはよう、おじさん! これ、今日の注文書」

 にっこり答えたのは――金色のリボンやレースで飾られた、真っ白なドレスに。白いファーで縁取ったオフホワイトの、フード付きコートを羽織って。髪飾りを付けたベージュ色の長い髪を波立たせた――妖精のように愛らしいご令嬢。


「えっ、この注文書……あんた、ディアかい!?」

 目を丸くした店主に、

「そうよ。今日から生徒に戻れるの! だから料理長に頼んで、最後のお使いに。

 おじさん達に、ご挨拶がしたくて」

 にっこり答えるリディア。

「そうかい、そうかい――それは良かった」

 嬉しそうな笑顔で、店主は何度もうなずいた。


「今まで優しくしてくれて、本当にありがとう!」

「そんなそんな! お礼を言われる事なんて、何もしてないって――いや、してませんよ!

 あれっ? ってことは……これも『今日でお終い』って事かい?」

 残念そうな顔で、注文書をひらりと振ってみせる店主。


「大丈夫。『引き続き使わせて欲しい』って、料理長から言われたわ」

「そうかい、そうかい! 本当に助かるよ――おっと、助かってますよ、だ!」

 ご機嫌な店主からお祝いだと渡された、真っ赤な冬リンゴ。

 両手で大切そうに受け取ったリディアは、市場の端にあるカフェに向かった。



「ディア――おはよう!」

 さっと、いつもの席から立ち上がったヴィンセント、そして

「おはよう、ディア!」

 隣で手を振る、濃いグリーンのスカートスーツ姿のレディ。

「ジャッキー……!」

 優しい元キッチンメイドに、リディアは笑顔で飛びついた。


「また会えて嬉しい――! 今までのお礼が言いたかったのに。さっき厨房に行ったら『もういない』って言われて、しょんぼりしてたの」

「黙って消えてごめんね! 潜入調査が、昨夜で終了したから。

 わたしも会いたかったわ、ディア! 今日は一段と可愛い! 

 あっ……視力、治してもらったの!?」

「そうなの。昨夜あの後、神殿で」

 メガネの無い顔で、少し恥ずかしそうに笑うリディア。


「良かった!

 メガネも可愛いかったけど。

 そのドレスも髪型も良く似合って――まるで、冬の妖精みたい!」

 きゃっきゃと嬉しそうにハグをする、姉妹のような元キッチンメイドたち。


「何で俺の言いたい事、全部先に言うかな……?」

 その脇でぽつんと、死んだ目の『使い魔探偵』がつぶやいた。



「ありがと、ジャッキーもステキ! あっ、そのピアス――夕べ助けてくれた子?」

「そうよ、わたしの使い魔。ハヤブサのダニー! ここで出すと騒ぎになっちゃうから、ちょっとだけね?」

 ジャッキ―の右耳に付いた、羽根の形をしたピアスから、しゅるりと緑の羽の先が現れる。

「よろしく、ダニー。夕べは、助けてくれてありがと」

 リディアがそっと、使い魔の羽を撫でると、得意げにぴーんと、羽の先が反り返った。



 改めて席に座り、飲み物をオーダーしてから、

「副学園長は、この後どうなるの?」

 ヴィンスとジャッキーの顔を見比べて、リディアがたずねた。


「昨夜の内に、眠らせたまま、軍部の病院に収容した。

 魔法を解いてから、みっちり取り調べて、それなりの罰がくだされる。

 本気で残念だが、死罪はまぬがれるかと――」

「ちょっと、ヴィンス! もっと言葉を選びなさいよ!」

「痛っ――お前、すぐ叩く癖やめろって」

「あんたにデリカシーが、皆無だからでしょ!

 どうせ『俺のディアをおとしいれようとした罪、一生後悔させたる』とか考えてるんでしょ?」


 たんたんと説明していたヴィンスと、その肩をどついたジャッキーが、小声で小競り合いを始める。



『すっごく仲良しなのね……同じ職場の同僚だから? ホントに、それだけ?』

 もやもやしながら、二人を見ていたリディアの膝に、ぽふんと飛び乗る黒い影。

「わふーん!」

 今日は仔犬の姿の、ヴィンスの使い魔。

「ディッキー! 昨日は助けてくれてありがとう!」

 ふわふわの頬を、両手でもふもふしていたリディアの手が、はたと止まった。


『ディッキーとジャッキー……良く似てる! わたしの名前よりずっと!』


『「大切なひとの名前」から、半分借りた』って、ヴィンス兄様は言ってたっけ。

 大切なひと=わたしだと思ったのは、恥ずかしい勘違い!?



 がーん!とショックを受けているリディアの、コートの襟に付けられた、『トビネズミ』の形をした金色のブローチ。

 学園長が昨夜の内に、急いで注文してくれた、『使い魔のお家』。

 今朝、寮母の先生から渡されたばかりだ。


 そこから、しゅるりと飛び出た小さな使い魔。

 ぴょーんと飛び乗った、リディアの肩の上で背伸びをして、頬のはじっこに「ちゅっ」とキスをした。


「慰めてくれるの、ヴィクター?」

 くすぐったそうに、ふふっと笑ったとき。



「あっれーっ――そこにいるの、リディアちゃん!?」

 すぐ横から、軽薄そうな声が飛んで来た。


明日完結します。

最後まで読んで頂けたら、嬉しいです♪

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