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エピローグ いずれ、生(う)まれ出(い)ずるもの

 そして、そして。(とき)(なが)れて数年後(すうねんご)となる。(いま)だ、()()まれていない私は、(もと)から未来(みらい)(ぞく)する(もの)だ。お母さん二人(ふたり)(むす)ばれることは()っていたし、この(あと)()(らい)()っては()る。とは()え、それらを(すべ)(かた)ってしまうのは野暮(やぼ)というものだろう。


来月(らいげつ)国立(こくりつ)競技場(きょうぎじょう)でライブかぁ。八万人(はちまんにん)収容(しゅうよう)球技場(きゅうぎじょう)(かい)(しゅう)されてからのライブは、私が(はつ)なんだね。(たの)しみだなぁ」


(まった)く、もう。ちょっとは緊張(きんちょう)したら? (はじ)めて学園祭でライブした(とき)(いま)も、(こわ)いもの()らずなんだから」


 二人(ふたり)のお母さんは(いえ)()って、一緒(いっしょ)()らしている。黒髪のお母さんが作曲(さっきょく)をして、(とき)にはレコーディングにも参加(さんか)して。髪を染めたお母さんは作詞(さくし)をして、アルバムを()してライブで(うた)って(かせ)日々(ひび)だ。ライブのツアーで全国(ぜんこく)(まわ)(とき)も、(つね)二人(ふたり)一緒(いっしょ)である。


「学園祭かぁ、(なつ)かしいね。貴女がステージ(まえ)まで()て、(あい)(さけ)んで。貴女も私も、クラスメートもまとめて先生から(おこ)られたっけ」


「ステージ(じょう)から()びかけたのは貴女でしょ、そりゃ(おこ)られるわよ。私を()きつけた(がく)(えん)(ちょう)(むすめ)ちゃんが、(なん)のお(とが)めもなかったのは納得(なっとく)いかないけど。要領(ようりょう)がいいわよね、あの()


 あの学園祭というか、二日目(ふつかめ)の文化祭は、(いま)や『伝説(でんせつ)のライブ』とファンの(あいだ)()われている。二人(ふたり)のお母さんが、あのライブが()()けで恋人(こいびと)同士(どうし)になったのは間違(まちが)いなくて、(なか)()()ったクラスメートたちは(いま)もお母さん二人(ふたり)大親友(だいしんゆう)だ。


「その学園長の娘ちゃん、ライブの(たび)に、(おお)きな(はな)(おく)ってくれるよね。国立(こくりつ)競技場(きょうぎじょう)改修(かいしゅう)は、費用(ひよう)半分(はんぶん)を彼女が()してくれたって()われてるけど」


流石(さすが)(うそ)でしょ、それ。(うわさ)(ばなし)()ぎないわよ……たぶん」


 ()いながら、自信(じしん)()さそうな黒髪のお母さんである。学園長の娘さんは(なぞ)(おお)(ひと)で、どうやってお(かね)(かせ)いでいるのか私も()りたいものだ。二人(ふたり)のお母さんと学園長の娘さんは、(こう)(こう)卒業(そつぎょう)してから一度(いちど)()っていない。()こうが未練(みれん)()()りたかったのだろうか。


来年(らいねん)はワールドツアーが(はじ)まるし、その(まえ)国立(こくりつ)競技場(きょうぎじょう)ライブで(はず)みを()けたいねぇ」


何処(どこ)だろうと、私は貴女に()いていくわよ。私の(むね)に、()()けたのは貴女なんだからね。学園祭ライブで()った(とお)り、世界(せかい)()えて()せなさい。(わす)れたとは()わせないわ」


(おぼ)えてるわよぉ。私は、こう()ったの。『二人(ふたり)世界(せかい)()えましょう!』って。これからも、私と一緒(いっしょ)()てね」


 髪を染めたお母さんが、(あま)えるように()って。言葉(ことば)()わりに、黒髪のお母さんはキスを(かえ)した。




 そろそろ私の正体(しょうたい)()かしておこう。と()っても、私は特定(とくてい)のものではなく、むしろ複数(ふくすう)事柄(ことがら)である。(あい)(とも)()まれるポジティブな要素(ようそ)(こころ)(あか)るくなれば希望(きぼう)()まれ、自然(しぜん)(にち)(じょう)ではハミングが(くち)ずさまれる。あえて一言(ひとこと)(あらわ)せば、私は『芸術(げいじゅつ)』なのだ。


 髪を染めたお母さんが抜群(ばつぐん)歌唱力(かしょうりょく)で、黒髪のお母さんと(とも)(つく)った(きょく)(うた)い、(おんな)()同士(どうし)(あい)表現(ひょうげん)する。やっているのは、それだけと()えば、それだけのことである。『同性(わたし)()()は、社会(しゃかい)(なか)自由(じゆう)()きていいのだ』。メッセージとしては、この程度(ていど)()ぎない。


 そして、その程度(ていど)のメッセージで感動(かんどう)する人々(ひとびと)(すく)われる人々(ひとびと)がいる。()たり(まえ)のことが、()たり(まえ)(みと)められる世界(せかい)。そんな世界(せかい)が、二人(ふたり)のお母さんの(ねが)いだ。(さいわ)い、お母さんたちの(きょく)()()れられていて、グラミー(しょう)さえ()れるかもしれない。私は未来(みらい)()っているけど、そこまで(しる)すつもりはない。(たの)しみは、お母さんたちの将来(しょうらい)にとっておこう。


 いずれ、()まれ()ずるもの。お母さんたちの(あい)根差(ねざ)した作品(さくひん)表現(ひょうげん)が、(ひと)(こころ)(うご)かし、社会(しゃかい)()るがす。そこから()まれる(この)ましい変化(へんか)が『私』である。私は(あい)から()まれる芸術(げいじゅつ)であり、変革(へんかく)なのだ。結局(けっきょく)(ひと)社会(しゃかい)(この)ましく()えていくのは(あい)だけじゃないだろうか。


「ねぇ。いつか、私たちも()どもを()ちたいね。(おんな)()がいいな」


 ベッドの中で、髪を染めたお母さんが、そう()う。黒髪のお母さんが、「そうね。私、もう()どもの名前(なまえ)(かんが)えてるの」と(こた)えて、(さら)(つづ)けた。


(こと)()、っていうの。(やさ)しい言葉(ことば)で、世界(せかい)(いや)して()しいわ」


 いい名前(なまえ)だと私は(おも)う。いずれ、私は(ひと)姿(すがた)()て、お母さんたちの()どもになるだろう。きっと(やさ)しい女子(じょし)に、私は()まれ()ずる。

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