真相と過去の因縁
「リディア・バートン、あなたを嘘吐き呼ばわりした上、良く話も聞かずに『退学処分』を言い渡した事……本当に申し訳なかったわ。ごめんなさい」
事件の後処理や事情聴取が終わり、ヴィンス達が引き上げた後。
学園長室に呼ばれたリディアに、ジョアンナ・モリス学園長が、深く頭を下げた。
「しかも、『「キッチンメイドでいいから、学園にいさせて欲しい」とリディアが頼んでます』と、ネルソン副学園長から言われて。
『どうせすぐに音を上げるわ!』と、許可を出してしまったの」
気まずそうに話す学園長に、
「えっ、わたしは頼んでません! ネルソン先生には、『学園長からの提案』だと言われました!」
両手で大切そうに、トビネズミを抱っこしたリディアが、驚きの声を上げる。
「それも、あの人が仕組んだのね……!
あなたの部屋まで、屋根裏部屋に移してたなんて――酷い事を!」
悔しそうな学園長に、
「ネルソン先生は、どうしてそんなっ――そもそも何でこの子を、隠したりしたんですか!?」
怒りで声を詰まらせながら、リディアは尋ねた。
「数年前から、あちこちの学園で起きている『召喚したばかりの使い魔が、誘拐される事件』。
わたしがその犯人の一味だと見えるように、副学園長は画策したのよ。
あの人達、『MIF』にまで情報を流して。
全てを、わたし一人の失態にして、退職させたら。
『今度こそ自分が、学園長になれる』って、思い込んだらしいわ」
「そんな理由で……?」
余りにも自分勝手な理由に、呆然とするリディア。
「でも――あなたが厨房で苦労する事は、分かっていたのに。許可を出した上、3ヶ月以上も放っておいたのは、わたしの失態です。
本当に、申し訳なかったわ」
自分を責めるように学園長は、きゅっと薄い唇を噛んだ。
「じゃあ買い物に出るわたしを、毎朝窓から見ていたのは……?」
「それは――さすがに気が咎めて。あなたがこの寒い中薄着で、買い物に行かされて。
顔色も悪いし、身体を壊したりしないかと」
心配、してくれてたんだ?
見張ってたんじゃなくて。
だからって、簡単に許す気持ちには、どうしてもなれないけど。
でも。
「学園長は、その――わたしの母と、知り合いだったんですか?」
『母親そっくりだわ!』となじられた言葉と、冷たい瞳の訳を知りたくて、質問を重ねた。
「……そうよ。あなたのお母様――ルシンダとは、この学園の同級生で。
とっても仲が良い、親友だったの」
いつも2人で、将来の夢を語り合った。
『卒業したらジョアンナ、あなたと離れ離れ――寂しいわ!』
『だったら、ルシンダ――聖女として経験を積んだら、2人でまたこの学園に、戻って来ようよ!
今度は先生として!』
『それ、すっごくいいアイデア! あなたが学園長で、わたしが副学園長ね!?』
「なのにルシンダは、初めて『聖女』として派遣されたバートン子爵領で、あなたのお父様と出会って。
たちまち恋に落ちてしまったの」
「えっ、父と……?」
そういえば、お父様が子爵家を継いだ頃、裏の森に魔物が住み着いて大変だったって、聞いた事があった。
それがお母様との、出会いだったなんて。
「わたしとの約束なんて、キレイさっぱり忘れてしまって――あんまり悔しいから結婚式の招待状を、破り捨ててしまったわ!」
ふうっとため息を吐いてから、
「あなたはルシンダに、良く似てるわね……?」
懐かしそうな目で、学園長はリディアを見つめた。
「学園長――わたしは使い魔を、ちゃんと召喚出来ました」
その視線を振り切るように、両手でぎゅっと抱きしめた、ヴィクターを見下ろす。
「きゅっ?」と、つぶらな瞳で心配そうに、見上げて来た使い魔に、リディアはふっと微笑んだ。
「だからまた、生徒に戻っていいですか?」
「もちろんです! 病気の為に休養されていた、前学園長がお元気になって、来週から復帰される予定です。
わたしからも、良く事情を伝えておきますから。
あなたはもう何も、心配することはありません!」
「わかりました、失礼します」
一礼して、学園長室を後にした。
モリス学園長は、一連の騒動の責任を取って辞任する。
キッチンメイドとして過ごした――この3ヶ月半を思い返したら、許したり引き止めたりする気持ちには、到底なれない。
『黙って見ている』だけでは、何の助けにも、解決にもならないって。
それは学園長にも、良く分かってたはずなのに。
でも……半年後に学園を卒業して、それから何年も経って。
「わたしが結婚するときが来たら、招待状を送ってみようかな?」
また、破り捨てられるかもしれないけど?
『いい考え!』
きゅっ!と返事をしてくれた、腕の中のトビネズミ。
「ありがと、ヴィクター……」
ホッとしたのと同時に、ぽろぽろと溢れ出した涙を片手でぬぐって。
大事な使い魔を抱き直したリディアは、やっと屋根裏部屋から戻れた、寄宿舎の自分の部屋に帰って行った。