第4話 協力者X(エックス)、登場
そして月末、お母さんたちの高校では学園祭が始まった。一日目の土曜日は体育祭で、これも楽しみにしている生徒や、外部からの観客は居る。今年は運動部を中心とした生徒たちがチームを組んで、ダンス大会で競い合うのが一日目の花形イベントだった。
しかし学園祭は毎年、二日目に行われる文化祭が最も盛り上がりを見せている。この高校は女子の人数が多くて、文化祭の終盤は生徒たちがガールズバンドを組んで行うライブで締め括られるのが常だ。軽音楽部に限らず、事前に申請していれば誰でもステージに上がって歌うことができる。
とは言え学校は、部活をしていない生徒へ、楽器を貸してはくれない。髪を染めたお母さんは楽器も、ライブに必要な機材も持ってなくて、だから黒髪のお母さんから『どうせ挫折するでしょ』などと言われていたのだけれど。
「今日の文化祭、ステージで歌うわよー。私たちのバンドは出番が最後だから絶対、観に来てよね。貴女の曲に、いい感じで詩を付けられたから聴いて欲しいわ」
「何でよぉぉぉ! 普通、そんなに上手く行かないでしょう!?」
校内で、にこやかに『歌うわよー』と、髪を染めたお母さんが宣言していて。それに対して黒髪のお母さんが、素晴らしい叫びで突っ込んでいた。ちなみに二人が居るのは図書室だ。普段の教室は何処もクラスの出し物である、お化け屋敷イベントなどで使われていて、学園祭の間は利用されない図書室で休憩する生徒は多いのだった。
「どうやってバンドのメンバーを集めたのよ!? この学校で楽器を演奏できる子は部活に入ってて、部員同士でバンドを組むケースが殆どでしょ!」
「うん、だから他校の生徒に頼んだの。他の高校は私たちと文化祭の日が被ってないから、そっちの部活で音楽をやってる子たちにね。友だちが多いからさ、私」
多いのは友だちというより、彼女ちゃんなのだろう。どれだけのネットワークなのだろうか。
「……他校の生徒を、私たちの学園祭に出演させていいの?」
「細かい規則は知らないけど、許可は下りたから良いんじゃない? 大学の学園祭は、外部からバンドのメンバーを募集してライブをやるのも珍しくないみたいだし。それに楽器や機材、そして練習スタジオまで手配してくれた子も居るのよ。紹介するわね」
そう言って、髪を染めたお母さんが、後方にいた女子の手を引いてくる。黒髪のお母さんが息を呑んで、その子に問いかけた。
「貴女……一年生の、有名な子よね。確か、高校の……」
「はい、学園長の娘です。初めまして。お姉さまには、とても良くしてもらっています」
図書室には、お母さんたちのクラスメートもいて休憩している。周囲からは『おぉ……』、『この子が学園長の娘……』、『プラチナカードとか持ってるのかしら……』などとザワツキが起こっていた。十八才未満でクレジットカードは作れないはずだと私は思うけれど、学園長の娘さんがポケットマネーを多く持っているのは間違いなかった。
「じゃ、私、バンドの打ち合わせがあるから。ステージ、絶対に観てよね!」
髪を染めたお母さんが、黒髪のお母さんに図書室のドア前で勢いよく手を振って、慌ただしく出ていく。嵐のような女子高生だった。
「素敵ですわ、お姉さま。後ろ姿も、また可憐で」
「ねぇ、アレの何処が、そんなに良いの? 都合よく利用されてるんじゃないの貴女?」
取り残された形の、学園長の娘さんに、黒髪のお母さんが話しかける。髪を染めたお母さんは校内にも校外にもファンが多いのだけど、周囲の人間を振り回すのが常で、クラスメートからの評判は最悪なのだった。
「ええ、利用されていると言うなら、そうなのでしょうね。でも、それはお互いさまなのですよ。芸術家と支援者の関係というのは、そういうものなのです」
「そんな、中世の天才画家と貴族じゃあるまいし。何? 彼女の歌は、そんなに凄いの?」
「逆に伺いますが、貴女はお姉さまの歌を聴いたことがないのですか? 音楽の授業で一緒のはずでは?」
不思議そうに、学園長の娘さんが、黒髪のお母さんへ尋ねてくる。
「彼女、授業をマジメに受けないもの。歌なんか聴いたことないわよ」
「ああ、道理で。素晴らしいですよ、お姉さまの歌は。耳元で囁かれるように歌われた時は、脳の奥から甘い痺れを感じました」
「何をやってるのよ、アイツは。一年生の女子に対して」
学園長の娘さんはウットリしている。黒髪のお母さんは、状況を思い浮かべてゲンナリしていた。そんな二人の会話に、図書室にいた黒髪のお母さんのクラスメートが割り込んでくる。
「でもアイツ、カラオケで一緒に歌ったことあるけど、確かに上手いよ。アイツの歌唱力を知ってる子は多いんじゃないかな。そりゃ他校でも、一緒にバンドを組みたがる子は出てくるわ」
「ふーん、そう。大した人気者よね、陰キャの私とは大違いじゃない。大勢の女子から好かれてて、歌の才能もあるんでしょう? なら、陽キャの女子でも、ここにいる可愛らしい一年生の子でも相手は選び放題じゃないの……何で、彼女は私に、『恋人になって』なんて言ってくるのよ……」
黒髪のお母さんが、そう言う。言葉の後半は、呟くような、小さな声音になっていた。
「いやぁ、アイツに歌の才能があるって言うけどさ。それを言うなら、アンタだって作曲の才能があるじゃん。気づいてないみたいだけど、ネットで自作曲を出す時のハンドルネーム、アンタだって皆にバレてるよ? ハンドルネームが本名に近すぎだから」
言われた黒髪のお母さんは絶句して。別のクラスメートが、更に追い打ちをかける。
「それにボーカロイドで歌わせてる、歌詞の内容もねぇ。『クラスに問題児がいて、その子のことが好きで遠くから見てる』とか、そういうラブソングばかりでしょ。貴女が、あの女を好きってことが丸分かりなのよ。歌われてる当人も気づいてるんじゃないかな。あんなに一杯、好き好きラブソングを発表され続けたら、向こうも貴女を意識するようになるんじゃないの」
真っ赤になっていく黒髪のお母さんである。そんなお母さんに、学園長の娘さんが提案する。
「どうでしょう。貴女が要らないようでしたら、私がお姉さまの恋人になりますが」
「はぁ!? 嫌よ! 絶対に嫌!」
本音を隠せなくなった黒髪のお母さんが、そう言う。『青春だなぁ』と、お母さんのクラスメートたちは微笑んでいる。同様に微笑んでいる、お母さんより年上なんじゃないかというくらい落ち着いた、学園長の娘さんは言葉を続けた。
「そうですか。では、これから始まるお姉さまのステージをどうか観てあげてください。私も金銭面で援助させて頂いて、貴女の曲を音にするのはバンドのメンバーに頼っていましたが、それを差し引いてもお姉さまの努力は相当なものでしたよ。ステージで歌うのは二曲ですが、お姉さまはその二曲に作詞して、それからバンドと合わせる練習をしたのです。三週間以内という短期間でですよ? それが、どれほど大変なことかは想像がつくでしょう?」
黒髪のお母さんが黙り込む。そのお母さんに、クラスメートたちが話しかけた。
「そうだねぇ。アイツ、ろくでもなくて複数の彼女ちゃん持ちだけど。でも、アイツが特定の誰かのために、こんなに頑張ったのは初めてじゃないかな。アイツにそんな努力をさせたのは、アンタだけだよ。もっと自信を持てば良くね?」
「とりあえずステージを観てみようよ。あのバカが何を考えてるか分かるかもだし。アイツを受け入れるか、それともタコ殴りにするかは、その後で決めれば?」
いつの時代も、女子高生は他人の恋愛事情が大好物だ。囃し立てられているような状況で、「あぁ、もう! 分かったわよ、観に行くわよ!」と黒髪のお母さんがキレ気味に返答して。いつまでも図書室で休憩していたら教師から怒られるので、彼女たちは退室していくのであった。
そして始まった、髪を染めたお母さんによる校庭でのステージは──圧巻だった。